フリース家は久しぶりに家族3人がそろっていた。
食材のバリエーションが乏しい木星圏ではあるが、できる範囲で食べ物と少しのお酒を並べて、ヒカリの快挙を祝っている。
「しかし、お前は18歳ですごいな。」
ヒカリの父、クラーク・フリースは酒に酔っているのもあってか、先ほどから同じことを何回も言っている。
「クラーク、そろそろヒカリの耳にタコができます。お酒も飲み過ぎです。」
「アヤメさん!ボクは嬉しいんだよ!」
ヒカリの母のアヤメ・フリースはそろそろ空いた皿を片付けはじめていた。
「私だって嬉しいけど、それとお酒の飲み過ぎは違うでしょ?」
低重力では酒に酔いやすい……と言われている。
「飲ませてくださいよ!こんな日ぐらい!大事故から息子が人助けまでして帰ってきたんですよ?」
アヤメはふと立ち止まった。
「そう言われればそう。私も飲もう。」
どっかりと腰を下ろして、自分も飲み始める。
ヒカリはその様子を楽しそうに見ていたが、自分が感じている違和感は顔に出さないようにした。
母、アヤメはいつもと変わらない様子だが、漏れ出してくる感情はずいぶん不可解な感情だった。
J・メチウスステーションの事故の時は、他人の考えていることが完全に声として聞こえた瞬間があったが、今はそんなに高い解像度では他者の意識は感じ取れていない。
単純な喜怒哀楽とか、内向きの感情とか外向きの感情とかそういうレベルでしかわからないが、母から感じるそれは何か大きな違和感がある。
そういえば、イリーナからも近しい何かは感じるが母ほど強くは感じない。
「あれ?」
「どうしたヒカリ?」
「どうしたの?」
ヒカリはその似た何かをチンペーからも感じていたことに気づいた。
母の顔をまじまじとみる。
「何、急にお母さんの顔をじっと見て。」
「母さん、なんか悩みとかある?」
「特にないと思うけど……どうしたの急に?」
「いや、何でもない。」
ヒカリはとりあえず、チンペーから調べてみることにした。
もしかするとこの違和感のヒントがつかめるかもしれない。
食事を終えると基地の中をぶらついてチンペーを探す。
チンペーの居そうなところはだいたい目星がついている上に、狭い基地ではヒカリのニュータイプ能力もそこそこ人探しに使える。
基地の食堂でポツンと食事をしているチンペーに声をかける。
「チンペーさんお疲れ様です。」
「ああ、ヒカリさん。どうしたんです?」
ヒカリはチンペーの前に座る。
「なんかオレに隠してることありません?」
「ギク!?」
ヒカリは口で「ギク」という人間を初めて見た。
この調子だと「ぎゃふん」もいつか言ってくれるかもしれない。
「な……なにも隠してないよ!」
そこへイリーナが来た。
「隠してるも何も、こいつ連邦から来たスパイよ。」
「え!?イリーナさんなんでそれを知ってるんですか!?」
「だってあんた、隠すの下手じゃん。」
ヒカリはいまいちピンとこなかった。
「別に木星圏は連邦と戦争してないし、連邦から派遣されてきてる人もいるし、なんでスパイなんか……」
イリーナはサーバーからコーヒーをとると、ヒカリとチンペーの座るテーブルに、別のテーブルから椅子を寄せて座った。
「ヒカリくんのお父さん達が研究してるミノフスキー断章ってレポートがあるんだけど、それを連邦から『持ってこい』って命令されて木星に来てるの。」
「え!?イリーナさんなんでそれを知ってるんですか!?」
「だってあんた、隠すの下手じゃん。」
ヒカリはイリーナが飲み物を飲んでいるのがうらやましくなって、自分もコーラをとってきた。
「じゃあ、もしかしてイリーナさんもスパイ?」
「え!ヒカリくんなんでそれ知ってるの?」
ヒカリは照れながら頭をかいた。
「いやあ、オレ、ニュータイプなんで……」
イリーナは悪びれもせずに
「私はジオン公国軍のスパイ、目的はチンペーと一緒。」
と言うと、椅子の向きを逆にして、背もたれを抱えるように座りなおした。
「ええ!?じゃあイリーナさんは僕の敵って事じゃないですか!?」
「馬鹿ねチンペー、目的は同じだから仲間でしょ?」
「ああ、そうか。」
ヒカリはチンペーとイリーナから不可解な感情が少し消えるのを感じた。
きっとこれは隠し事のある人間から出る何かなのだろう。
そして、そのままヒカリは考え込んだ。
母が何かを隠して生きているということだろうか。
「……ところでミノフスキー断章を父から奪うんですか?」
チンペーは「はい!」と答え、イリーナは手を振って否定した。
「あれ?イリーナさんは仲間だって言ったじゃないですか!」
イリーナは小声で
「だって、手に入れたら地球に帰るんよ?嫌だよ、こっちの方が面白いのに。チンペーもそうっしょ?」
「そういわれれば……そうです。」
チンペーは実家が裕福とはいえ優秀な兄弟と比べられ、周囲に失望され、さらにチンペーの父に取り入りたい鼻持ちならない連中におべっかを使われ、女性に馬鹿にされる地球の暮らしを思い出した。
ヒカリは解像度は低いながらもチンペーから漏れ出す感情で「この人、地球でロクな扱いを受けてなかったな」と察した。
「僕も地球に帰りたくないです……」
「よっしゃ!仲間だ!私たちは同志だ!」
「ところでイリーナさんはなんで地球圏に帰りたくないんです?」
イリーナは自分で向きを変えた椅子から離れて別の椅子に座りなおした。
「お見合い」
「お見合い?」
そして、椅子をゆらゆらと揺らしている。
「ジオン公国って、『産めよ、増やせよ』みたいなことマジで考えてるの。地球連邦に勝つにはそれが近道だって。だからそこそこ軍人やったところで、若くて将来のある将校とお見合い結婚させて……ってウチの出身コロニーのあるあるで、それから逃げるために公国軍の中央に近いところに配属してもらったのに、実家がしつこくて……」
「うわあ……」
「でしょ?『うわあ』でしょ?」
そう言いながらコーヒーのお代わりをとりに行く。
「はい、チンペーは紅茶でしょ?」
「あ、ありがとうございます。」
イリーナはさらに文句をぶちまけた。
「どこにジオンの人間が紛れてるか分かんないから大きな声じゃ言えないけど、ミノフスキー断章だって地球連邦が注目したからジオンも探しておくか?みたいな雑な動機で欲しがってる。正直、ここで研究されてた方が世のため人のためになると思う。私、ちょうどその部門にいたから分かるけど、ジオンは軍事転用できるって確信した技術にしか今はお金出さないから。だからまだアナハイムとかそういう企業が持ってる分にはいいと思うけど、もし大事なことが書いてるとしても宝の持ち腐れってもんよ?」
ヒカリはこんな話、こんなところで大声でして大丈夫なのか内心ハラハラしていたが、ヒカリの中のニュータイプはこの話をこっそり盗み聞きしている人間はいないと告げている。
「ちょっとトイレ」
イリーナが立ち上がると、すぐにヒカリの端末が鳴った。
イリーナから「大丈夫、今このへんで話聞いてる人誰もいないから」とメッセージが入っている。
ヒカリはイリーナもニュータイプだと悟った。
そして、それを何らかの理由で隠しているのだとも……
チンペーはすっかり冷めたマカロニチーズをフォークでトレイから削り取りながら食事を再開した。