「未知の暗号の可能性?」
イリーナは頷いた。
「そいつは聞いたことねえな……ところでイリーナのお嬢ちゃんがなんでそんなこと知ってるのよ?」
「それは私が元ジオンのスパイだから。」
「ああ、そうか……ってええーー!?そんな感じだったの??」
ヒカリはリシュモンとイリーナの会話を聞きながら「そういえばリシュモンは知らなかったのか」と思っている。
「なんか、かなり緊急性のある時にだけ、地球圏から木星圏への協力者に向けて送られる暗号通信があるって噂は聞いてて。暗号化されてるのも見破れなければ、暗号の解読も超困難だって。」
「この宇宙世紀にそんな暗号あるの?暗号化されてることが『わからない』ってどういうこと?」
ヒカリの疑念にリシュモンもイリーナも答えられない。
ひとまず盗聴器はカーン所長に相談することにした。
3人でてくてくと歩いてアザニア基地の所長室へ行く。
「現在、所長は診察中ですので。」
診療所の待合で待っていると、リシュモンとイリーナが同時に「あ」と言った。
「ねえ、二人のそれは趣味なの?」
二人とも手の中の小さい小箱を覗き込みながらキョロキョロしている。
「これ診療所じゃなくて所長室か?」
イリーナとリシュモンがそう小声で話していると、所長が出てきた。
「お前ら、人の仕事中にうるさいな。」
機嫌悪そうに文句を垂れる所長も手に謎の装置を持っていた。
所長も盗聴器の探知機を持っているということは、所長もアザニア基地内の異変には気づいているということだ。
3人は緊急性はなくなった気がして診療が終わるのを待って所長室へ赴く。
所長は眼鏡をはずして、顔をタオルで拭いながらどっかりと腰を下ろした。
所長室に盗聴器があるのはイリーナもリシュモンも、そして恐らく所長自身も確認済みだ。
所長は適当な紙切れを取り出すとペンで走り書きしながら言った。
「なんだお前ら、また金でも借りに来たのか?」
そう言いながら所長はメモ紙を押し出す。
紙には「19時、作業機械試験場で合流」と書いてある。
リシュモンが話を合わせる。
「いやー最近、俺たち基地から外に出る仕事があんまり入ってなくて……何かいい仕事ないですかね?」
「そうなんです!そろそろ新しいお洋服も買いたいし!」
ヒカリはイリーナから肘で小突かれる。
何か思いついて話を合わせなきゃと焦るが何も出てこない。
所長とイリーナとリシュモンに睨まれる。
「あの……えっと……デートするお金が欲しくて……」
所長とイリーナとリシュモンが吹き出しそうになるのを堪える。
「お……おま……彼女いないじゃん!」
リシュモンの突っ込みにヒカリは必死で嘘を思いつこうとする。
「あ、あの!そうじゃなくて!!……出会い系とか始めようと思って!!」
所長が目に涙をいっぱい貯めてみたことのない表情をしている。
「ヒ……ヒカリ・フリースくんは、その出会い系の登録料を私に借りたいのかね?」
笑いそうになるイリーナの足をリシュモンが踏みつけた。
イリーナはリシュモンの頬をつねっている。
所長はこれ以上は耐えられないと判断して、財布からお札を出してヒカリに渡した。
「あ!……ありがとうございます!!」
大した金額ではないが3人で飲み物ぐらいは飲めそうだ。
所長室を出て、近くに盗聴器がなさそうなことを確認すると、リシュモンとイリーナは笑いながら倒れこんだ。
「あんた、咄嗟に嘘つくにしてももうちょっとあるでしょ!?」
「あーあー、腹痛い」
ヒカリは真っ赤になって反論しようとしたが何も反論できないでいる。
「ひ……一つだけ分かったことがあります!」
イリーナが「何?」と尋ねると、ヒカリは
「盗聴器みたいなものが挟まると、ニュータイプでも嘘が見抜けなくなります。」
イリーナはなんとか起き上がって地べたに胡坐をかいて座ると
「確かに。メールも通話もニュータイプ相手には有効かもね。テレビとかね。」
と答えた。
