ヒカリはアザニア基地で、医師でもある所長の診察を受けていた。
「まあ、心の声が聞こえたのはニュータイプ容態だな。そこそこ珍しいがスペースノイドには稀に出る。」
ヒカリは聞きにくそうに質問をする。
「なんか、噂に聞いたんですが、ニュータイプは保険に入れなくなるって……本当ですかね?」
「そんな噂誰から聞いた?」
「リシュモン。」
診察室から所長の怒号が聞こえて、診察室の前で次の診察を待っていたリシュモンは走って逃げ出した。
診察室から駆け出した所長が肩で息をする。
「あのアホンダラ、相も変わらずろくな事をせんな!」
「やっぱりリシュモンの話、嘘ですよね?」
「嘘に決まっとるだろ!大嘘だ!」
ヒカリは騙されただけなのになぜか所長に強く当たられた。
「ちょうどいい、今、アザニア基地ではサイコミュ兵器の運用実験をやっとるところだ。ニュータイプが少なくて難儀していたところだ。実験を手伝え。」
「はい、ありがとうございました。」
一礼して診察室を出ようとするヒカリに所長が再び声をかけた。
「J・メチウスステーションの一件はお手柄だった。人が助かったのも嬉しい。身近な人間が大きな事をやったのも純粋に嬉しい。事件の知らせを聞いたときは最高の気分だったよ。体にも問題はない。なによりだ。」
ヒカリは少し照れて頭を下げた。
今回、すぐにヘルメットをかぶって対応できたとは言え、ヒカルですら減圧事故に遭遇した側なので、きちんと医師の診察を受ける必要があった。
久しぶりにアザニア基地の自宅に帰る。
自宅とはいってもフリース一家に割り当てられているアパートで3人で住むにはやや手狭だ。
ヒカリは、診療所から自宅まで歩いて帰る途中、あちこちでアザニア基地の住民に声をかけられた。
「いよお!英雄!リシュモンと大活躍だったらしいじゃないか!」
「アザニアはずっとヒカリくんのニュースでもちきりだったんだから!」
ヒカリは照れながらも、笑顔を返しながらうっすらと人々の感情を感じていた。
ニュータイプとして覚醒したばかりとは言え、天然のニュータイプなので一度覚醒してしまうとその能力は本物だ。
ヒカリを褒める人々のその意識はヒカリに向けられているというより、自身の内側へ向かう感情だった。
J・メチウスの事件はヒカリ達の英雄的行動を知らしめる手前で、木星圏の生活の危うさを露呈した。
地球圏のような大型のコロニーは木星圏にはない。
衛星基地であるアザニアですら、月の都市に比べたら吹けば飛ぶような大きさだ。
ヒカリを讃える心の内では「自分たちも気を引き締めないといけない」という冷静さが生まれているのだろう。
ヒカリはアザニアベースの住人の心から漏れる感情をそのように解釈していた。
またそれはヒカリも同じで、自分が救助される側になる可能性はこれからも十分にある。
そう考えると今回、助ける側に回れたことで、次に自分が助けられる側になった時、少し良心の呵責は減るかな?と……
ヒカリは、住民の称賛に笑顔で応える裏でそんなことを考えている。
そして、チンペーがいるのを見つけた。
「あんたもヒカリくんを見習ってもうちょっと頑張りなさいよ。」
「いやー本当にそうですね」
謙遜するチンペーを見て心が痛む。
アザニア基地の住人はチンペーはあまり貢献していないと考えているようだ。
なんとかして誤解を解きたいと声をかけようかと思ったところへリシュモンが先に現れた。
「実はこう見えてチンペーはしっかり活躍してるんだよ。」
「あら、そうなの?」
チンペーはそれでもまだ謙遜している。
「ステーションの人間を全員はカーゴシップに乗せないって決めた時に、『自分がステーションに残ります!』って真っ先に手ぇ挙げたのがコイツ。普通、カーゴシップの乗組員なんだからそのまま非難するってみんな思うじゃん?ヨソ者のコイツが真っ先に挙手したから、J・メチウスの人間も我先に脱出ってならなかったの。」
ヒカリはそれを見て割り込むのをやめた。
リシュモンがすごい人なのは薄々感じていたが、今回の一件でリシュモンのすごさを如実に感じた。
カーゴシップで脱出する計画を立てた時点ではステーションの人間を全員運べるつもりでいた。
しかし、誰の発案だったか全員載せるのをやめた。
避難計画を立てた時点で換気の度に荷室の気温が一気に下がるのは想定していなかった。
だからカーゴシップの暖房を使うハメになるのも完全に計算外だった。
途中で旅客船がランデブーしたから大問題にならずに済んだだけで、低温問題はあのまま行っていたら命取りになっていたかもしれない。
荷室の人数が増えれば増えるだけ換気の頻度は増える。
実際にはきちんとシュミレートしなければ何とも言えないが、あそこで全員のせていたら荷室で凍死者が出ていたかもしれない。
あの一件以降、ヒカリはそのことを何回も考えていた。
人名が助かったのは本当に嬉しい。
しかし、褒められても両手放しでは喜べない。
ひたすら「幸運だった」とそう感じている。
リーがヒカリに語った「二者択一」の愚か者の中には、「全員載せるか、誰も載せないか」という判断をしようとした自分も含まれているのだと、今はそう考えている。
「チンペーさん!」
そこまで考えてヒカリはチンペーの名前を呼んで駆け寄った。
チンペーがそこそこポンコツであることはヒカリだって察している。
ただ、自分の愚かさと比べていかほどの違いがあるのか、それが分かるほどヒカリは自分が賢くないと思うに至っている。
一つだけ間違いないのは、目の前で謙遜しているチンペーが、自分と同じく、あの時に強運をつかんでいた人間の一人だったということだ。
誰も想像していなかった一手、チンペーが「ステーションに残る」と言い出したあの不可解な一手が、無謀な計画を完璧にしたのだ。
「だからまとめると、ヒカリが無茶言い出したのを、チンペーとイリーナとあと俺が何とかしたってのが真相?」
そして、それを公平に見ているのがリシュモンだ。