「皆さん、知ってました?『柵』って書いて『しがらみ』とも読めるんですよ?」
「クルマタニ、どこに向かってしゃべってるんだよ。」
「いえ、もし私の人生に読者がいたら次元の壁を越えてみたいなと思って。」
「ばからしい。」
オズモンドはクルマタニを助手席に乗せて地下道をかっ飛ばしていた。
基本的にアザニア基地と作業機械試験場は鉄道で往来するが、オズモンドは所長なので緊急用の車両を持っている。
鉄道の脇の通路を激走して、ヒカリとクロエ・オジャイルを抜いて先に基地に着こうというのだ。
「クロエ・オジャイルは基地内の未婚の女性の中では最も若い部類の一人ですね。ご両親が勤めている企業自体は別に偏った思想の企業と言うわけではないのですが、部署のトップは親連邦過激派のマイラ・パルトロですね。」
「あ、マイラ・パルトロは分かるわ。めんどくさいんだよなあのババア。」
オズモンドとマイラ・パルトロは年齢にはさほど差がないが、マイラ・パルトロは妙に老け込んでいる。
そして、オズモンドは直接被害を受けていないが、何度かめんどくさい噂を耳にしている。
そこそこ大きな企業の木星支社の上役で、そこそこ権力があるので勘違いしているのだろう。
その勘違いのままカリスト周辺の様々な企業や団体に難癖をつけるという噂がある。
その難癖のつけ方が新連邦派丸出しなのだ。
クルマタニは「マイラ・パルトロがババアならオズモンド所長もババアじゃ」と思いはしたが、言わんとすることは分かったので、あえて黙っていた。
「あのカフェで盗聴してたのってもしかしてクロエさんのお父様かもしれませんね。盗聴電波に爆音流したら飛び上がっていた男性。ちょっとミノフスキー粒子が濃くなってきたので今調べるのは無理ですが。」
そういうとクルマタニはノトパソコンを閉じた。
オズモンドが運転する緊急車両が、ヒカリとクロエが乗った二人乗りを追い越す。
ヒカリは横を抜き去る車両を見ながら「あんなクルマ有ったんだ」と思った。
クロエは自分の端末の通信が遮断されたのを見て、自分のバッグの中身をまさぐった。
「ありました、盗聴器。」
「あ……そうみたいですね。」
ヒカリが恐縮しているとクロエがその盗聴器を二人乗りのトロッコとケーブルカーの中間みたいな乗り物の座席の隙間に押し込んだ。
「父が仕掛けたんです。」
「そ……そうなんですね」
クロエはため息をついた。
「私、父に言われてデートすることになったんです。」
「あ、そうなんですか……何かスイマセン」
ヒカリはなぜか謝ってしまった。
「でも父は父で上司に強要されて……」
ヒカリは万が一にでも期待した自分がバカだったと……わかってはいたが少し残念だった。
「スイマセンがっかりさせて。」
そして、相手もニュータイプなのでそれぐらいはすぐに読まれてしまう。
ヒカリは何も隠せない今の状況に戸惑っていた。
本当はヒカリも相手の感情が分かるのだが、同世代(少なくともヒカリはそう思っている)の異性の感情なんて読めても理解ができない。
「到着しましたね。」
「はい!降ります!」
乗降場からすぐのところでオズモンドとクルマタニは待っていた。
「すいません、ご迷惑をおかけして。」
クロエがオズモンドとクルマタニに深々と頭を下げた。
オズモンドは色々取り繕うつもりだったが、アザニアから自分たちの存在は気づかれていたのだと思いなおして、まずは試験場の応接室にヒカリとクロエを案内することにした。
「インスタントの飲み物しかないけどいいかい?」
そう言いながらオズモンドはちょっと迷った末にホットココアを人数分用意した。
クロエが話した話はこうだ。
クロエの父が職場の上司から「ヒカリ・クラークが彼女を探している。お前のところの娘をヒカリ・クラークに近づけてなんでもいいから情報を引き出せ」と厳命されたらしい。
クロエの父親も抵抗したのだが、断り切れずに「娘に聞いてみる」とだけ言ったところ父親の窮状を察して、クロエは渋々引き受けたのだそうだ。
「だから、盗聴もされないし父も他の尾行も全部振り切ったので、ここからが本当のデートです。」
ヒカリは何を言われたのかすぐには理解できなかった。
「ここって、カリストで一番大きなプールがあるんですよね?」
「あるよ。」
なぜか所長のオズモンドが照れている。
「連れてってくださる?」
「あっ!はいっ!!」
ヒカリはなんだか妙に鼻の穴を膨らませて、クロエを先導して水陸両用モビルスーツの実験棟へ向かって歩き始めた。
「ヒカリさん、私みたいな年上でも大丈夫ですか?」
「ハッ!ハイ!!年上なんですか?!」
立ち呆けているオズモンド所長と、並んで歩くヒカリとクロエを交互に見ながらクルマタニは「とんだことになったなあ」と考えていた。
「所長、なんで泣いてるんですか?」
「なんだか……若い二人がキラキラしてて……」
「そんな事より所長、マイラが使ってた通信手段、だいたい分かりました。」
「嘘!?無理だって言ってなかった!?」
クルマタニは所長に事務所に来るように促しながら、事情を説明した。
「クロエさんが盗聴器を持たされていたところから、マイラ・パルトロがカリストでの陰謀論者の窓口だと考えまして……マイラ・パルトロの推定される賢さに合わせて、暗号の難易度をもっと易しく見積もったんです。」
オズモンドが眉をひそめる。
「クルマタニは遠回しに人のことを『バカ』って言うの上手いね。」
クルマタニは一旦その言葉は無視して暗号の話の説明を続行した。
「この前、説明したような暗号が使われている可能性は否定できないのですが、とりあえずマイラ・パルトロに関してはそんな処理能力ないので、マイラ・パルトロに入った通信を軽く傍受してみました。
「あんた、サラッと犯罪を犯すね。」
「まあ、惑星間レーザー通信のプライバシーなんて有って無いようなものですからね。まあ調べた結果、普通にSNSのメッセージで指令受けてました。」
「……盲点だねえ」
通信の傍受のリスクを無視して普通にメッセージを送ったのだ。