クルマタニが木星圏内で暗号の受信者を突き止めた。
「所長の許可をもらって地球発のインターネットコンテンツにアクセスしている人間のアクセスログを片っ端からソートしたら、毎日2回、『君と思い出♡ペガサス級!』のファンアカウントにアクセスしているログを発見しました。そのファンアカウントは『TATTOO、HISSING、GEEGEE』のキーワードに引っかかって偏った発信をしたアカウントでもあります。」
「よくやった!」
カーン、イリーナ、イリーナによってスパイではないことが確定している保安官が数名とクルマタニが現場へ向かう。
ここもまた集合住宅の一室だった。
「おかしい、人の気配がない。」
ニュータイプであるイリーナが警告する。
「なるほど、もしかするとここはネット閲覧の中継に使われているだけかもしれませんね。」
クルマタニがそう分析すると、カーンは保安官たちに周囲の聞き込みを命じた。
少し組織がややこしいが、カーンが連れてきたのは木星船団公社の保安部員ではなく、アザニア基地保安官であって、カーンの部下に当たる。
公社保安部の出張所はアザニア基地の保安官事務所のようなところにデスク1卓で存在している。
カーンは少し考えを巡らせると保安官の一人に現場の陣頭指揮をとらせることにして、その保安官にいイリーナを預けることにした。
「知っての通り、イリーナはニュータイプだ。精度は高くないがウソ発見器代わりには使えるから、こき使ってくれ。」
敬礼する保安官と不服を漏らすイリーナをあとに、カーンはクルマタニを連れて所長室に帰る。
本部に着くや否や二人は目配せをして所長の端末で先ほどの集合住宅の情報を調べることにした。
「クルマタニ、ちょっと一瞬代わってくれ。」
「ああ、はい」
コンピューターの前に座ったクルマタニを押しのけると、カーンは所長のIDでログインした。
「これで、だいたい何でも調べられる。普段は危険だからログアウトしているんだ。」
「なるほど」
カーンはクルマタニにコンピューターの前を譲ると、クルマタニは猛然と不動産情報を検索し始めた。
「これ、マイラ・パルトロのトコが借りてる物件ですね。」
「またアイツか……」
カーンは頭こそ抱えなかったが、声色は頭を抱えている人間の声色だ。
デスクの受話器を持ち上げるとマイラ・パルトロを呼び出す。
調査をクルマタニに任せたまま数分、最近、評議員になってうっきうきのマイラ・パルトロがやってきた。
「はい、所長。何か及びでしょうか?」
本来、パルトロは企業の人間なので所長に呼び出される謂れはないのだが、今は評議員でもあるのでギリギリ所長に呼び出される立ち位置だ。
カーンはパルトロ女史に応接用の椅子を勧めると、努めて平静に切り出した。
「こちらの物件、おたくの企業のおたくの部署で借りている物件ですね?」
パルトロは出された紙を見ながら
「確かに何件かかりていますが、ちょっと番地と部屋番号では暗記していないので……所長が仰るなら多分そうでしょうが何か?」
本当に何もわからないといった表情だ。
カーンはため息をつくと、テニスラケットのような盗聴器の発見器を取り出して部屋の中を歩き始めた。
「……とりあえず、盗聴はされてなさそうですな。パルトロ評議員、そちらの物件、スパイ活動に使われている疑いがあります。」
パルトロはずいぶん驚いた顔をした。
「ス……スパイ活動なんて!……私は!」
立ち上がったパルトロに、カーンが手ぶりで座るように促す。
「別におたくの企業や貴方が『広義の』スパイ活動をしておる分には構わんのです。問題は狭義のスパイ活動です。木星圏内では限られた人間が限られた目的以外で暗号通信をしてはいけないのはご存じですな?」
パルトロはきょとんとしている。
「まあ、当然。」
「この物件はその暗号通信の中継地として利用されている可能性があります。」
パルトロの表情に怒りが混じる。
「私の部署に裏切者が……何てこと!」
「まあ、そうだとしたらパルトロ評議員も追及は逃れられませんが、この感じ、本当に知らないっぽいので捜査協力いただけたら不問にします。」
パルトロは立ち上がった。
「ぜひ協力させていただきます!」
カーンはパルトロと手筈を整えると、保安官たちをイリーナと一緒に呼び戻した。
「保安官2名とこちらのイリーナをパルトロさんのオフィスに派遣して、聞き込み調査をさせてもらいます。おたくの企業ですら騙されているかもしれない案件ですから、くれぐれも慎重に。令状は私が発行します。」
カーンはそういうとデスクで令状を発行して、保安官を招集した。
パルトロはおろおろしているが、イリーナに「大丈夫ですよ」と声をかけられている。
「イリーナ、ちょっと頼む。スパイの捜査にあたって保安官を『選抜』してくれ。」
「所長、ここにいる保安官は全員が『適任』だと思います。…あ、待って、彼はダメです。多分、今日は結婚記念日か彼女とデートなのを隠しています。」
「分かった、確かにお前は結婚記念日だった気がする。外れて定時で帰れ。」
「ありがとうございます!」
カーンは残った人間に作戦を説明した。
そして、ムービングロードでマイラ・パルトロと共に企業へ向かう。
地球圏ならば車両を使うのだろうが、ここ、カリストは重力が小さすぎて下手な乗り物は走行中に浮かび上がってしまう。
レール付きの乗り物や、この手すり付きの動く歩道のような移動体の方が向いているのだ。
保安官2名とカーン、イリーナ、パルトロが正面玄関から中へ入る。
残りの保安官たちでビルの出入り口はすべて囲む。
マイラ・パルトロはカーンと共に社長室へ向かい、保安官2名とイリーナはマイラの部署へと向かう。
昼夜の感覚がほぼ基地内の人工照明の色にゆだねられているので、アザニア基地ではほとんど日没は拝めないが、地球人の感覚で日が沈むころ……6時間にも及ぶ立ち入り捜査の末、事件に関わったであろう5人が連行された。
その中には社長も含まれていて、流石にパルトロも狼狽したが、社長自身は意外に毅然とした態度を取ったまま護送車に乗り込んだ。
流石に逃亡の恐れのある人間を歩いて連行するわけにはいかないので、護送用の車両はある。
ただとても動きがのろいというだけだ。