「カリスト部隊、接敵!」
リシュモンはにやりと笑った。
「よーし、ヒカリ。なんか隠し玉持ってるみたいだけど出し惜しみするなよ?」
オールドワンからすると人間が肉眼で見るには遠すぎ、戦禍を避けるには近すぎる宙域で、ヒカリとチンペーは2機のテロリストと相対していた。
「おらあああああ!」
チンペーが機銃を掃射しまくる。
敵が混乱する。
「肩についてるボールがめちゃくちゃ撃ってきます!プログラミングどころじゃありません!!」
「所詮は同じボールだ!すぐ弾切れするだろ!!そのスキに……」
案の定、チンペーは弾切れした。
しかし、フレームに搭載されている弾薬ボックスから、器用にアームで弾を取り出して、頭の砲塔に再充填している。
「くっそ!汚ねぇぞ!!」
それを見たテロリストが悪態をついた。
その間にヒカリは姿勢を立て直して敵の反撃に備えながら照準を合わせる。
頭部メガ粒子砲の真っ白い光条が宇宙を切り裂く。
「メガ粒子砲!?」
「木星圏に!?」
慌てたのは敵だけではない。
チンペーが泣きそうな声で叫ぶ。
「ヒカリさん!俺の横!かすめたよ!!」
「大丈夫!当たらないように撃ってるから!!……とはいえ十分接近したからパージしてください!!」
「了解!!ボール!!パージ!!」
黒いゾックからチンペーの乗ったボールが切り離された。
「何ィ!?」
それはすなわち十字砲火が発生するという事だ。
敵からすると前と横から同時に撃たれることになる。
「ダメだ!お前も戦闘に加われ!プログラミングは後回しだ!!」
元保安部員の方のテロリストが叫ぶ。
そして、虎の子の火薬を使った急制動で十字砲火から脱出を試みる。
地上戦では十字砲火は極めて残虐な攻撃だが、宇宙空間はまだそこから上と下に逃げ道がある。
「逃がすか!」
ヒカリの乗るゾックに残されたもう1機のボールが切り離される。
そして真っ黒なケーブルを引き出しながら敵のボールが逃げようとする上下方向の制圧に向かう。
片側の無人のボールは有線式のサイコミュに改造されていた。
当然その様子は十字砲火を仕掛けているチンペーも視界にとらえている。
サイコボールとでも名付けようか……兵装は味も素っ気もない滑空砲だが敵はタテ・ヨコ・奥行と全てを塞がれた状態だ。
「馬鹿な……」
一瞬、躊躇した瞬間にチンペーの機銃が保安部とロゴの入ったボールをハチの巣にした。
そのうち何発かは完全にコックピットを貫いて、コックピット内部を鮮血で染めた。
しかし、それも束の間、ボールは爆発する。
チンペーは集中力を切らさなかった。
勝ちを確信した油断が命取りになる恐ろしさは子供のころから何度も聞いている。
焦らず、着実にもう一機のボールに狙いを定める。
「3対……1……やめろ!!投降する!!」
残されたもう1人のテロリストは、ボールのハッチを開けて外へ飛び出した。
「ストップ!!チンペーさん!!」
「OK!見えてた!」
そのころ、オールドワンではブリッジでイェンに拘束された保安部員が、ブリッジからの移動中の通路で殺されていた。
殺したのは評議員の連れてきた秘書の一人で、その秘書も他の保安部員と銃撃戦中に自爆して絶命した。
恐らく小型の爆薬を携帯していたのだろう。
爆風が保安部員何名かを巻き込んだらしいが、幸い、巻き込まれた保安部員たちの命に別状はないようだ。
その報せは遠い銃声と爆音と共にリシュモンにも届いた。
「くそ、一勝一敗か。」
リシュモンはさほど悔しそうに見えない顔でそう呟く。
『ヒカリです!投降したテロリスト1名を捕虜にしました!!』
リシュモンはほくそ笑んだ。
「いや2勝1敗だったな。」
捕虜はダクトテープでぐるぐる巻きにされた状態でオールドワンに運ばれてきた。
そしてオールドワンのデッキには双肩にボールを搭載したゾックが接舷している。
「いやー、これはすごいものを作ったな。」
イェンが関心しきりだ。
今はFCCが切られているので、塗装はゾックの元の緑色と、ボールの白色に戻っている。
捕虜を保安部に引き渡したヒカリが、やっとデッキの加圧エリアに入ってヘルメットを脱ぐ。
汗ばんだ髪の下からはサイコバンドが見えていた。
「おめでとう。」
イェンはヒカリに握手を求めた。
ヒカリはイェンもニュータイプなのだと気付きながら、握手に応じた。
「撃墜王はこっちなんです。」
「ああ、あの時にも世話になった!」
イェンはチンペーにはハグをしに行った。
2人は減圧事故の現場で長い時間一緒にいた仲だ。
勝利の喜びと共に、犠牲の悲しみが広がっている。
チンペーのところに保安部員たちがどんどん寄っていく。
裏切者に殺された仲間にとどめを刺したのはチンペーの機銃だ。
チンペーは戦闘の興奮からすぐには状況が汲み取れなかったが、やがて、自分の立場が理解できて複雑な顔をして、他の保安部員たちを慰め始めた。
ヒカリはその様子を見ながらイェンに話しかけた。
「チンペーさん、実家は連邦の軍人の名門らしいんです。」
「ああ、育ちの良さが出てるってとこだな。」
イェンは「育ちの良さ」という言葉を使いながら、自身の身の上を少し考えた。
木星の孤児であるイェンにはチンペーの生まれ育った環境は想像すらできない。
こうして、イェンは評議会に参考人として招致される事に成功した。
今後、木星船団公社評議会は大枢党をイオ宙域の正式な構成団体として認め、評議会にオブザーバーないし評議員の派遣を求めるかを審議することになる。
ヒカリとチンペーはと言うとカリストに帰って、しばらく平和な時間を過ごすことになりそうだ。
カリストに戻った数日後、ヒカリとチンペーは保安部から正式に感謝状を貰った。
同時に減圧事故の際の救助活動についても公社から感謝状が出た。
アザニア基地の所長室で評議員のマイラ・パルトロとカリスト保安官から表彰状を貰う。
ヒカリは正直、マイラ・パルトロには良い感情を持っていないが、チンペーは気にしていないようで、チンペーの晴れやかな顔を見ているとあまり気にならなくなってきた。
所長室を出るとクロエが待っていて、腕を取られて早足で庁舎から引きずり出されそうになる。
ヒカリは一旦ふんばって抵抗した。
「ちょっと、行かないの?」
クロエはヒカリが無言で指さした方をみると、所長室を出たすぐのところでチンペーが自撮りをしようと苦戦している。
大きな表彰状2枚と自分をフレームに入れるのに苦労している様子だ。
クロエとヒカリの二人は、チンペーのところまで戻って手伝うと、チンペーが撮ろうとしていたのはビデオレターだと気付く。
「父さん、母さん、兄さんたち……俺、木星で頑張ってるから!心配しないで!!」
撮影を手伝った2人は不覚にも涙腺に来て、行きつけのカフェでデートしても、しばらく何の味も分からないほどだった。