さて、本格的な戦争兵器が乏しい木星圏においてボールは未だ主力の地位を明け渡していない。
理由は前述の通りだが、物資に乏しいのと、作業機械として優秀過ぎるからだ。
脚がないせいでAMBACは使えないが、球体に近いことでジャイロ制御が容易で、高速機動を目的としなければ、設計上さほど大きなスペースを要求しない。
「くそ!保安部ゥ!!……うわあああ!!!」
今、まさに3つに分かれた戦場のうち一つが決した。
保安部のボールのジャイロは大きくて速くて重い。
推進剤の消費は激しいがその分、強力な制動力を持っている。
火薬を使った姿勢制御も可能だが、回数に制限がある為、長期戦になるほどジャイロの性能が勝敗を分ける。
物資に乏しいテロリストの機体では太刀打ちできるわけもない。
しかも、保安部側は2体1組だ。
ほどなくして、戦火のもう一端も鎮火した。
2対1ではテロリストに勝機はない。
「部長!1体落とされました!」
リシュモンはため息をついた。
恐らく裏切者に背中から撃たれたのであろう。
予想は出来ていたが、心が痛む。
「テロリストと裏切者が2機1組で攻め込んでくるぞ。ヒカリ!そこから見えるか!?」
ヒカリにお鉢が回ってきた。
「目視はできないけど、一応レーダーでは捉えてる。」
この「一応」はゾックの仕様上の問題で、あまり高性能なレーダーを乗せていないからだ。
というかミノフスキー粒子散布下での戦闘を想定している為、あまり強力なレーダーは載せていない。
本来のゾックには高性能なソナーが搭載されているはずだが、宇宙空間では全く利用価値がないため元々つけていない。
ちなみに同じような理由でオールドワンには自律誘導型の迎撃ミサイルはほとんど搭載されていない。
「ヒカリ、『悪夢よ、私の安息を乱さないでくれ』だ。ボール二2機、頼むぞ。」
「了解!」
ヒカリはオールドワンとの通信を切ると、肩部に2機乗っているボールの片側に乗り込んでいるチンペーに声をかけた。
「チンペーさん!行きますよ!!」
ここまでボールが高性能なハナシしかしてこなかったが、この木星圏においてはこの宇宙仕様のゾックもなかなかに高性能な機体である。
そもそも積める推進剤の量と、出力が段違いだ。
そのスペースゾックがフルスロットルで発進した。
熱核パルスエンジンの噴射物がヘルメットの偏光ガラス越しでも目がやられそうな強い輝きを放つ。
「イェン党首がゴーグルをしている理由が分かったよ。」
リシュモンはしかめっつらをしながら言った。
他のブリッジの人間は思い思いに目を細めたり手をかざしたりして光芒に耐えている。
イェンは皆が顔をしかめているその間隙をついて、保安部員の一人に詰め寄り、腕をひねってヘルメットをもぎ取った。
「恐らくこいつが裏切者の一人だ。……違っていたらすまないな。冤罪の恐れもあるので取り調べは慎重に。私は自分のニュータイプ能力を過信する性質ではないんだ。」
眩しさに耐えながら他の保安部員も取り押さえに加わる。
無重量空間で人間を制圧するのは難しいのだ。
「お前は、もう一人の裏切者の顔を知っている……知らないか……。名前は……こちらも分からない。テロリストにしては慎重だな。」
イェンは拘束された人間からもう一人のテロ加担者の情報が引き出したかったが、できなかったようだ。
「このタイミングを待っていたのか?」
ゾックが遠ざかり、ようやく眩しさから解放されたリシュモンが尋ねると、イェンは首を振った。
「スキがあればと狙っていたが、あんな化け物みたいなモビルアーマーは知らん。あれ1体分の資材でボールが何機作れるやら。」
「まあ……そうだな。これはしゃべっても怒られないだろうからバラすが、あいつは将来、氷の下に海を持つタイプの衛星の海中を調べるために開発研究されていたモビルアーマー、ゾックだ。」
イェンは口の端をゆがめて笑った。
「あの聖域に潜る!?どんな生物がいるか分からんのだぞ?連邦が許さんだろ??」
「でも、いつかは調査しないといけないっていうのが連邦の意見だ。何十年後……百年先になるかもしれない。隕石の衝突で氷床が吹き飛ぶかもしれない。その日のための研究だけは続けておくって理屈だ。」
リシュモンの説明にイェンは一応納得したようだ。
「天文学的な確率で、そういうことも起こるかもな。」
「そうまさに天文学的な確率だ。」
リシュモンとイェンがゾックの存在意義を問答している間にヒカリは猛スピードで2機のボールに迫っていた。
「チンペーさん!視界に入ったら構わず撃って下さい!」
「了解!!ヒカリ!!」
ゾックの増設された不格好な肩ユニットの中でチンペーの乗ったボールが回転した。
ボールの推進ユニットが干渉するため自在に動けるわけではなさそうだが、下手な装甲車の砲塔より高い可動性を持っている。
「なんだあの機体は!?」
面食らったのはテロリストの方だ。
「チンペーさん!偏差射撃しないと!!」
「そうだった!いっけねえ!!」
チンペーはボールの移動先と着弾位置をなんとなく思い描きながら弾を打つ。
かなり遠い距離である上に遠近感も正確にはつかめない為、命中することはないが、敵は相当に慌てている。
「プログラムは終わったか!」
「今の回避行動でプログラムの再調整が必要です!!」
敵がオールドワンへの攻撃に利用しようとしているのは、予め飛ぶ軌道をプログラミングして発射するタイプのミサイルだ。
しかし、その場合、目標物から遠ければ遠い程、誤差が広がって命中率が下がる。
ある程度、近づいて撃ちたいのだ。
しかし、元々、プログラミングされていた軌道はチンペーの威嚇射撃によってずれてしまった。
ヒカリとチンペーはそんなことは知らないが、とりあえずゾックはどんどん近づいている。
そしてとうとう互いに視認できる距離に迫った。
「なんだあれは黒いモビルアーマー!?くっ……デカい!!」
「肩にボールが乗ってるぞ!?」
対してヒカリとチンペーは
「ヒカリさん、敵ビビってますかね?」
「そんな事より、チンペーさんって俺より年上なんだから『さん』つけなくていいっすよ?」