3人は苦し紛れに所長がくれたお金でカフェに行くと、それぞれ好きな飲み物を飲んだ。
「19時、意外とすぐだな」
そして、そのまま鉄道で氷の地下道を移動する。
作業機械試験場につくと、盗聴器を探そうとするが、上手く装置が働かない。
「そうか、ここはミノフスキー粒子を撒く日の方が多いのか。」
「その通り、だから簡単には盗聴できない。」
見るとアザニア基地のカーン所長と試験場のオズモンド所長が並んで現れた。
「最近、アザニア基地内に盗聴器が仕掛けられる事例が増えているが、恐らくミノフスキー断章に関わる陰謀論者がこちらを探っているのだろう。」
「ということは、基地内にスパイが?」
カーンが頷く。
「勿論、ここには旧ジオンのスパイも、連邦のスパイもいる……が、木星圏と地球圏では隠密性の高い通信手段がないために大っぴらに活動することはなかった。なぜなら、強度に暗号化された通信を受け取った人間がいると分かっただけでも、スパイが誰かが判明してしまうからだ。さらに基地内には少なからずニュータイプがいることも分かっている。対ニュータイプ訓練を受けた人間がここに元々潜伏していて、さらに未知の暗号通信で指令を受け取ったという可能性が高い。」
オズモンドが別の説を持ち出す。
「もしくはアザニア基地に元々いた人間が地球圏でミノフスキー断章の噂が広まってるのを見て独断で動き出したか……」
その話を聞きながら、イリーナとヒカリはリシュモンのアフロヘアをちらちら見た。
「なんだよ!その目は!!別に隠してないよ!!俺はタイニュータイプ訓練を受けてます!!」
「そういうのって、自分以外の誰がそういう訓練受けてるかって分かんないのかなって。」
リシュモンは試験場のエントランスの方へ歩いて向かう。
「俺は人に心が読まれない訓練をしているだけで、同じ訓練を受けている人間かどうか判別するような能力は持ってないのよ。」
そういってエントランスへ入ると、手近な椅子に腰を掛けた。
ヒカリは軽く目を閉じると、イリーナと二人の所長の気配は感じるがリシュモンだけは気配がつかめない。
そこにいると分かれば、おぼろげに感じる程度だ。
「盗聴器はスパイスケースを改造した簡単なもので、アザニアにいる人間ならだれでも手に入る材料で作られている。恐らくこのスジから犯人を探し出すのは困難だろう。」
カーン所長はポケットから黒い小さな四角いケースを取り出した。
元はコショウか何かを入れていたものだろう。
売店でよく見る。
「とりあえず、ウチのエンジニアに相談してあるから意見を聞いてみようか?クルマタニいるか?」
オズモンド所長にクルマタニと呼ばれた男性は、事務室からのっそりと出てきた。
「地球から木星に送られてる秘密通信のハナシですか?多分、特定できたと思うんだけどなあ……」
「え?もう?」
クルマタニは自分のタブレットと一緒に試験場のエントランスに設置されているモニターのリモコンをもってやってきた。
地球圏で配信されている音楽専門チャンネルをつける。
画面の中ではアイドルグループが歌って踊っている。
「これ地球圏で人気のアイドルグループで、名前は『君と思い出ペガサス級』ってグループなんですけど。」
「これがスパイ?」
クルマタニは顔の前で手をひらひらさせて否定した。
「本人たちは何も知らないと思いますよ?彼女たち、今から2年以上前に地球でデビューしてその時から一気にアルバムを2枚以上リリース、シングル曲も結構なペースでリリースしてるんですが。」
「はいはい。」
クルマタニがアイドル専門チャンネルに切り替えて番組表を出す。
「彼女たちのオリジナル曲が30曲以上あって、先月ぐらいから色んなチャンネルで特集やってるんですよ。あとは、グループのホームページにもMVやライブ映像が公開されていて……まあ具体的には、それだけ曲数があると、暗号として使えるんですよね。」