「なんでガンダムじゃないんだよー」
ヒカリはアザニア基地から少し外れた屋外でぶーたれている。
「ガンダムの運用は近くに戦艦がいて初めて成り立つんですよ。積める推進剤が少なすぎて。」
そう答えた男はカリスト作業機械試験場を着ていた。
「でも、本当に評議会の議場が襲われたりするの?」
ヒカリの問いにすぐに回答する人間はいなかった。
ヒカリは見上げる目の前には緑色のモビルアーマー、ゾックが仁王立ちしていた。
仁王立ちしていたとは述べたが、正直、それ以外の立ち方はできない。
そのゾックの両肩に当たる部分には、不格好な金属の骨組みのようなものが突き出ていて、左右に1機ずつボールが組付けられている。
「私もついてっちゃダメ?」
「やめといた方がいいと思うよ。」
クロエがヒカリにすがりつくとまではいかないまでも、多少わがままを言っている。
その光景を尻目に、まずはチンペーがゾックに乗り込んだ。
「チンペー!手はさむなよ!!」
昇降機に手荷物と一緒に乗り込むチンペーにヒカリが声をかける。
チンペーは安全確認をしてから、昇降機を操作すると、ゾックの股間に吸い込まれていった。
「ヒカリ!そろそろ乗り込みな!」
オズモンド所長の声に、ヒカリはクロエの方を向き直る。
「とりあえず、良い子で待ってて!すぐ戻るから!」
クロエは不服そうだが、ヒカリはボストンバッグを抱えて降りてきた昇降機に乗った。
「ヒカリも手ぇはさむなよ!」
オズモンドの怒号のようなアドバイスが飛ぶ。
「気を付けます!」
ヒカリも同じく安全確認しながら、昇降機を操作すると、ゾックに吸い込まれた。
作業員たちが赤い指示灯を振り回して主にクロエに退避を促す。
ヒカリはモノアイカメラでその様子をちらっと見ると、ゾックの発進準備を整えた。
「ヒカリさん、俺、なんかやることないっすか?」
「大丈夫、着いたら起こすからシートベルトして寝てていいよ。」
ヒカリは点検項目が全てグリーンであることを確認すると、管制と通信を開いた。
「管制、聞こえるか?こちらゾック、発進許可を。」
『こちら管制、聞こえます。ゾック、発進を許可します。』
ヒカリは足元の人間が全て退避したのを再確認した。
「ゾック・スペースカスタム、発進します。」
点火キーを叩くとゾックの両脚にから淡い黄色の炎が噴出した。
ヒカリとチンペーに1Gの加速度がかかる。
低重力のカリストになれているとキツいが、地球の重力と変わらない。
ミシミシと音がすることでショックアブソーバーが熱核パルスエンジンの噴射を最適化して機体に伝えていることが分かる。
「本機は予定通りならおよそ3分でカリストの低周回軌道に入る。そちらは問題ないか?」
ヒカリの問いかけに管制から『問題ない』と返事が来る。
モノアイカメラに映るカリストはどんどん小さくなっていく。
およそ3分間で1.3トンの推進剤を噴出して、ゾックはカリストの低周回軌道にのった。
「さてと、ヤノテツ輸送船はどこだ?」
ヤノテツ輸送船とは木星圏で普及している汎用輸送船だ。
スペースゾックとヤノテツ輸送船は互いを識別するとレーザー誘導でドッキングした。
ヒカリは爆睡しているチンペーを放置してエアロックになっている頭部ハッチを抜け出すと、ヤノテツに乗り込んだ。
「お疲れ。第5エルスホウェン号へようこそ。話は聞いてるよ。推進剤の補給だろ?ロックは開いてる?」
「もう開けてある。シャワー借りてもいい?」
「どうぞどうぞ。」
ゾックはモビルアーマーとしてはそこそこ巨大な部類だが、居住性は無いに等しいし、生活に必要な設備はない。
今回の計画だと、下手をするとこれが最後のシャワーだ。
ヤノテツ輸送艦はヒカリもなじみのある船なので、どこに何があるか把握している。
湯が竜巻状の風に乗ってシャワールームの壁面から吹き付ける。
ヒカリは一応、水の表面張力で窒息しないように気を付けながらシャワーを浴びる。
シャワーで使われた水は、そのまま浄水器を通って、再びシャワーの水として再利用される。
シャワールーム内の吹き付けを乾燥モードにしてしばらくすると、全身の水気が飛ぶ。
そして、また不便なスペーススーツを着る羽目になる。
ヒカリは短いシャワータイムを終えると、再び給油(推進剤の補給)担当のクルーのところへ戻った。
「シャワーありがとう。」
「給油終わったぜ。ここ、サインして。」
ヒカリは渡された端末の液晶に、指でアゼリア基地の所属とヒカリ・フリースの名前を書いた。
「ああ、君がフリースさんなのか。どうりで。」
そう言いながらヒカリの頭を指さす。
「ああ、そう。サイコバンド。木星圏で出回ってるのは俺の実家が製造してるんだ。」
給油を担当した男性は、ヒカリから返ってきた端末を操作しながらにこやかに
「じゃあ、俺の心の中とかも読めちゃうの?」
と尋ねる。
ヒカリは
「俺はぼんやりと『どんな感情か?』ぐらいしか読めないんだ。でも、あなたは良い奴だってことは分かるよ。」
「ありがとう、今度、女房と喧嘩したときに『俺は良い奴だってニュータイプが言ってた』って自慢するよ。いい旅を。」
「ありがとう。」
ヒカリはエアロックを出ると、スペースゾックの船体に取りつきながらゾックの頭部へ移動して、ハッチに体を滑り込ませた。
チンペーの席の横をすり抜ける際に、なお爆睡するチンペーのスペーススーツの首元から消臭スプレーを吹き込む。
そして自分の席に戻ると輸送船に通信を開いた。
「ええと……第5エルスホウェン号、離脱して大丈夫か?」
『OKだ。良い旅を。』
ヒカリは簡潔に礼を言うとドッキングしていたゾックを輸送船から引きはがして、輸送船を熱核パルスエンジンで焼かないように慎重に輸送船から離れた。
「管制、こちらゾック。推進剤の補給を完了した。航路を送れ。」
『こちら管制、航路送る。』
レーザー通信でアゼリア基地管制から航路のデータが来た。
ゾックにそのデータを入力すると、ヒカリは自動警告装置が作動していることを確認して、目覚まし時計をセットし、自分もしばらく仮眠をとることにした。