カーンは動画を見るなり
「ちょっと待ってろ。」
というと年代物のコピー機を持ってきた。
地球産で木星の初期の開拓時代には使用されていたものだ。
途中からは木星で作ったコピー機が主流になる為、今は誰も使っていないブツだ。
「そしてこいつが植物原料の紙だ。」
クルマタニとイリーナが使ったのは木星でもそこそこ手に入る合成紙だが、カーンが持ち出したのは地球産の紙だ。
木星でもそこそこ見るが、あくまでも地球から買って持ってきたノートや書籍に使用されていて、コピー用紙としては見ない。
カーンは「動いてくれよ」と言いながらコピー機を起動すると、偽のミノフスキー断章の続編、「GEEGEE冊子」の断片を作った。
「これで写真を撮りなおしてみてくれ。あと入れ墨男も本物の人間を使おう。」
「それ、個人が特定されたときに危険が及びませんか?」
クルマタニが心配するが、カーンは気にしなかった。
「大丈夫、木星圏最強の男がちょうど来てる。」
呼ばれて出てきたのはリシュモンだ。
皮膚を一時的に染色する染め粉でタトゥーを描く。
リシュモンは「一時的」という言葉に懐疑的だ。
「なあ……これ、本当に消えるのかよ」
「1週間もすれば消えるから心配いらん。」
カーンの再監修によって、低解像の静止画像ではなく高解像度の撮影動画が使用できるようになった。
リシュモンのやることはと言うと、手袋をした手元のアップを撮影されながら機械音声の録音を聞くだけだ。
動画の撮影が終わると、カーンとクルマタニは動画のアップロードの方法について色々相談し始めた。
「まあ、カーン所長もクルマタニも百戦錬磨みてえだからなあ」
「なんかそんなかんじね」
リシュモンとイリーナがそのアップロードの様子を眺めている。
一応、二人には、そのアップロード作業を誰かに邪魔されないための見張り役と言う大事なお役目もある。
かくして、木星圏からミノフスキー断章の続編についての偽動画が地球圏へと送られた。
イリーナは小賢しい方法を使うのをやめて、原点に戻って足で稼ぐタイプの調査に切り替えた。
アザニア基地をくまなく歩きまわって、怪しい人間が居ないかを思念波から探る方法だ。
とりあえず、護衛役にチンペーを連れて、ひたすら散策をする。
名目上はアザニア基地内部の空調の実地点検と言うことになっている。
*****
さて、そんな頃、ヒカリは適当なジュピトリス級の工場区画に空きを見つけてゾックの改修に勤しんでいた。
とはいえヒカリにはそうした技術はないのでメカニックの方々に色々なお願いを聴いてもらうだけの立場だ。
元々、木星圏で建造されたゾックは地球圏のゾックよりも一回り二回り大きい。
前にも述べたが、内部海を持つ衛星の氷床下調査を将来的に見据えているため、要求される機能が相当に多いからだ。
さらに前回出撃した際には急造のボールを2機マウントできるフレームが取り付けられていたため、相当に不格好な状態になっている。
「まずこのフレームは外します。」
メカニックから説明を受けながら、ヒカリはゾックを眺めた。
フレームの取り付け方と設計がだいぶ杜撰だったようで、取り付け部分からゾックの本体ごと壊れかけているそうだ。
2機のボールを積んだ状態でそこそこ急加速しているので無理もない。
「あとは、今の状態から修理しても、もう水中では使えないですね。」
「そんなに酷いんですか?」
メカニックの女性は無言で頷いた。
「保安部からは宇宙空間での警備用のゾックを建造するように依頼が来ていますので、むしろ宇宙空間ではそちらに乗り換えた方がいいと思います。」
「乗り換えるならガンダムがいいです。」
「無理です。木星圏では地球圏程チタニウムが潤沢じゃないので。」
ヒカリはそう言われてしょんぼりしながら、メカニックに促されて図面を見た。
「このリック・ゾックってのが新しく作る宇宙用のゾックですか?」
「はい、小型化されて肩部メガ粒子砲は8門から2門に減らし、頭部砲門はフォノンメーザーとメガ粒子砲の換装が出来なくなってメガ粒子砲に固定されます。ジェネレーターの出力は下がりますが、機体が軽くなることで制動、加速共に向上しました。メガ粒子砲を減らしたことで内部のレイアウトもかなりすっきりして、メインの操縦席と、頭部メガ粒子砲用の砲座も上下に連なって乗組員の動線もシンプルです。」
ヒカリが図面の1点を指さした。
「こっちのメガ粒子砲が付いてない方の肩は何も載せないんですか?」
メカニックは振り返るとヒカリが持ってきたゾックを指さした。
「あんな風に追加で色々モノが積めるキャリアが来る予定です。」
「あーなるほど。」
*****
対してオールドワンにまだ残っているイェンは党本部と通信でつないで会議中だった。
「……ということで、結果的にヒカリ・フリースとチンペー……ファミリーネームは何だったかな?の二人に命を救われた。」
そう語るイェンは命の危険があったような気配は微塵も感じさせない余裕のあるオーラを纏っていた。
ダランはその会議の様子を横目で見ながらイェンの居室の雑用をしている。
『襲撃した人間を一刻も早く見つけ出して、報復を……』
息巻いて報復を叫ぶ党員を、イェンは片手で制した。
「あー、それはいい。面倒に首を突っ込むな。」
『しかし、イェンさま……』
イェンは椅子に座った状態から重心をずらして画面の中を覗き込んで重鎮たちの顔を観察した。
「忘れているかもしれんが木星船団公社の新しい保安部長はリシュモンだ。前から警戒していたが、ここらの連中の話によると木星圏最強の男らしいぞ?そいつがこれから捜査するらしい。首を突っ込んで疑われるのは遠慮したい。それよりも評議会には議決権を持たないアンバサダーとしての出席が認められるようになった。別の調査船と合同でイオ宙域から評議員を出す運びになりそうだ。その時に向けて準備を整える方が先だ。」
イェンの方針に大枢党の党員たちは納得したようだ。
「あくまでも拠点製造のための資材調達が最優先だ。優先順位を間違えぬように。」
イェンは回線を切って早々に通信を終わらせた。
そもそもオールドワンの通信設備を利用している為、その気になればだれでも傍受できる。
しかも、イオの裏側(木星から見ると表側)にある大枢党本部へは数か所の中継を挟まないと通信ができない。
聞かれてもよいことだけしか話せない。
ただ、イェンはそれで不便だとも思っていない。
椅子に深く腰掛けると、ダランが目の前のデスクにコーヒーを置いたところだった。
イェンは地球で栽培されたコーヒーと、木星圏で合成されたコーヒーが異なるものだという事を理解している。
そして、木星圏で合成されたコーヒーに満足もしていた。
何もかもが本物である必要などないとも考えてもいた。