読者の皆様にはクルマタニが元々何の専門家なのかを紹介しておかなくてはなるまい。
クルマタニは無線通信の専門家で、それも特に「ミノフスキー粒子散布下」での無線通信の専門家だ。
ミノフスキー粒子を散布された場所では電波通信はできないのではないのか?と考える方もおられるかもしれないが、それは可視光線以外の電磁波であって可視光線は通る。
可視光線で無線通信ができる事実は、知っている者にとっては常識だが知らない者にとっては意外かもしれない。
旧来のAMラジオに使う電磁波はおよそ100万ヘルツの電磁波を用いる。
FMラジオでは1億ヘルツ。
このヘルツという単位は一秒間に何回波が揺れるかを表す単位で、波の山と谷ひとまとめで1回揺れたと数える。
真空中を電磁波が進む速さは周波数に限らず一定なので、波の長さも自ずと知れる。
なので、電磁波の性質を語るときには、周波数でも、波長でもどちらも使える。
ただ無線通信の時にはヘルツ(Hz)がよくつかわれるのでそちらを今回は採用したい。
さて電子レンジやBluetooth通信が24億ヘルツぐらい、ここで「電子レンジは50ヘルツか60ヘルツだろう?」という方もおられるかもしれないが、それも間違いではなく、それは電子レンジの電源の周波数。
電子レンジが食品を温めるのに使う周波数が24億ヘルツと言う理屈。
さらに1兆ヘルツぐらいになると、高速のデータ通信に使われる周波数。
10兆Hzが赤外線でこれは人体からも発していて、温かいモノに手をかざすと触ってないのにぬくもりを感じたりするのがこの赤外線の作用。
赤外線は目では見えないが、目に見える赤い光はおよそ400兆ヘルツから480兆ヘルツぐらいまで続くが、実はミノフスキー粒子を高濃度で散布すると、この赤い光もほとんど通らなくなる。
ミノフスキー粒子が通す可視光線は電磁波にして790兆ヘルツより少し下ぐらいが限界だと考えられている。
クルマタニはその可視光線を利用した無線通信技術の専門家なのだ。
可視光線を使うと通信しているのが皆に見えてしまうのではないかと考える方もおられよう。
正解は「状況によってはその通り」だ。
しかし、肉眼で通信を傍受して内容を見ることは人類にはできない。
例えば蛍光灯は1秒間に100回から120回明滅している。
これは蛍光灯にかざした鉛筆などを高速で振ることで分身が見えることで確認できる。
しかし、人間の視覚は普段、蛍光灯の明滅を意識していない。
秒間120回の明滅を捉えるには人間の視覚は鈍感すぎるからだ。
可視光線を使った通信は根本的には超高速のモールス信号を電球を使ってやるようなものなので、それなりに高速であれば人間は通信していることにすら気づけない。
ただし、モビルスーツが戦闘中に通信用のライトを付けっぱなしにしていると、通信以前に敵に発見されてしまうのでお互いには見えるけど敵には見えない光を使う必要がある。
そんな光はあるのか?という点については「まあ、一応ある」ということになる。
普通、ろうそくの光のような光はろうそくの炎を中心にすべての方向に広がっている。
そのように一点からすべての方向に広がる線を広義で「放射線」と呼ぶ。
逆に通信に使うレーザーはごく細い一本の束の光なので、横に逸れない。
横に逸れないということは横からは見えない。
なのでレーザー通信は横から見えないことになっているが、地球のように宇宙に比べて(地球も宇宙の一部ではあるが)モノがあふれている場所では、レーザーはしばしば横から見えてしまう。
湯気やホコリ、煙といった微粒子が空気中に漂っていると、レーザーはその通り道が全方向から見えてしまうのだ。
音楽のライブステージなどではあえてスモークを焚いてレーザーを使うことで、レーザーをわざと見せて利用している。
だが、宇宙空間のようにモノが少ない空間ではレーザー通信は減衰しないでどこまでも飛んでいくため地球圏と木星圏のような非常に遠い距離でも通信が可能になる。
これは別に可視光線のレーザーだけではなく目に見えない赤外線や紫外線でも同じことはできるのだが、いつどこの誰がミノフスキー粒子をばらまくか分からないので、惑星間であっても基本的には可視光線のレーザー通信が使われている。
ただ、問題は木星と地球は距離が遠すぎるので、一番調子が良いときでも32分7秒、一番調子が悪いときでも53分49秒という時間が通信にかかってしまう。
これはしかも片道の時間なので、木星から地球へ「今、起きてる」と送ると53分49秒かけてそのメッセージが地球へ届き、「起きてるよ」と返すとさらに53分49秒かけて木星に返事が返るため木星に返事がかえるためには1時間47分38秒という時間がかかる。
話は横に逸れたが、クルマタニはそうした可視光線を使った無線通信の技術者で宇宙世紀には要所要所に配置されていないとまともに社会が機能しない人材の一人だ。
同様の技術者は当然アザニア基地にも在籍しているが、今回はたまたまクルマタニの出番だったというだけだ。
通信の専門家であるので、当然、暗号化技術にもそこそこ精通している。
前述した最大1時間47分38秒の遅延はあるモノの、地球上のインターネットに木星圏からアクセスできるのもこのレーザー通信を介してのことなので、彼ら技術者の目を盗んで地球圏とやり取りするのはほぼ不可能なのだ。
とはいえ、地球連邦のような組織からアザニア基地所長に秘匿性の高い通信を行うことは可能だ。
それでも、その場合「地球連保からアザニア基地に暗号通信が入った」という事実はバレる上に、暗号の解読をする技術を持っていれば、中身は誰でも覗ける始末だった。
クルマタニはそうした通信技術者たちの目をかいくぐって木星に送られる暗号に並々ならぬ関心を抱いていた。
マイラ・パルトロの受け取った指令はお粗末極まりないモノだったし、ヒカリくんはその恩恵で今デートの真っ最中だ。
クルマタニの興味の中心はやはりアイドル曲を使っているであろう暗号で、本当にそれが暗号に使われているのかという確証もないが、クルマタニの勘はついこの前まで知りもしなかったアイドルグループに格別のきな臭さを感じ取っていた。
「もし、通信エンジニアの『クルマタニ』がこの暗号を作ったとしたら……」
そう呟きながらパソコンデスクの背もたれに背中を預けて天を仰ぐ。
いつもと変わらない作業部屋の白い天井が見えるだけだった。