リシュモンが基地所長に熱烈に訴えたというテイでアゼリアの広域防災スピーカーを流用して、タウンラジオみたいな放送をする実験が行われることになった。
そこで、ところどころリクエストをはさみながら「君と思い出♡ペガサス級!」の曲を重点的に流していく。
それも古めの曲を重点的にだ。
基地の本部とは少し外れた場所の街角に、簡素な放送局も立てた。
メールアドレスも用意して体裁を整えると、リシュモン曰く「意外と好評」らしい。
基地の住民の皆様からお褒めのメールをいただいているそうだ。
「それが、こっちはそうでもないんだなあ。」
所長曰く、基地の本部には苦情のメールが殺到しているらしい。
「えー、『寝れない』『うるさい』『選曲のセンスが悪い』『要らない』……ひどい言われ様ですね。」
所長室にほどほど若い男性が報告に来ている。
イリーナがその男性と入れ替わりに所長室に入った。
「カーン所長、お疲れ様です。アイドル曲、効果出てますね。」
「うん。ちょっと調査の方法を一個追加する。所長室宛で届いた苦情の調査をやることにして、苦情が出た家々をちょっと回って聞き取り調査してみる。」
「そこにニュータイプの人間を使って?」
カーンは椅子に座っているが、やや座りにくそうにしている。
なんでも、前の椅子が壊れたらしい。
どっかから持ってきた謎の丸椅子に座っている。
「そういうことだな。それで、対ニュータイプ訓練を受けた人間をリストアップしていこうということだ。」
「なるほど。」
ちなみに所長室はさすがにもう盗聴されていない。
基地内には「盗聴器に気を付けて」という張り紙がされている。
「……そこで問題だが、信用できるニュータイプを」
「それすでに確保されています。そもそもニュータイプ同士では大きな隠し事はできないので。サイコバンドの開発過程の実験に参加したニュータイプは全員何かしらの工作員ではないと思われます。私を除いては。」
「そういえばそうだった。」
カーンは目の前のイリーナも旧ジオンの工作員だったことを思い出した。
「ちなみに本件は私はシロです。クロだったらとっくにヒカリくんが気づいてますから。」
「まあ、それはそうか。」
所長は暇そうなニュータイプを探して「騒音実地調査班」を作り、住民の「苦情」に対応し始めた。
時を同じくして、ヒカリはマジで出会い系を始めることになった。
理由はヒカリが嘘をついたのがミノフスキー断章陰謀論者に盗聴されていた可能性がとても高いからだ。
ミノフスキー断章陰謀論者は、地球連邦や旧ジオン、あるのかないのか分からないネオジオンや月面の企業、最近公社化した木星圏の住民すべてをミノフスキー断章の隠ぺい者だと疑っていたが、特に疑惑が集中しているのはアザニア基地幹部、またサイコバンドの関係者だった。
ヒカリ・フリースの名前に地球圏の人間がたどり着くのは容易ではないが、木星圏の工作員がそこに気づくのは至極簡単だ。
そのヒカリが「出会い系で彼女を作りたい」と言うのだから、まともな工作員は何か仕掛けてくるに違いない。
ということで、ヒカリはファミリーネームこそ出さないモノの、「ヒカリ」と言う名前と本人の顔写真を使ってそこそこ知られた出会い系サイトに登録することにした。
「なんか、地球圏からもバンバンメッセージ来るんですね……」
とりあえず、今回のたくらみでさほど忙しくないクルマタニがヒカリのバックアップをしている。
「『今度、木星に行きたいのですが、渡航費用が足りません。連絡まってます。』……すごいですね。」
ヒカリは送られてきたメッセージを見て頭を抱えている。
ずいぶん安くなったとはいえ木星への渡航費用はとてつもない金額だ。
「これに騙されてお金を送る木星の人間はいないでしょうねえ。」
クルマタニも自分の作業の片手間にヒカリの端末を覗いている。
「ところでクルマタニさん、今何やってるんですか?俺の出会い系アカウント、クルマタニさんのパソコンからもログインできるじゃないですか。」
ヒカリはクルマタニのパソコンを覗き込んだ。
AIで何かやっている。
「正攻法で普通に解読を試みています。」
「無理なんじゃ?」
クルマタニは首を振った。
「『多分、無理』であって可能性はゼロではないです。今やってるのは符丁の切り替えのタイミングを特定できないかな?ってやつですね。例のアイドルさんのオリジナル曲の数は30強なのでもし暗号で使われるとしたらアルファベット系になると思われます。再生時間を使うなどもっと細かいルールがあったらアウトですが、逆にそうなると情報が圧縮され過ぎてデジタルで解析されやすくなっちゃうんですよね。断片的に曲をきいて曲名が分かるみたいな人間の耳に頼る暗号の方が強いってことです。もしアルファベットを使っている場合、例えば英語のアルファベットの他にロシア語とか、フランス語とかいろんなアルファベットがあるんですが、いずれの言語であっても『a・e・i・o・u』の母音に相当するアルファベットが頻出します。英語の場合はさらに『s』が頻出したりとそういう傾向があるんです。 なので毎日符丁が更新とかだともしかすると毎月同じ1日とかは同じ曲の偏り方するかもしれないんで。年間365日でやられたらちょっとしんどいですけど。」
「フランス語とかロシア語って今もまだそんなに使う人いるの?」
クルマタニが解説する。
「宇宙世紀にはかなり使用頻度は減っていますが、暗号を作るときにはそういう昔の言語とか、少数しか使う人間のいない言語は選択されがちですよ。」
そう会話していると、クルマタニのパソコンとヒカリの端末に同時に通知が入った。
「あれ?なんか今度はまともな感じ?……の方からメッセージ来ましたね。」
あまり笑わないクルマタニがフフっと笑った。
「ということは、その方が陰謀論の工作員かもしれませんよ?」
ヒカリは「確かに」と思いながら、そう分かっていても行きがかり上、会わなければいけない事実に陰鬱な気持ちを隠せなかった。