「意味ないだろうがぁ!!」
事故調査委員会で激昂しているのはチトフ理事だ。
J・メチウスという木星圏でも比較的古株の原ガス精製プラントステーションで起きたエア漏出事故。
その事故調査報告をきいて怒っているのだ。
木星圏ではほぼ全員がそうであるが、チトフ女史もご多分に漏れず叩き上げだった。
木星圏のみならず宇宙世紀以前から建造物は隔壁を設けるという厳重なルールがあった。
おそらくは地球で潜水艦が発明されて数年たった頃にはそうであっただろう。
結局、J・メチウスにも隔壁はあった。
J・メチウスは原ガスを扱う都合上、プラントの工場スペースは真空の宇宙にむき出しで作られていた。
水素を大量に扱うため、酸素が充満している居住用スペースと分ける方が安全なのだ。
しかし、何度かの改築の末に、隔壁がある場所が、居住区とプラント区画の間であったと分かった。
要するにプラントと居住区を結ぶエアロックの横の壁だと思っていたものは、常時閉まっているだけで、開閉できる隔壁だったということだ。
今回は穿孔したのはデブリの衝突が原因だということだが、居住区内には一切隔壁はなかった。
そもそもスペースデブリの少ない木星圏で、建造物に穴をあけるほどのデブリが当たるというのは天文学的な確率の不運だが、隕石の飛来の数は地球圏の比ではない。
木星圏は隕石が飛んできやすいのだ。
なので、過去にも小隕石が当たって船や拠点が壊れたことは何度かあった。
「何のための隔壁だ……何のための隔壁だァ!!」
チトフ自身もここで怒っても何の意味もないし、J・メチウスの改装の担当者が故人であり、もはや誰も責めれないことも分かっていた。
しかし、煮えくり返る感情はどうにも止まらない。
これは別にチトフ理事が特別ではない。
調査委員会に集められた人間たちは一様に喜怒哀楽を示している。
ただし、喜怒哀楽に「果てしない放心」を含むことが許されるのであれば……という前置きは付く。
「私、この設計者、どうやって亡くなったか覚えてますよ。」
「聞こうか。」
「どっかのステーションの座標修正するときに、自分でバーニアのスイッチ入れて、自分で焼け死んだんです。」
小さく笑い声とため息が混じったどよめきが起きた。
「なんでそんな奴に設計させるんだよ……」
チトフもその設計者には「ざまあみろ」という感情しか湧かなかったが、犠牲者がギリギリ出なかったJ・メチウスの居住者の気持ちを考えるといたたまれなくてそれどころではない。
「とりあえず、全ステーションにデブリ衝突事故、隕石衝突事故をシュミレートさせて隔壁が十分役割を果たすかの安全調査を命じる&その間抜け設計者が生前に残していった芸術品を端から端まで再調査……この辺が評議会に提案できる落としどころですかね?」
次々に手が上がる。
ほぼ満場一致で委員会は閉会となった。
*****
一方そのころ、J・メチウスステーションはと言うと、廃棄処分が決定していた。
隔壁以外にもいろいろ欠陥が見つかり、改築するよりバラした方が良いと結論が出たのだ。
「ダラン、まさかこんなものが手に入るとは思はなかったな。」
「若のおっしゃる通りです。」
正真正銘、二人ともJ・メチウスには見学に来ただけで、事故に巻き込まれた被害者だったのだが、廃棄されると聞いたら黙ってはいない。
適当な核パルスエンジンを接続して、木星大気に墜落させて処分すると見せかけて、自分たちのアジトである、イオのL1宙域に持ち帰ることにした。
すでに自力で木星に採掘船を出せる能力がある大枢党にとって原ガスプラントは喉から手が出るほど欲しいものだった。
これまでも、別に原ガス精製をやっていなかったわけではないが、本格的なプラントが手に入るとなれば話が違う。
ポンコツな居住区も大枢党のエンジニアが本気で手を入れれば何かしら利用価値は生まれるだろう。
こうしてJ・メチウスステーションはジュピトリス級コンティキ号に接続され「フライングフィッシュ」と名前を変えた。