リシュモンが実験機を持ち帰る直前、アザニアでもちょっとした発明品が完成していた。
「名前を付けるならなんだろう……サイコリボン?サイコテープ?」
「サイコヘアバンド?」
「長いよ。」
「サイコタイニア?」
「それ条虫と語源が同じだからやだ。」
「サイコベルト」
「惜しい気がする。」
「サイコバンド?」
全員が止まった。
「サイコバンド良いかもしれない。」
「実際に我々が苦労したのは周波数帯(バンド)だからな。」
ヒカリが不服そうに漏らした。
「ねえ、これ名前決まった?」
「サイコバンドだ!」
ヒカリは頭に謎のヘッドホンのようなものをつけている。
クラークがヒカリに声をかける。
「そのサイコバンドがあれば、有線のサイコミュはかなり挙動が洗練されるぞ。」
「どういう理屈?」
リュウが解説をした。
「まず、そのサイコバンドの動力源は人間の体温です。」
「そんなの動力になるの?」
リュウが頷く。
「なります。必要があればバッテリーも使えますが、消費電力はわずかなものです。サイコバンドには5種類の結晶が埋め込まれていて、体温によって暖められたそれぞれの結晶は、それぞれの結晶ごとの固有振動数で電磁波を発します。それらが思念波とも呼ばれるサイコウェーブと干渉して、サイコウェーブを機械的に検波できる波長まで引き伸ばします。」
そこへ別の声が割り込んだ。
「あとは検波した思念波で機械を動かすだけって事か。」
「あ、リシュモンお帰り。」
研究室の入り口には久しく見なかったリシュモンが立っていた。
「リシュモン、しばらく見なかったな。」
ささやかながら研究発表ということでアザニア基地の所長も居合わせている。
「俺は俺でお土産ちゃんと持ってきたんすよ。作業機械試験場においてきました。」
所長はワタベ、リュウ、ピョン、クラークを見渡した。
「そういえば、サイコバンド、サイコバンドって騒ぐのはいいが、サイコミュ兵器みたいなものはカリストにあったか?」
全員が首を横に振る。
「でも所長、コレそこそこ面白いよ?」
ヒカリは研究所のコンピューターでゲームをして遊んでいる。
思念波で操作するもぐらたたきだ。
とりあえず、サイコバンドの実験用に誰かが用意しておいたものをヒカリが目ざとく見つけて勝手に遊んでいる。
「別にこんなの脳波でもやろうと思えばできるだろ?」
「できるにはできますが、こんなに素早い操作は期待できません。思念波は出力こそ弱いですが超高周波なので情報量が多いんです。」
所長の突っ込みに軽く抵抗を試みたのはリュウだ。
所長は手放しで褒めてよいモノかどうか、決めあぐねている。
「まあ、その理屈だと、大きな出力で思念波が出たら、自分の思念波で自分の脳を焼いてしまうからな。」
「そういうことになります。」
残念ながらこの時、木星圏にいる人間は、自分の思念波で自分の脳がやられて廃人になったであろう人間が、地球圏の実験室にはそこそこいることを知らない。
「まあ、今のところ木星圏ではサイコミュ兵器をつかって何か便利な事ってなさそうだからなあ?」
「デブリを木星に落とすときに、正確に落とせるようにならないか?」
「その路線でちょっと試作してみるか?」
所長が声を荒げた。
「あー!もう誰が何をしゃべっとるのか分からん!!狭い部屋に大の大人を6人も詰め込むからだ!酸素が薄くなる!」
ヒカリは自分も大人にカウントされているのが少しうれしかった。
とりあえず、全員で作業機械試験場へ移動する。
この前のようにトロッコではなく大きめの定期便で移動だ。
「ヒカリ、それ外さないの?」
「なんか、つけてると調子いい気がして。」
ヒカリはなんとなくサイコバンドをつけっぱなしにしている。
何やら、サイコウェーブがらみのノイズが減る気がする。
慣れては来ているが、1万人あまりが自宅を置くアザニアは、人間の数だけ思念が飛び交っている。
飛ばしている人間がニュータイプでもない限り、さほど強烈なのは飛んでこないが、常にバックグラウンドノイズのように思念波が飛び交っているので、やや気疲れするのだ。
それがサイコバンドをつけると薄れる気がする。
ヒカリには理論的な事は分からないが、ニュータイプに覚醒したと自覚して以来、人の多い場所でずっと抱えていたストレスから少し解放された気がしていた。
作業機械試験場に行くとオズモンド所長が新たに運び込まれた機体の梱包を解いていた。
「よく来たね。」
巨大な機体に天井クレーンが悲鳴を上げている。
徐々に露わになっていくその姿は二回りほど大きなボールだ。
「木星大気圏内突入実験用モビルアーマー?だっけか。太岁球1号、要するにスーパーボールだ。梱包するために一回塗装を収納してある。」
リシュモンの説明に一同、首をかしげる。
「塗装を収納?」
確かにボールの機体外板は鋼板がむき出しに見える。
「ちょっと待ってろ」
リシュモンがボールに飛び乗る。
「流体塗装循環装置、通称FCCってのがついててな。スイッチオン。」
ボールの頭の方からボールが白く染まっていく。
「こいつが機体の表面を絶えず覆うことで、水素脆化が起こらない仕組みだ。」
オズモンドも感心している。
「へえ!これが言ってたやつか!」
アザニア基地の所長もこれには相当感心した様子だ。
「なるほど、木星大気圏内とはいえ、水素で充満している環境は木星圏にはゴマンとあるからな。こいつがうまくいけば、ジュピトリス級のタンクの点検の度に機械をオーバーホールしなくて済む。」
重水素を貯蔵するタンクはカーボンプラスティックで内側からコーティングしてあるので、そのままであれば水素脆化のリスクはないのだが、単に劣化してコーティングにひびが入ると外側の鋼鉄のタンクは水素脆化して破裂するリスクがある。
そのタンクの内側からの点検作業がなかなか厄介なのだ。
「取り合えず、手近に図面があったボールで実験機を作ったが、無人の点検機械にもこの仕組みは応用できるはずだ。有人操縦がメインだが、プログラミングすれば独立して無人でも動作できる。そこそこ試験場内でテストしたら、木星の大気圏に突入させて、自力で戻ってこれるかテストしてみようぜ。」
そう言いながら、リシュモンはオズモンドにディスクを渡した。
「ウイルスチェックはしてある。こいつの設計図だ。FCCのデータもこの中にある。」
リシュモンはそういうと試験場内のベンチを陣取って仮眠を始めた。