リシュモンが船団公社本部に向かう頃、シャオ・イェンも公社本部に呼び出されていた。
そしてバッタリと出くわす。
「いやあいやあ!あの時は助けてもらった!」
「リッシュモンさんですよね!?奇遇だなあ!!」
人口重力の効いていない発着場でがっちりと握手を交わす。
リシュモンはそのまま横のダランにも握手を求めた。
ダランも破顔して握手を返す。
「大枢党の『新しい』リーダーなんだって?」
「ああ、古い連中を追い出して、党は解体されるかもしれないけど、今のところそうなんだ。」
イェンとダランには護衛か監視か分からない人間が付いているが、リシュモンは気にせず同行して重力区へ向かう。
「前のリーダーはリー氏だったそうじゃない?俺もあの爺さんのことは知ってるんだ。追放されて土星へ向かったんだって?」
「そう、よく知ってるね。流石だ。」
リシュモンは大げさに頷いた。
「まあ、俺も半分はココの内部の人間みたいなもんだからな。でも、リーは勇者だ。何をやっても不思議じゃねえ。」
「ありがとう。確かにリシュモンの言うとおりだ。リー大人は勇者だよ。」
人工重力区に着く。
二人の間にしばらく何とも言えない間ができた。
「俺はこっちに用事があるんだけど……」
「私はこっちだ。」
それぞれ行く先は違うらしい。
リシュモンは少し考えて口を開いた。
「ちょっとした世間話なんだが、俺が思うにココの保安部の連中は過去のしがらみに囚われて動きづらくなっている。新人の保安係がこの前、俺のところに来て……十分有能な奴だぜ?古い連中との板挟みになって苦しんでた。伝統は大事だが、保安部の古い連中は俺が思うに、別な生き方に興味があるみたいだ。堅苦しいお役所仕事じゃなくて、もっと違う仕事がしたくてウズウズしてる。」
イェンはゴーグルをはずした。
緑がかった黒い瞳が覗く。
その目で微笑みながら聞き返した。
「他に適任がいないのかも?」
「まあ、そうだったのかもしれない。」
リシュモンは他の人間に見えないように、イェンに任命書をこっそり見せた。
イェンはあえて注目せずに、気づかないふりをした。
「ありがとう、少し木星船団公社のことが分かったよ。地元にいると中央の話題に疎くて。」
「あと、もう一つ、ボール盗んで悪かったな。聞いたよ、お前らの持ち物だったんだって?」
イェンはゴーグルをかけなおすとにんまりと笑った。
「何言ってるんだ、偶然とはいえお互い命を助け合った仲じゃないか。ボールは貴重だけど感謝こそすれ恨むことなんて何もない。お陰でFCCの有用性を公社の人間に説明する手間がずいぶん省けた。感謝している。こちらこそ、昔の党員がやったこととはいえカリストを襲撃した件で謝らないといけない。……そのためにここに来たつもりなんだけど。」
リシュモンは首を振った。
「そちらこそ謝ることなんてない。そんな昔のことを謝るなら、俺はイングランドにルーツがあんだが、アヘン戦争で迷惑をかけたアジア人全員に謝らなきゃいけなくなるぜ?」
「必要ないよ。まったく必要ない。でも、ここであなたに会えてよかった。」
イェンは再び手を差し出した。
「こちらこそ、また会おうぜ。」
リシュモンはその手を握り返すと何度か振り返りながら保安部へ向かった。
扉を開けて中の様子を一瞥すると、続いて公団の人事部へ向かう。
受付に名前としわの寄った紙を見せる。
しばらくすると「こちらで人事部長がお待ちです」と案内された。
「おい、リシュモン!まさか大枢党の幹部と知り合いなのか!?」
「そうだ。理由を聞くか?」
人事部長と呼ばれた男はしばらくリシュモンの顔を観察すると
「聞こう」
と言って、リシュモンにデスクをはさんだ椅子をすすめた。
「なんとかっていうステーションの減圧事故に俺が居合わせたのは知ってるな?」
「知っている。」
「その時に、偶然現場に居合わせて、一緒に救援活動をした。その時に知り合った。あとはリーは……」
人事部長は手で遮った。
「それはこっちで把握している。流石に同じ船に乗り合わせただけでマイナス評価はしない。しかも、リー老人は私だって喋ったことぐらいはある。」
人事部長は自分でリシュモンの分のコーヒーも入れようとしたが何かが足りないようだ。
デスクのインターホンに「すまない、コーヒーが見当たらない。私と客人の分で2杯持ってきてほしい」と頼んだ。
ほどなくしてコーヒーが運ばれてくる。
秘書らしき人間が部屋から出ると、人事部長は話を続けた。
「任命書、受けてくれるか?」
リシュモンは顔の表情を変えずに
「ダメだ、ポストが低すぎる」
と答えた。
「それ以上のポストは今は用意できない。私がなぜお前に頼るのか分かるだろう。」
「保安部に浸透している大枢党の人間を一掃したい。だから現在の保安部に第2室を新設して、第2室から旧保安部……要するに第1室へプレッシャーをかけたい。……そうだろ?」
人事部長はため息をついた。
「それならなんで……」
懇願するような人事部長の声を聞きながらリシュモンはコーヒーをすする。
それまでの硬い表情を崩した。
「お前が軽い気持ちで決断したなんて思ってないが、いずれにせよ内部抗争を煽るのはよくない。俺はしばらくここに滞在する……そんな顔をするなよ、本当だ。何ならこの部屋で寝泊まりしてもいいぞ?」
「……信じるよ。」
リシュモンはまだ少し熱いコーヒーを一気に飲み干すと、立ち上がった。
「もう少し高いポストを用意できないか再考してくれ。1週間たっても思いつかなかったら……まあ物足りないが受けてもいい。」
リシュモンはそういうと人事部に別れを告げて、ビジター用の宿泊室のベッドにスナックと安酒を買い込んで倒れ込んだ。
その3日後、リシュモンは保安部長に内定した。