予定通りの航路を辿ってヒカリとチンペーは木星船団公社の旗艦ともいうべきジュピトリス級輸送艦へと順調に接近していた。
過去には理事会のの議場、現在は評議会の議場があるその艦は、個別の名前は存在せず、慣習的に「オールドワン」と呼ばれている。
「予定時刻。オールドワンと通信を開きますよっと。」
ヒカリはなんとなく独り言を言って作戦を進める。
チンペーはこうした作業には全く向かないので、だいたいヒカリが全部やることになるが、ヒカリとしてはチンペーに報告しているような体面を保ちたい。
「了解!」
チンペーも何を了解しているのか全く不明だが、一応、仕事をしているオーラだけは出している。
「こちら、カリストからの応援部隊だ。保安部、聞こえるか?」
ヒカリの通信から10秒ほどたって返事が来た。
『こちら、保安部長リシュモンだ。応援に感謝する。大枢党から、ボールが3機行方不明だと連絡を受けている。大枢党の離反者によって武装されてオールドワン襲撃に用いられる可能性が高い。』
ヒカリはなんだか久しぶりのリシュモンの声に嬉しくなったが、ここは無駄話をするタイミングではない。
「了解、予定の宙域で待機する。」
『感謝する。』
ヒカリは通信を手早く閉じた。
「チンペーさん、やっぱりオールドワンが襲われる可能性が高いそうです。どれだけ待機させられるか分かんないですが戦闘配置でお願いします。」
「了解!」
チンペーはノーマルスーツの各部を点検すると頭部ハッチを出て、ゾックの方につけられた枠につかまりながら、ボールへと乗り込んだ。
『チンペー、戦闘配置につきました!』
「確認しました。よろしくお願いします。」
ヒカリも自分のスペーススーツを再点検した。
いざ戦闘となれば、ゾックのコックピットの気密も無事では済まないかもしれない。
「チンペーさん、FCC起動してください。」
『FCC起動!』
肩に乗っているボールを黒い塗装が覆い始める。
ヒカリも同様に、FCCを起動した。
チンペーが乗っていない方の無人のボールと、そしてヒカリの乗るゾックが黒く染まり始める。
もし敵が木星から見た上の方角から接近しない限り、ヒカリ達は宇宙の暗闇に紛れる。
「チンペーさん、敵が来たら起こしますから、寝ててもいいですよ。」
『流石にこの状況では眠れないっす!』
その頃、リシュモンはオールドワンの艦内で思案に暮れていた。
イェンが評議会に参考人として出席することを止めたい連中がいるのは明らかだった。
それは大枢党に恨みがある人間か、大枢党の融和的な方針転換を快く思わぬ大枢党内部の人間か、はたまたその両者が利害一致で手を組んだのか。
そうした連中が、イェンが評議会に出席する前か出席している瞬間にオールドワンを叩く可能性が高い。
現に大枢党が保有していたボールが3機も姿を消している。
リシュモンはイェンの滞在する部屋に電話をかけて、イェンを呼び出すことにした。
ほどなくイェンはやってきた。
「イェン党首、我々保安部は大枢党から得た情報から、このオールドワンが襲撃される可能性が高いと判断したのだが、それについてどう思われる?」
リシュモンの問いかけにイェンは少し不服そうに答えた。
「『どう思われる?』とはずいぶんざっくりした質問だな。可能性は高いと思う。が確証もない。」
「仮にイェン党首がこのオールドワンをボール3体で襲撃するとしたら、どんな作戦を立てる?」
イェンは表情を変えずに答える。
「航続距離の短いボールを運用するために、輸送船などを転用して、母艦として活用するかな。武装の乏しい木星圏では滑空砲一門積んだボールですら十分に脅威になる……と言うのが無難な回答。無難じゃない方の回答も聞きたいかね?」
リシュモンはそれまでイェンの顔をまっすぐ見てはいなかったが、ここでイェンの顔を覗き込んだ。
「是非聞かせてもらいたい。」
イェンもすこし楽しそうだ。
「ボール程度であれば、スリングショットカタパルトが使える。……スリングショット分かるかな?紐の間に挟んで振り回した石を投げるヤツ。木星圏での物資輸送に使えないかと一時研究されて遺棄されたヤツがどっかに転がっていて、そいつを使ったとしたら、ボール3機が推進剤を使わずにこの近くに『ふわ』っと現れる。減速時に少し推進剤を使うだけだから、ボールでも十分長距離からの奇襲が可能だ。」
リシュモンは色々と考えを巡らせながら言葉を選んでいる様子だ。
イェンはその様子をゴーグルの奥から見ている。
「遠心力を使うタイプのカタパルトは確かにボールには向いてるかもしれない。ただ、発射角度の制御がずれると見当違いの方向に飛んでいくリスクがある。」
「ズレが小さければ、ボールに積める推進剤で十分修正できるだろう。もしボールを盗んだ襲撃犯が大枢党から離脱した過激派だとしたら、可能性は大いにある。……大枢党はそういう突飛に見えるアイディアが好きなんだ。ただその場合、ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布するのが難しくなるので、コチラに散布させるような策を練るかあるいは、ミノフスキー粒子の散布を行うためだけに別の船がこの宙域にすでに来ているか……あるいはミノフスキー粒子を散布しないで一撃離脱の策を持っているか。それは全く予測がつかない。」
イェンは最後の部分については本当に分からないという素振りだ。
リシュモンはその話を頷きながら聞いていた。
「一撃離脱だとすると、敵の速度は相当速くてもいい。すれ違いざまに一撃食らわせて、Uターンせずにこの宙域をまっすぐ離脱すればいいってことだ。なんならボールを質量兵器として使うこともできる。迎撃も難しい。」
「なるほどな、さすが保安部長。質量兵器と言う発想はなかった。その場合、攻撃のバリエーションは相当に増える。パイロットの乗ったボールが他のボールの軌道を無線誘導で軌道修正するなどして、このオールドワンに突っ込ませつつ、自身も攻撃しながら宙域を高速で離脱と……3機すべてが無人機の可能性もあるか?」
イェンはそこを考えあぐねているようだ。
リシュモンは眉間にしわを寄せている。
「ひとまず母艦から出撃してくる通常の攻撃の場合は、母艦に警戒していればいい。そうではないカタパルトを使った攻撃の場合、高速で接近してくる飛翔体を警戒すれば良いという事だな。あまり時間がないがスリングショットカタパルトの放棄されている宙域を調べて、予測される進入角度を割り出せるか検討してみよう。」
そう結論付けたリシュモンはイェンの顔をじっと見つめると、しばらくして再び口を開いた。
「イェン、オールドワンの工場区画にノーマルスーツを着用の上、護衛を付けて移動してくれ。」
「いや、もっと極端な移動はどうか?居住区殻からオールドワンのギリギリ先端まで移動すれば……」
リシュモンが手で制止した。
「そうしてくれ。」
「ありがとう。心の読めない貴殿は、私の心は読むのだな。」
リシュモンの指示で数人の保安部員が護衛としてついて、イェンは部屋を出ていこうと背を向ける。
「気を付けてくれ。」
リシュモンはその背中にそう声をかける。
イェンは会釈だけして保安部を出て行った。