機動戦士ゾック~太岁の風   作:スナ惡

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元ポンプ船乗り

リーは白い口髭の端を指でしごきながら話し始めた。

 

「まず、ポンプ船乗りはワシも含めロクな人間ではない。例えば犯罪者とか、ものすごい借金を背負っとる者とかそういう人間が最初は選ばれておった。多分、ここにいる連中もそういうイメージを持っておるのだと思う。だから答えにくかったんじゃろうが、あくまでも最初期のポンプ船乗りがそうだっただけじゃ。」

 

ヒカリは周りの大人たちの空気が変わったのを感じた。

 

「ちなみにワシも元犯罪者じゃ。これまでこの船の連中は誰も聞かなかったから言っとらんかったが、立派な犯罪者……いわゆる政治犯ってやつじゃな。ずいぶん昔のまだ大学生だったころ、貴族主義が横行したコロニーで民主的な選挙を求めたら指名手配されたんじゃ。故郷に居れなくなって逃げて、たどり着いた先が木星船団の募集事務所……ちなみにその当時はそんな奴がたくさんおった。」

 

ヒカリが周りの大人たちを見回すと微妙な顔をしている大人も何人かいた。

 

「まあとにかくスペースノイドの先祖なんてモノ好きな研究者か地球にいられなくなったハミダシ者と相場が決まっておるのは皆の知っての通りじゃ。ところが、その半端者が宇宙に上がって小金を持ったら今度は『貴族です』と言い始めたもんだから学生は怒ってなあ……」

 

リーは楽しそうに話すが、聞いている面々の顔を神妙だ。

 

「その成金どもはだいたい宇宙で生活するスペースノイドたちの命綱……水、食料、そして何より空気!そういうものを商売道具にしてのし上がった成金が多いわけじゃ。搾取される側は自分や家族の命を握られているに等しい状態じゃから、何かあった日には怒りも心頭よ。結局、各地で暴動が発生してひとまず『空気で金はとらない』って条例が各コロニーで作られ始める。まあコロニー自治の始まりと言えば始まりじゃが、中身はそんなきれいなもんじゃない。貴族主義者の専横にギリギリで歯止めをかけた状態で、そういう中で……まあ自分でいうのも気恥ずかしいが、インテリの政治犯がたくさん生まれたわけじゃ。」

 

ヒカリは大人たちの反応が少しづつ理解できて来た。

この中にも、その「貴族主義者」が混じっているのだろう。

その内の一人が口をはさんだ。

 

「しかし、優れた貴族がいたことでコロニーは維持されている側面もあるのでは?」

 

リーは穏やかに答えた。

 

「だから貴族たちは自分たちよりも優れたニュータイプを憎んだのじゃろうな。『自分たちは生まれつき優れた指導者である』とする誇りを足元からひっくり返す存在じゃ。」

 

リーが見回すと、だれも口を開かなかったのでヒカリが口を開いた。

 

「木星に来た人はたくさんいる中で、なんでポンプ船に乗ることになったんですか?」

 

リーは嬉しそうに笑った。

 

「ワシの前任者がポンプ船で死んだからじゃ。とにかく危険な仕事だったから木星大気の中に突入するポンプ船に乗り込むのは脛に傷ある人間の中でも飛び切りの荒くれ者ばかりじゃった……だが、ポンプ船も安くはない。ポンプ船で人が死ぬ時というのはだいたいポンプ船がぶっ壊れる時で、最悪の場合はパイプを爆破して木星大気の中に沈めるしかなくなるんじゃ。採掘船本体が巻き添えになっては元も子もないからな?そうやって損害を出し続けたある時、皆が気づいたんじゃな……『適性のある人間を乗せよう』と。それから、ポンプ船はワシらみたいな理系のエンジニアを乗せるように変わっていった。……しかし、技術が発達してそれも過去の話じゃ。」

 

ホアンが口を開いた。

 

「なぜ、そんなにポンプ船で人が死んだのでしょうか?」

 

リーは首を横に振った。

 

「聞き方が悪い。お嬢さん、その質問は裏を返すとこうじゃ。『なぜこんなに人が死ななくなったのでしょうか?』と聞くべきじゃ。」

 

ホアンが無言で頭を下げると、リーさんは笑顔でつづけた。

 

「理由はいくつかある。まずミノフスキー粒子によって木星の発する強烈な電磁波を遮断することができるようになったおかげで、ポンプ船だけではなく採掘船の挙動が安定した事。そもそもミノフスキー粒子がなかった頃は強い木星の電磁波の影響で遠隔でポンプを動かすことすらできんかった。おまけに採掘船から送電もままならない状態じゃった。だからバッテリーを積んだポンプ船が必要で、その中でポンプを起動する人間が必要じゃった。2つ目は核反応炉が小型化したことじゃ。小型化することで採掘船の船体重量が軽くなり、さらに強い推進力も得られた。これで採掘作業に余裕ができた。採掘のために木星に接近して離脱するときのエネルギーを採掘する資源量が下回ったら元も子もないじゃろ?その損益分岐点との戦いにミノフスキー・イヨネスコ核反応炉搭載の採掘船が決着をつけたというと分かりやすいじゃろうか?船の機動力も上がったし、上手くコース取りができればさらにたくさん原ガスが積めるようになったということじゃな。さらに3つ目には木星大気による水素脆化について木星圏の人間が経験を積み、それが現場にフィードバックされた事じゃ。過去には採掘中にパイプが破断して、ポンプ船ごと木星に転落した野郎もおったからな。」

 

そんな話を楽し気に話すリーに大人たちはドン引きしていた。

 

「……なんでそんなことがまかり通っていたんだ……」

 

誰かの小声のつぶやきにリーはさらに答えた。

 

「ワシを見てくれ。背も低い、別に女子にモテるわけでもない、何のとりえもない小柄な人間じゃろ?それがちょっと物理のお勉強ができただけで生き延びれた!西部劇の時代も、アクション映画でも、おそらく地球の古い文明社会でも、英雄になれた人間はマッチョと相場が決まっておった。ところが木星では違ったんじゃ。木星でヒーローになれたのは……生き残れたのは、鋼鉄の棺桶みたいなポンプ船の中で、唸るポンプの轟音の中からかすかに聞こえる船体のきしむ音を聞き分け、計器の数字から荒れ狂う木星大気の状態を読み取って、採掘船のタンクを満杯にして大気圏に離脱できる者……知力のマッチョイズムがそこにはあったんじゃ。コロニーの薄気味悪い貴族まがいとは違う、命懸けで人類のためにヘリウム3を掘って大金持ちになれる世界がそこにあったんじゃよ。」

 

リー老人は一同が呼吸をするもの忘れるほど熱く語る。

その話も終わると静かな工場内には自動工作機の音だけが響いていた。

ヒカリはやっと口を開いた。

 

「爺さんも大金を稼いだんだよな?なんでまだ木星往きに乗ってるん……ですか?」

「確かに……ワシは一生働かなくても食っていけるだけのカネは持っておった。一時は地球圏に帰ったよ。でもカネなんかなくったってワシの腕があれば……木星往きの船に乗れば生活には困らんと……そしてその気持ちはいつしか『カネさえなくなりゃあ、木星に帰れる』に変わっていったんじゃ。」

 

そしてリーは子供のように無邪気な顔をして言った。

 

「好きなんじゃ、木星が」

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