基地庁舎の保安官事務所で引き続き事情聴衆が始まる。
木星圏には弁護士もいるので、弁護士立ち合いで事情聴衆に応じる者もいれば、まったく口を開かない者も。
そして今回は保安官事務所では取調室が足りずに、市長室まで取り調べに使われている。
地球時間で24時を回るころ、結婚記念日で定時帰宅した保安官が事務所に帰ってきた。
「お前、マジか?!」
カーンの不躾な反応に苦笑いで応える。
「いや、人手足りないかなと思いまして……」
確かに人手は足りない。
ウソ発見器代わりのニュータイプが足りなくてクロエまで呼び出されている。
保安官はたった半日、結婚記念日を祝っただけで小走りに事件捜査に戻っていった。
ため息をつきながらカーンは自分の使い慣れたマグカップが市長室に置きっぱなしなのを思い出した。
憂鬱な顔をして使い捨て風のプラスティックカップでコーヒーを淹れる。
捜査情報はそのまま暗号通信で木星船団公社保安部に送られる。
リシュモンは適当な暇人を集めて、スパイ逮捕のためにガンボートで出撃した。
ガンボートは保安部所有の木星圏では数少ない軍艦の類で、メガ粒子砲1門、機銃1門を備える。
そしてゾックより出力が小さい。
「そう考えるとゾックってバカだよな。」
「部長何か仰いましたか?」
「いや、何も。」
推進剤の積載量ではゾックに勝るので、航続距離は申し分ない。
かくして、君と思い出♡ペガサス級!のメンバーは何も知らないまま、木星圏と地球圏で10人近い逮捕者を出して事件は幕を閉じた。
……とすると文章はしまりがいいのだが、地球圏では暗号通信は有罪でも何でもない為、木星圏に暗号で違法な諜報活動の指示を出した人間だけが逮捕された。
事件に関わった大半は何の罪も犯していない為、無罪放免という事だ。
木星圏内の何人かの容疑者宅から暗号の符丁が発見されたため、少なくとも12か月は過去にさかのぼった暗号が解読された。
大半はミノフスキー断章についてだが、他には木星船団の公社化の妨害工作についてなどの暗号通信も出始めた。
ただそれらの妨害工作も実効的に行われた形跡がない。
早々に司法取引に応じたマイラ・パルトロのところの社長曰く「地球圏の連中は木星圏のことを何もわかっていない」そうだ。
理不尽で非現実的な要求を受け取り続けて、「木星側はやったふりだけする」のが常態化していたようだ。
木星側の彼らは逮捕前から親地球連邦の過激派に愛想をつかしていた。
社長はそのまま退陣して、マイラ・パルトロも含めた社長選となる。
表向きは今回の事件はそれで幕引きとなった。
*****
「ところがあくまでも表向きの話なんだよなあ……」
「部長、誰に向かって話しかけてるんですか?」
廊下の窓から木星を見ながらリシュモンがこぼした独り言を、保安部員が咎めた。
「読者。」
そう言いながらリシュモンは窓の外の木星をもう一度一瞥すると、会議室へ入っていった。
「お集まりいただき誠に恐縮です。保安部長のリシュモンです。初対面の方もお見えになると思いますので時計回りに自己紹介を。」
リシュモンに言われてリシュモンの左隣の男性が席を立った。
「保安部、クロムホルツです。」
「アザリア基地所属、臨時保安官補、イリーナ・フォスターです。」
「産業機械試験場パイロット、ヒカリ・フリースです。」
「同じく産業機械試験場所属、チンペー・イートン三世です。」
「ここオールドワンの工場区長、ナオミ・フォスターです。イリーナさんとは特にご縁はないのですが、紛らわしいのでナオミとお呼びください。」
「オールドワン工場区所属ブリジット・キムです。」
「サイコバンド製造販売合資会社のピョンだ。」
「このたびは儂を含め社の人間がずいぶんご迷惑をおかけいたしました。元リタニ開発の社長、ボロルマです。」
