ヒカリが見かねてクロエに声をかける。
「あの方がクロエさんのお父さんですよね?何か言いたさそうにしてますが……」
「ほっとけばいいんです。もう十分に父のメンツは立ったと思います。」
ヒカリは、最初にクロエと会ったときはさほど怒りを感じていなかったが、今ははっきりと怒っている。
何か思い出し怒りとか、そういうきっかけになったことがあったのだろうか?
もしそうだったとしても、ヒカリにはそこまで詳しくは推し量れないし、感じ取ることもできない。
なんとなくおろおろするだけだった。
「もう一回、潜ることってできますか?」
「あ、はい。」
ゾックはそのまま縦に沈んだ。
ヒカリは、クロエさんのお父さんには悪いとは思ったが、なんとなくクロエさんをこれ以上不機嫌にしてはいけない気がした。
水中ではゾックのアイドリングする音だけが静かに響いている。
ゾックの動力源になっている核反応炉は一度動かしたら燃料が燃え尽きるまで基本的に止めることはない。
なので何もしていないときでも燃料を消費している。
待機中であっても常にアイドリング状態だということだ。
ただ、燃え尽きる頃にはモビルアーマーの方も寿命がくる計算なので、あまり気にする必要もない。
「すいません、だんだん不甲斐ない父に腹が立ってきて。」
「いえ、なんかごめんなさい。」
ヒカリはなんとなく謝った。
「ヒカリさんは悪くないんです。私、実は今日、ヒカリさんと会うのが楽しみで、ヒカリさんの名前は前から知ってたし、私、引っ込み思案だから、こんな理由でもなければ年下の男性に声かける機会なんて一生無いし、会ってみたらすごく楽しくて……。」
「……ありがとうございます。」
ヒカリはクロエの怒りと悲しみの感情を感じながら、「何にもできないなあ」と思う。
そして、そう思いながらも「何かできないかなあ?」とも考えていた。
でも、ヒカリ自身の戸惑う感情と、クロエの強い感情にあてられて、何か思いつこうとしても支離滅裂でてんで役に立たない。
「お父さん、木星圏に若者少ないから、私のこととかずっと心配してて、口には出さないけど私のために地球圏に帰ろうか悩んでるんです。」
ヒカリはそれがクロエさんの婚活のためだとすぐに分かった。
実はフリース家の両親もヒカリに出会いの機会がないことを陰で心配しているようなのだ。
そして、木星圏に若者がいないのもそこそこ納得できる。
そもそも木星圏で子育てをしている家庭の話を今のところ聞いたことがない。
もしかするとどこかにいるのかもしれないが、基本、ヒカリのように若くして木星圏に移り住んだ人間しか若者と呼べる人間はいないのではないか。
「だから、今回のマッチングの話も、お父さん本当は喜んでて……でも、私も父も会社に利用されてるだけなんです。それを知っててヒカリさんとか他の方とか優しく接してくれて……なんだか、情けなくて……」
今にも泣きだしそうなクロエの気配を感じ取ってヒカリは焦った。
別にクロエさんが泣いたところで世界が終わるわけではない事は重々承知しているが、それに近しいことにはなりそうな気がする。
「俺……僕も、すごく楽しみでした!クロエさんがニュータイプで、なんかお互いにあんまり隠せない感じとかすごく嬉しくて、びっくりするぐらい綺麗な人が来て……」
ヒカリがそう言葉を絞り出した瞬間、クロエからヒカリに飛んでくるサイコウェーブの質が変わった。
ーー好き……でも、私の方が6つも年上……
「俺、もうすぐ19になります!そうしたら5つしか違わないです!!」
ヒカリが狭いコックピットでクロエの方に無理やり体をひねったせいで、ゾックが急に5メートルぐらい沈降した。
「考えてること……読まれちゃいましたね」
クロエが頭部砲台の銃座から降りて、狭い機内で身をよじりながらヒカリの傍らへやってきた。
そこにも簡易の折り畳みの椅子があるにはあるが、クロエはそれを知らない。
ヒカリがそれを伝えようと思う前に、クロエはヒカリに寄りかかるようにしがみついていた。
「……話すの得意じゃないので、私の思ってること全部読んでください。」
ヒカリが人の考えが鮮明に読み取れるのはごくまれなことだ。
だから、ヒカリはまたクロエの感情がざっくりと読み取れるだけの状態に戻っていた。
でも、今、クロエにしがみつかれているこの状況はヒカリにもなんとなく分かった。
またゾックがよからぬ挙動をしないように一旦、ゾックの操縦をフリーズさせると、ゾックはゆっくり沈み始めた。
ぶっちゃけ、ここのプール程度なら底まで沈んでもビクともしない。
ゾックのエネルギーは有り余っているので、二人が吐き出す二酸化炭素はあっという間に回収されて新鮮な空気に代わる。
酸素が尽きる前に餓死するぐらい余裕がある。
そして、ヒカリが今、最優先でしなければいけないことは、震えるクロエをしっかり引き寄せることだ。
二人とも、私服の上からスペーススーツを着ているのでとてもゴワゴワした触感になっている。
それでも、ヒカリは引き寄せたクロエの肩の薄さに驚いていた。
その様子を、ずっと監視していたリシュモンは、口にスナック菓子を咥えたまま、モニターを凝視していた。
実はリシュモンは少し前からこの周辺のミノフスキー粒子濃度を下げて、通常の無線通信が可能な状態にしていたのだ。
リシュモンは軍の特務隊に所属していた頃、対ニュータイプ訓練を受けていて、自分の意思がニュータイプに読まれることはほとんどないことを自覚して知っていた。
なので、リシュモンのこの工作もヒカリとクロエの両名に読まれることはない。
レーザー通信は水中では分が悪いため、そうでもしないとゾックの中は監視できない。
リシュモンはクロエが陰謀論者から送り込まれた諜報員であることを、きちんと理解した上で
「ヒカリくんを陰謀論者から守ってあげないとな!」
という立派な大義名分で二人を監視していたのだ。
その監視がもしかすると実を結ぶかもしれない。
「行け!ヒカリ!!チューしろ!!絶対いける!!」
当然、管制室のリシュモンの声はゾックの中には伝わらない。
「今だ!そこだ!誰も邪魔する奴はいないぞ!!ファーストキスだ!!水陸両用モビルアーマーの本気を見せてやれ!!世界には今、お前ら二人しかいないんだぞ!!」
ちなみに管制室の外からオズモンド他数名が管制室への突入を試みているが、リシュモンは用意周到な男だ。
ちゃんとカギをかけてある。
「ちぃっ!!リシュモンめ!!鍵かけやがった!!」
「クロエー!クロエー!!」←父
「ここからモニターがじゃあんまりはっきりと見えませんね!!」
「所長!マスターキーとってきましょう!」
「そんなことしてる間に、キスシーン終わっちまうよ!!」
「くそー!なんてこった!!水陸両用モビルアーマーの中だと手が出せねえ!!」
「恐るべしゾック!!ゾック恐るべし!!」
管制室の攻防はこの後も続いた。