「これがモビルアーマーですか!初めて見ました!」
「本物じゃなくて木星で作ったレプリカだけどねえ。」
ヒカリがクロエを実験用のプールに連れていくと、ちょうどゾックがプールのスロープに立っていた。
ここカリストの試験用プールは人工のプールとしては地球圏でも類を見ない大きさだ。
重力が小さいので大きな建造物が作りやすく、さらにほとんど大気の無いカリストで1気圧もの内圧をかけている為、相当に巨大なドームが作れるのだ。
「リシュモン!」
「おう、ヒカリか。例のFCC、なんとなく取り付けてみたぞ。」
FCCとは水素脆化を防ぐ、例の流体塗装循環装置のことだ。
「ゾックに要る??」
「なんか付けれそうだから付けた。そこそこ流線型をしている機体なら何でもいけるっぽいのよ。」
「まだ太岁球1号の大気突入実験も済んでないのに?」
リシュモンは「へへへ」と言いながら、作業用のカートで無意味にその辺をぐるぐる回っている。
「FCCって何ですか?あとこのモビルアーマーはゾックって言うんですか?」
クロエが目を輝かせて尋ねる。
「えっと、FCCっていうのは水素ガスによって構造材が壊れないように、機械の塗料を常に塗り替え続ける装置で、このモビルアーマーの名前はゾックと言うらしいです。……乗ってみますか?」
「乗れるんですか!?」
ヒカリはクロエにスペーススーツを着るように促すと、クロエは試験場の壁面に埋め込まれている手近なスペーススーツ用のドレッサーを開いて、そこそこ小さめのサイズを見つけると着込んだ。
「あれ、あんまり臭くないですね。もっと、こう……覚悟してたんですが。」
リシュモンがそれを見て笑った。
「この試験場にはSサイズ着る人間が少ないからですよ。」
ヒカリは試験場には自前のスペーススーツがあるので、リシュモンからカートを奪って一旦事務所に取りに行くことにした。
「ヒカリさん、それ服の上から着てますよね?俺、自分のスーツとりに事務所戻るんですが、そっちにちゃんとした更衣室ありますよ?」
「いえ、大丈夫です!」
ヒカリが事務所に戻ると、カフェでも見た中年の男性がオズモンドに詰問されているのが横目にチラリと見えた。
多分あれがクロエのお父様なのだろう。
今回は恐らくあまり近寄らないほうが良さそうなので、ヒカリは自分のスーツだけ抱えてとっとと事務所から退散した。
「臭わ……ないよな?」
スペーススーツは通気性が最悪の服だ。
臭いがこもりやすい。
ヒカリも使うたびに消臭スプレーはしているのだが、やはり気になる。
「うわ、危ない!」
屋内とはいえカートはカリストの氷床の上を走る。
よそ見していると低速の作業用カートとはいえよく滑る。
スピン気味にカートを停めると、結局ヒカリも服の上からスペーススーツを着込んだ。
「そういえば、リシュモン、FCCは水中でも使えるの?」
「使えないことはないが、あんまり調子よくはないみたいだな。塗料の粘度と撥水性を調整すれば行けるかもしれん。」
ヒカリは待ちくたびれた模様のクロエと、プールに下りるスロープで動きを停めて立ち尽くしているゾックの足元に向かった。
「背が高いのに、どうやって乗るんですか?」
「このタイプは昇降機がついてるので。」
ヒカリがゾックのくるぶし付近の小さなハッチを開くと、昇降機の操作盤が隠れていた。
ゾックの「クチバシ」とも呼ばれるフェアリングシェル(整流殻)の底面が四角く抜けるようにして降りてきた。
「こうなるんですね!」
感心するクロエにヒカリも少し嬉しくなりながら、ヒカリは先に昇降機に飛び乗った。
四角い昇降機の床の一つの隅から真上に向かってスチールのパイプ状のものが伸びている。
それが伸び縮みして昇降機を上げ下げする設計だ。
「この柱を持つと、最悪、手をはさんじゃうから、こっちの横向きの手すりをもって。」
言われた通りにクロエが昇降機に乗るが、どうにも狭い。
昇降機の床の面積とほぼ同じ幅に収まらないと挟まってしまうのは自明だ。
「これ、ヒカリさんにぴったりくっついた方が安全みたいですね。」
そういうとクロエはヒカリにぴったりと身を寄せた。
ヒカリはクロエがヒカリの反応を感じて楽しんでいるのも分かったが、残念ながらクロエのアイディアは正しい。
「じゃ……じゃあ上がります!」
クロエに抱き着かれながら、ヒカリは手すりについている昇降機のスイッチを操作した。
やや揺れながら昇降機は上がっていく。
「見てらんねえな」
リシュモンはそう言いながらも、昇降機で二人が体をはさまないか注意して観察していた。
無事に二人が収まると、リシュモンはプール棟の管制室に引き上げて、簡素な長椅子に寝そべって仮眠を始めた。
一方、ヒカリとクロエの二人は潜水艦さながらのゾックの中を操縦席に向かっていた。
「外から見るとあんなに大きいのに、中に入ると狭いんですね。」
「拾ってきた図面の中には4人乗りの巨大なヤツもあったそうですが、これは操縦士1人でも運用できるタイプだそうです。」
ヒカリはゾックを起動すると、スロープを降りさせて水中へと進んだ。
「すごいすごい!これ水の中に入ってるんですか!?」
「モノアイカメラからの映像しかないからあんまり実感わかないかもしれないけど、もうそろそろ全体が水に沈みますよ。」
ヒカリはクロエが年上であることは分かっていたがどれぐらいの敬語を使えばいいのか分からず、少しおっかなびっくり会話している。
一方、クロエは、木星圏最大のプールの中にいるという事実に大興奮していた。
「機体が大きいので、そんなに長くは泳げないですが、機体を水平にして水中を泳ぎますね。」
「そんなことまでできるんですか!?」
「できますね。まあ、むしろそっちの方がこのゾックは本領を発揮するというか……」
水中での機体の傾きに対して操縦席の角度が変わる。
「頭のあった場所が、前になるんです。少しモニターは見にくくなるんですが、代わりに小さくてものぞき窓があるので。そっちの椅子は銃座で、ゾックの頭についている砲台を操作して射撃ができます。そしてその頭の砲台はフォノンメーザー砲とメガ粒子砲を換装出来るそうです。今は、何も武器はついてませんが。」
いくら試験場のプールが広いと言えども、ゾックが十分に動き回れるほどではない。
水中のゾックはトップスピード、加速共に速いのだ。
「あと、頭だけ水面から出して泳ぐモードもあるんです。」
椅子の角度が元に戻るとクロエが見ているのぞき窓と、モノアイカメラが水面から上に出た。
「なんだか、こうしていると水の中では無敵に感じますね!」
「どうなんでしょうね?実際、水の中に限ったらほとんど無敵に近いんじゃないんですか?装甲もめちゃくちゃ分厚いみたいです。」
ヒカリがそう答えると、モノアイカメラの視角の端がカフェで見かけた男性を捉えた。
「……あれってクロエさんのお父様ですよね。」
「あんな人、知りません!」
クロエは自分の父親に相当怒っているようだ。
もはやニュータイプでなくても分かる。