「保安部、ホジョです。」
ボロルマが自己紹介した際には少しざわめいた……が自己紹介はつつがなく終わった。
「皆さんに集まっていただいたのには理由がある。火星から攻撃部隊が接近している。」
リシュモンの発言にボロルマが険しい表情で目を閉じた。
「ボロルマさん、知っている情報を。」
リシュモンに指名されて、ボロルマは険しい顔のまま口を開いた。
「知っての通りリタニ開発内部には連邦の一部勢力と内通している人間が儂を含め多数存在した。一年戦争以前から様々な方法で地球圏からの支持を受け取っておったが、ジオンが連邦に勝利したのを節目に、地球の情勢が一変した。」
そこまで、話すとボロルマは一度水を口に含んだ。
「穏健派と過激派のように連邦内部での勢力争いが始まり、儂らは知らぬ間に過激派についていた。『向こうの勝手』で、『いつの間にか』だ。それまでは傍受されても問題のない音声データやテキスト、時には船で運ばれてくる手紙で支持を受け取っていたんだが、それが暗号に置き換わった。その頃から現実に即さない無責任な指示が増えてきた。そして、ついこの前、火星船団からモビルスーツ部隊を送り込むとぬかしてきおった。」
場の空気が凍った。
木星船団はまともな軍備を持たない。
一年戦争で建造された軍艦やモビルスーツに侵攻されたら、負けないまでも被害は計り知れない。
リシュモンはボロルマの後を継いで話し始めた。
「火星から木星までの航路は1年8か月。計算するとあと1年2か月ほどの猶予がある。航路の予想は簡単なので光学望遠鏡を使えば軍艦の種別や大きさなどは判明するだろう。恐らくは現在、地球重力を利用してスイングバイを行っていると考えられるので、やや観測は難しいのではないかと言うのが技術者の意見だ。そうだな?」
リシュモンに振られてクロムホルツが説明をはじめた。
「はい。すでに予想される軌道を割り出して、光学望遠鏡による視認を試みておりますが、デブリと共に戦後の宙間物質の多い地球圏が悪さをして、ほとんど見えておりません。」
リシュモンが頷いた。
「聞いての通り、相手の規模はまだつかめていない。木星船団保安部としては、交渉、鹵獲、迎撃などあらゆる可能性を含めて脅威の排除をしなければならない。そこで、臨時で木星圏初のモビルスーツ部隊を組織し、事態にあたる。現在、パイロットの候補はヒカリ、チンペー、ブリジット、ホジョの四人だ。」
ヒカリは呼ばれた理由を聞いていなかったが、やっとここで合点がいった。
「とうとう木星でガンダムを作るんですか!」
ヒカリの発言に首を振ったのはナオミ・フォスターだ。
「ガンダムの構造設計はガンダリウム合金あってのものです。木星では現段階ではジムを作るのも手一杯です。しかし、大枢党が過去にカリストから持ち去ったアッガイを返却すると申し出ています。本来はカリストに返すべきものですが、それを宇宙戦用に改修して1機配備できます。あとはヒカリさんにはすでに他所でリック・ゾックが製造中だという情報をつかんでいます。チンペーさんは木星圏では数少ない撃破経験を持つパイロットという事で乗りなれたボールにするかそれ以外の選択肢にするか、あと1機はカリスト作業機械試験場と交渉して実験機を回してもらう手筈です。」
ヒカリは少しだけ残念だった。
ガンダムに今度こそ乗れる気がしたのも束の間、自分専用のゾックが作られていたのを知られていた。
結局その後、着手が早かったリック・ゾックは2機が間に合うと判明した。
そこに前述のアッガイ1機と、カリスト作業機械試験場から供与されるルナタンク1機が加わって、計4機によって木星圏ではほぼ初めての戦闘を目的としたモビルスーツ部隊が結成される運びとなった。