機動戦士ゾック~太岁の風   作:スナ惡

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カリスト攻防戦

プール脇の管制室の扉一枚を隔てた争いはまだ続いていた。

 

「リシュモンめ!監視カメラの映像を独り占めしようだなんて、なんて薄汚いやつだ!」

 

オズモンドが毒づく。

管制室のドアの小さな窓からは、恐らくゾック内部を映しているであろう映像がちらりと見える。

この平和なカリストで若者同士のリアルなメロドラマが拝める機会などそうそうない。

 

「仕方ない、長期戦も想定して鍵を取りに戻ろう。お前、行ってこい。」

 

オズモンドに指名された所員は「なんで私が!?」みたいな顔をしたが、抗議するだけ無駄だと悟って素直に命令に従って本部へ走った。

 

さてその頃ゾックの中はと言うとヒカリとクロエはなんとなくソーシャルゲームをやっていた。

話しているうちに共通の趣味が見つかったのだ。

 

「なんか今日は試験場からでもネットつながりますね……普段つながらないんですが……」

「そうなんですね」

 

そう他愛もない会話をしてはいるが、二人とも水上で揉めている大人たちの気配を察知していた。

まさか、自分たちが監視されているとまでは思っていないが、妙に騒がしい気配は感じ取っていたのだ。

とはいえプールの底に沈んでいるゾックの内部は空調の音などわずかな駆動音を覗けば静寂そのものだった。

今二人がアクセスしているネットワークはプールの底に張り巡らされた実験データの収集用のネットワークで、そこを経由してインターネットに接続している。

接続のパスはヒカリが知っていたので、それをクロエにおすそ分けしたのだ。

当然、試験場の規則違反だが、ヒカリはあまり細かいことは気にしない性質だ。

ヒカリは知らないがそのネットワークを使って若い二人の逢瀬を盗み見ようとしている不良社会人が水上にはひしめいている。

違反に問われることはない。

 

そうこうしているうちにプール脇の管制室では動きがあった。

 

「リシュモン!」

「所長お疲れ様です。」

 

リシュモンはモニターを見るのをやめて、長椅子に寝ころんでいた。

 

「二人は!?」

 

オスモンドは鍵をかけられた怒りも忘れて、ゾック内部を映すモニターを覗き込んだ。

 

「ヒカリはニュータイプよ?そこに邪念だらけの中年が押しかけたら恋も冷めるって。」

「あ……」

 

オズモンド一同は自分たちのミスに気付いた。

皆、ニュータイプに詳しいわけではないが、ニュータイプが人の気配やらを読むことは知っている。

自分たちが野次馬として押しかけていることなど筒抜けだったということだ。

 

「じゃあ、二人は?」

「何にもしてねえよ。年寄りが焦って押しかけるからさ……」

 

リシュモンは立ち並ぶ人間を軽くなじりながら、二人がノーマルスーツ越しにそこそこ熱い抱擁をしていた事は黙っていることにした。

そして、手を振って追い出すしぐさをする。

ヒートアップしていた中年たちはそれを見てすごすごと部屋を出ていく。

 

「アンタも行くんだよ」

 

オジャイル氏……要はクロエの父がオズモンドに引きずられていく。

出会いが極端に少ない木星圏で、半ば強引に若い男と引き合わされた娘だ。

これはこれでクロエにとってはチャンスなのかもしれないが、そもそもオジャイル氏は自分の娘が男性との交際に希望を持っていたのかも知らない。

親としてはいつか孫の顔が見たいと思っているが、木星圏では子育てもままならない。

自分が強要したヒカリ青年との出会いだが、娘のクロエが嫌がっているのかそうでないのかも分からない。

答えの出ない葛藤にオジャイル氏の脳はすっかり占拠されているが、その葛藤の中にちょいちょい娘クロエの幼い日の記憶が混ざってくる。

今の状況はクロエがこのカリストと言う僻地でやっと手にした女性としての幸せへの第一歩なのかもしれない……しかし、そうじゃなかったら……父である私に言われて嫌々、あんな得体のしれない鋼鉄の密室で若い男性との逢瀬を強要されていたとしたら……可愛いクロエが……上司のパルトロに強要されたとはいえ、自分は父親じゃないか……娘を守るとしたら自分だったんじゃないか?と頭の中でぐるぐる悩んでいる。

 

「泣いてる……オズモンド所長、このおっさん泣いてます。」

 

オズモンドに引きずられながら、プール棟を出ようとする寸前に、急にオジャイル氏は首根っこをつかまれていた手を振りほどいてプールへ駆け出した。

 

「クロエ!今助けに行く!!」

 

そしてプールへざんぶりと飛び込む。

 

「あーあ……要救助者一名。」

 

飛び込んだ先は氷で覆われた星、カリストのプールだ。

プールの内壁はコンクリートで覆われて、一応ヒーターで温めてはあるが水温はおよそ1度から4度、地球でいうところの南極の海に飛び込むようなものだ。

所員がプールサイドの浮き輪を投げ込むとオジャイル氏はぶるぶると震えながらしがみついた。

また別の所員がのろのろとノーマルスーツを着込み始めた。

その様子を管制室から眺めていたリシュモンは、ヒカリの乗っているゾックに通信を開く。

 

「あーあー、ヒカリ聞こえるか?」

『あ!びっくりした!こちらヒカリ聞こえます。』

 

リシュモンはちらりとプールを見た。

オジャイル氏は浮き輪をつかんでいるがその手にも力が入らなくなってきたようだ。

 

「プールに男性が一名落ちた。まだギリギリ水面にいるがゾックで救助できるか?」

『やってみます。』

 

ヒカリは、ゾックの頭頂部付近の覗き窓とモノアイカメラを駆使して要救助者を視認した。

 

「『ゾック浮上』っと」

 

水中での姿勢制御能力が高いゾックは角度を変えずにスムーズに浮上した。

そのまま頭の先に要救助者を引っ掛けるように浮上する。

クローで人間をつかむのは不可能だと判断したのだ。

 

「よし、上手くいった。」

 

至極あっさり成功したが、それでも人命救助なのでヒカリは一旦クロエを無視して迅速に動いた。

ゾックを水面で静止させると、ヒカリの横をすり抜けてするすると梯子を上り、頭部ハッチを開いて機体に引っかかっている男性の救助に向かう。

ヒカリが助け起こすと、水は飲んでいないようだが顔面は蒼白、唇は紫色だ。

そして、ヒカリの中のニュータイプは、その男性から、朦朧として弱いながらも色々と入り混じったひどく複雑な感情を感じ取っていた。

 

「大丈夫ですか?」

「だ……大丈夫……」

 

大丈夫ではないことは明白だが、呼吸はしているし、恐らく心臓も止まっていない。

そうしている間に、試験場の職員二人が乗ったゴムボートがゾックのちょっと出た頭に乗り付けた。

 

「よし、こっちよこせ。最悪、一旦プールに落としてもいい。」

 

丸いゾックの頭から不安定なゴムボートに引きずるようにして男性を乗せ換えている途中、ヒカリは男性がクロエの父親だと気付いた。

しかし、かける声が見つからず、プール脇の救護室に運び込まれるのをただ眺めていた。

 

「すいません……あれ、父なんです」

 

振り返るとクロエがいたたまれない顔をしてハッチから頭を出していた。

 

「とりあえず……命に別状はないと思います……」

 

そして、ヒカリはクロエからも、ひどく入り混じった複雑な感情を感じ取っていた。

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