社会科で「木星はエネルギー分野においては太陽系で一番の資源惑星だ」と勉強するが、その詳しい内容はヒカリはまだ学んでいなかった。
そもそも核融合反応を学ぶのが高校からなので無理もない。
ただ「ヘリウム3と重水素がたくさん採れる」と習うだけだ。
そこでヒカリはホアンの個人授業を受けることになった。
「まずヘリウム3と重水素を木星から地球圏や火星圏に運んでいるのはなんとなくわかりますね?」
「はい!」
ヒカリは威勢よく返事した。
そこは知っているのだ。
「では木星で水素を『掘る』ところから、地球圏に運ぶところまでを勉強してみましょう。」
ホアンは何やらパネルを取り出した。
「これはジュピトリス級輸送艦が地球圏に停泊しているときに、艦内の一部が一般公開されますが、その時に一般見学者向けに使われるパネルです。しばらく倉庫に眠っていたのですが、説明しやすいので持ってきました。」
「そんなのあったなあ……」
全然関係ない工場区の暇人たちも集まってきた。
「まず木星から資源を『掘る』とよく表現していますが実際には『くみ上げる』に近い状態です。木星はガス惑星ですから地面がありません。そのガスの塊の木星からガスを吸い上げることになります。ただしストローみたいなもので上から吸うことはできません。ここ工業区は無重量状態なので分かりにくいかもしれませんが、居住区に戻れば人口重力があるので『ストローで上から吸う』も理解できるますね?」
ヒカリは首を縦に振ってうなづいた。
「この『ストローで上から吸う』は大気圧があるから可能なのですが、残念ながら大気圏外から大気圏の外へ向かって『吸い上げる』ことは不可能です。これは『吸い上げる』というのは『大気圧が押しつぶす』力を利用しているから可能なのであって、大気圧があるところから大気圧がない宇宙空間へ吸い上げるのは不可能なのです。」
ヒカリが首をかしげていると、周りの大人たちが色々なたとえを使って教えてくれた。
「吸うってことはストローの中の空気を吸って真空を作ってモノを引っ張るような感じだろ?でも宇宙空間はハナから真空だから、それ以上引っ張れないんだよ……わかるか?」
「分かった!」
ヒカリの返事を聞いてホアンは続けた。
「だから、上から吸うのは無理なので、『下から持ち上げる』方式を使います。これが採掘船の簡単な図です。この長いパイプを下にぶら下げて採掘するんですが、パイプの下側の端に上の採掘船の本体に向かって木星大気を持ち上げるポンプが付いています。」
ホアンが何枚かの写真を見せる。
「こっちの画像はパイプの下にポンプ船がぶら下がっているタイプ。こっちの写真はパイプの中にポンプが格納されていてポンプが外から見えないタイプ。」
「ポンプ船が付いているやつとそうでないやつはどう違うの?」
ホアンは待ってましたとばかりに説明を加えた。
「ポンプ船が付いているタイプは木星の強い風に向かって取り込み口を向けて、風の力も利用して上に送り出すことができる。パイプしか見えないパイプは取り込み口は真下を向いていてそれができない。結果的に短い時間で多くの採掘ができるのはポンプ船タイプだけど、ポンプ船と採掘船の両方の操縦がかみ合わないと上手く掘れない。パイプだけに見えるタイプは木星の表層大気と採掘船の相対速度を小さくしてパイプを吊り下ろすだけだから、比較的簡単。」
ヒカリはなんだか不安そうな顔をした。
「採掘船って木星の上でじっとしてるだけじゃダメなの?」
それを聞いて大人たちがどっと笑った。
「え!何?オレ変なこと言った!?」
ホアンは少し楽しそうにはしているが、笑わずにしっかりとした説明を試みた。
「ヒカリは地球圏でいうところの中学生なんだから、大人は笑わない。えっと……まず惑星の大気圏の外でじっとするというのがとても難しいこと……というか不可能なのを知るべき。しかも、じっと止まっていられたとしても木星の強烈な風にパイプが流されてしまうので……こうパイプが流れると上手くガスが回収もできなくなるので……」
手でパイプの動きを表現しながら解説するホアン女史を見ながら、ヒカリは思ったよりも難しい世界だということは理解した。
「……なので、仮に木星の表面がこの平面のパネルだとすると実際には木星に向かってこう斜めに向かっていって、ある程度近づいたらまた上って離れていくような軌道で採掘船は飛ぶワケ。じゃあ、その角度はどうやって決めるかというと、木星の表層の気流を外部から観測して、最接近時にできるだけ採掘船と木星大気の相対速度が近くなる流れを選ぶカンジ。その隙にパイプをおろして木星の大気を『掘る』のが採掘船の仕事。分かった?」
「分かりました!」
ヒカリはしっかりと手を挙げて返事をした。
「よろしい、では次はタンカーの役割。これは採掘船から資源を回収していま私たちが乗っているジュピトリスみたいな惑星間輸送船に運んだり、木星圏の中継基地に運んだりする船。採掘船はさっきも説明した通りかなり『荒っぽい』仕事をする船なのに対して、タンカーは宇宙空間だけを動く船だから、そういった荒っぽさはないけどたくさん運べる。とりあえず、タンカーは一旦、木星の衛星軌道にあるプラントコロニーに原ガス(げんがす)を運びます。そこでガスは重水素とヘリウム3とそれ以外のガスに分離されてジュピトリスに載せたり、また別のタンカーで木星の衛星基地や他のコロニーに運んで利用されます。分かった?」
ホアンはヒカリの顔を見た。
しっかり興味を持って聞いている顔だ。
「分かりました!一つだけ質問があります!」
「はい、なんでしょう?」
「ポンプ船に人は乗るんですか?」
一瞬、大人たちの間に謎の緊張が走った。
ホアンが答えあぐねていると助け舟を出した者がいた。
「昔は人が乗るタイプもあったが今はもう残ってないな。」
そう答えたのはリーさんと呼ばれているこの船でも一番の古株だった。
白い口ひげ、白い眉、白い髪はあまり多くは残っていない。
「ワシも昔は乗っとったからな。この話はワシが適任じゃろ。」
そういうと、無重量の中を器用にヒカリの前まで進み出た。