チンペー・イートン軍曹の活躍によって地球連邦にミノフスキー断章の画像データがまず届き、次にミノフスキー断章の写本が届いた。
さらにサイコバンドなる製品が半信半疑ながら地球圏で使われ始める。
ここで自然発生的にミノフスキー断章についての噂が流れ始めた。
一つ目は
「写本はミノフスキー断章の一部ではないのか?」
というもの、もう一つは
「ミノフスキー断章そのものがミノフスキー博士が生前に完成したノートの一部なのではないのか?」
という主に二つだ。
この二つの噂は自然に
「残りはどこにあるんだ?」
という疑念を呼んだ。
地球へ送られた写本がミノフスキー断章のすべてではないとすれば、およそ残りは木星圏にあることになる。
ミノフスキー断章が全体の一部であった場合、ミノフスキー断章と呼ばれている部分が月から持ち去られた際に、残りのノートは月に残されていると考えられる。
これは事実を知る者からすれば笑止千万な話だが、疑ってかかる者からすれば笑えた話ではない。
二つの疑念をまとめると
「ミノフスキー博士の最後の研究はまだどこかに隠されている」
となる。
サイコバンドが普及すればするほど「隠されたミノフスキー断章」への期待は高まる。
ミノフスキー断章の隠された部分に何が書いてあるかという噂も語られるようになってきた。
ある者はサイコミュ兵器を無効化するアンチサイコミュ技術が書かれていると言い、ある者は全人類をニュータイプにする技術が書かれていると言い……という具合に、ミノフスキー断章を知る人こそ少ないが、その噂話には全く歯止めが利かない状態となった。
そして、その頃、不幸にも戦勝国であるはずの地球連邦は急激にシビリアンコントロールを欠き始めていた。
十字軍から還った騎士団たちが悪魔崇拝にのめりこむようにアンチスペースノイドの過激派がミノフスキー断章を探し始めた。
時を同じくしてジオンの残党たちもミノフスキー断章を探し始める。
ミノフスキー断章の偽書までもが生まれ始めた。
「馬鹿だねー……」
ヒカリがなんとなくアザニア基地の窓から木星を見ながらくつろいでいると、リシュモンがやってきた。
リシュモンが言っている話はなんとなく見当がつく。
サイコバンド製造販売に脅迫文を送りつけようとした人間が地球圏で逮捕されたのだ。
「地球~木星間で送ったメールが当局に筒抜けだって理解できないような人間が『ミノフスキー断章』のハナシなんかしても、理解できるわけねえのよ?」
「まあ、それはそうだよね」
ヒカリは力なく笑った。
月ではすでにミノフスキー断章をめぐって窃盗や暴力事件が起きているらしい。
つい先日は木星に往く船にミノフスキー断章陰謀論者が無理やり乗ろうとして逮捕されたそうだ。
地球連邦政府は正式にミノフスキー断章の未知のページはないと報告していて、つい先日もクラークが持っていたミノフスキー断章の原本が地球行きの船に乗せられて片道2年の旅に出たとこだ。
ただ、ヒカリは言い得ぬ不安のようなものを感じていた。
父と母が心配なのだ。
「ヒカリ、そもそもはミノフスキー博士が基礎研究を続けたいって言うのをさせなかった旧ジオン公国軍が悪いんだぜ?」
「まあ、そりゃそうか。」
「それをお前がクヨクヨ考えても仕方ないんだよ。」
ヒカリは口をとがらせた。
「まあ、それは確かにそう。」
「そもそも、アザニアやフリース家族に危害を加えられる奴が地球からくる方法がないだろ?」
「まあ、確かにそれもそう。」
リシュモンはヒカリの肩を叩いた。
「しかも、お前ニュータイプだろ?そういうのがここに入ってきたら分かるだろ。」
ヒカリはリシュモンの顔をじっと見た。
喉の奥で「でもリシュモンの思念は見えないんだよ」の言葉がつっかえている。
「まあ俺、ニュータイプだから大丈夫か!」
そう嘘をついて会話を切り上げる。
「あんまりクヨクヨ考えるなよ!」
その場を立ち去るヒカリの背中に、リシュモンの言葉が刺さっていた。
自宅に帰ろうとするとフリース家の中から人の気配を感じる。
この気配はイリーナだ。
「なんでイリーナさん来てんの?」
他の家族の存在は感じない。
そしてイリーナもこちらに気づいているはずだ。
「なんか変だな?」
家の中に入ろうとしたところでメールが着信した。
イリーナだ。
『家の中に入っても喋らないで』
ヒカリはとりあえずイリーナに従って無言で家の中に入った。
イリーナが家の中ではいつくばっている。
本当は「何してんの?」と言いたい気持ちを堪える。
イリーナは小型の箱のようなモノを手に持っている。
そして、フリース家の台所のごみ箱の影を指さした。
ヒカリは促されるままにそこを見ると、見慣れない小さな黒いモノがある。
イリーナはヒカリを無言で促して外へ出る。
「家の中、盗聴されてる」
イリーナはすごく小声だ。
「誰がそんなこと?」
ヒカリも気がけて小声になる。
「分からない。調べようと思って。」
ヒカリはそういうイリーナを見ながら「そういうあなたは不法侵入ですけどね」とは思った。
そこへちょうどリシュモンもやってきた。
イリーナと同じ小箱のような機械を持っている。
「あ、イリーナさん、なかなか奇遇ですね。」
「あ、リシュモンさんも?」
「ねえ、基地内で盗聴器探すのって二人の趣味なの?」
とりあえず力が抜けたヒカリは父と母に自宅内が盗聴されている旨だけメールで送ると一旦カフェに逃げることにした。