ダブルスターは途端に忙しくなった。
とうとう出撃だ。
艦に向かって移動するライト艦長をリシュモンが追いかけながら指令を伝えている。
「ライト艦長、作戦に変更有る際にはレーザー通信で通達する!通信手にオールドワンからの通信を常時維持させるようにしてくれ!」
「了解しました!」
気密扉の前でリシュモンは敬礼した。
「ご武運を!」
「なあに、任せてください!」
そうしてライトはダブルスターへと吸い込まれていった。
ダブルスターは人口重力が維持されている区画が一切ない。
ライトは艦内の手摺から手摺を上手くわたってブリッジにたどり着くと、滑り込むように艦長席に収まった。
「クルマタニ班長!オールドワンとの通信を常時確保してくれ。」
「了解。」
クルマタニは行きがかりでカリスト作業機械試験場から配属替えになって以来、機械点検ぐらいしかまともに仕事をしていなかったので、鈍った頭に気合を入れるべくレトルトのアイスコーヒーを飲み下した。
コーヒーとはいっても、木星圏では植樹ができる場所がないため、麦芽の加工品で作った偽物のコーヒーだ。
それでもカフェインが点火されているので、目を覚ます効果は期待できる。
「ユン班長、ペトロワ班長、事前に伝えた作戦の通りだ。君たちの腕にかかっている。よろしく頼む。」
ユンは光学望遠鏡で敵機の位置と距離の計測を続けている。
ペトロワはそのデータから航行ルートを割り出して、舵を握るマルケス副艦長へ指示を出す。
完全体がピリッとした緊張感に包まれている。
緊張していないのはMS部隊だけだ。
戦闘直前までリラックスを保つのはホジョ課長の方針だ。
「はーい、リラックス、リラックス。」
ホジョの声をヒカリとブリジット、チンペーが呆けた顔をして聞いている……呆けた顔で、スクワットをしている。
このリラックスと相反するスクワットを同時に行うことでどんな効果があるかというと、大きな筋肉である足腰周りの血行を良くすることで、間接的に脳へ行く血流量を増やして、判断力を高めるためだという。
そしてその効果のほどはというと……
「ねえ、これ本当に意味あるんですか?」
ブリジットがホジョに問う。
「多分!ある!余計な事を考えない!」
この程度のモノらしい。
話をダブルスターのブリッジに戻すと、作戦の第一段階が佳境に入ろうとしていた。
「敵艦とダブルスターの相対速度ゼロを達成しました!」
ライト艦長が満足そうな表情を浮かべる。
「ユン班長!敵艦はミノフスキー粒子を散布しているか!?」
「戦闘濃度で散布しています。」
ユンの答えをきいてライトは次の命令を飛ばした。
「ミノフスキー粒子散布開始!砲雷課は戦闘準備!」
「了解!」
「了解!」
相対速度ゼロなので今、敵艦とダブルスターは文字通り付かず離れずの状態になった。
敵艦は木星圏に近づいているので、ダブルスターは敵艦を見据えた状態で後退している状態になる。
「敵、防衛識別圏に入ります。」
「オールドワンから許可が出次第、威嚇射撃を開始する!射撃準備!」
そのころオールドワンでは近づく敵艦に対して最終通告をしているところだった。
「貴艦は木星船団公社が定める防衛識別圏に侵入している。直ちに逆進をかけぬ場合は攻撃する。」
リシュモンが呼び掛けているが通信を開くつもりもないらしい。
「まあいいや、ダブルスターは威嚇射撃なしで当てに行ってやれ。」
ダブルスター側ではその指示を艦長のライトが受け取った。
ライト艦長は性急ではないか?とも考えたが、優先すべきはシビリアンコントロールだと思いなおして号令をかける。
「威嚇射撃ではなく、敵艦を狙ってよろしい。射撃はじめ。」
これには射撃手たちも驚いたが、戸惑っている暇はない、砲雷課長の号令でハサン、ルクレール、カルバホの3名が光学サイトを覗き込んで照準を敵艦に合わせる。
そしてトリガーを引く。
黒い宇宙に薄黄色のメガ粒子砲が吸い込まれるように放たれる。
「射撃、一旦やめ。」
砲雷課長のレイが双眼鏡を覗き込んで敵艦の様子を見る。
そして、送話器をつかむとブリッジに向かって叫んだ。
「Iフィールドです!ビーム兵器は効きません!」
そもそもかなりの距離なのでよく狙っても当たるかどうか怪しい上に、敵艦をかすめそうなメガ粒子砲の軌道が湾曲して逸れた。
「まあ、そうでしょうね。」
ライト艦長は予想通りという顔をしている。
そのまま、リシュモン保安部長へ報告する。
「保安部長、やはりIフィールドが搭載されています。」
「報告お疲れ。魚雷戦に切り替えます。」
オールドワンから今回の作戦に関わる8カ所の艦船にレーザー通信が送られる。
「事前の計画通り、魚雷攻撃を開始します。敵艦の進路に変更は無いようなので各拠点は手順書通りに魚雷を発射して下さい。」
それに呼応して比較的敵艦に近いところを航行している艦船が一斉に「魚雷」を発射する。
魚雷とはいっても水中ではない為、ミサイルと何ら変わりはない。
そして、それぞれに光学カメラ式の誘導装置が取り付けられている。
木星圏では戦闘はほぼ発生しないのでミノフスキー粒子が漫然と散布されることがほとんどない。
代わりに木星が発生する強烈な電磁波の嵐から電子機器を守る為、ほとんどの艦船や拠点がミノフスキー場で可視光線以外の電磁波をシャットアウトしている。
今回、魚雷として発射されたのはそんな木星圏で使われているタグボートの類で、火薬の代わりに氷の塊を積載している。
要するに魚雷とは名ばかりの質量兵器だ。
「木星人を怒らせると怖いぞぉ」
リシュモンが敵艦を捉えたモニターを見つめながら小声で言った。
撃たれた方の敵艦は少し慌てている。
その氷の塊は遠方から高速で飛んできているのだが、自分たちで撒いたミノフスキー粒子があるのでとりあえずレーダーは使えない。
目視で発見するにも8方向から飛んでくる。
「何かが高速で接近してきています!何個だ??」
「何個でも構わん!見つけたものから迎撃しろ!」
艦長は焦るほどではないが疑問に思っていた。
木星は武装していないと聞いていたのだ。
不意打ち気味に公社本部か大きめの拠点を威嚇して地球に報告するだけの任務だと聞いていた。
まさか、木星が敵の襲来に備えているなどと思っていなかったのだ。
片道1年8か月かけて木星圏に到着し、銃を突き付けて帰りの燃料を奪ったら地球圏へ舞い戻るだけの荒事だと思っていた。
そもそも警告を受けた時点で何やら調子がくるっている気がする。
警告の時点で作戦注視する選択肢もあったのだろうか?
いや、それは無理だ。
補給を受けないと、どこにも帰れなくなってしまう。
艦長は浅短な人間であったが、流石に今回の仕事は割に合わない仕事だったと気付いた。
それでも、まだ彼は楽天的だった。
先の戦争で獅子奮迅の活躍をしたという白い悪魔ガンダムの後継機ともいえる実験機を貸与されているからだ。
しかも、地球圏に生きて帰れば莫大な報酬が待っている。
「迎撃できません!」
「そんなわけあるか!ちょっとかせ!!」
艦長は艦に1門だけあるメガ粒子砲の回転砲塔の銃座からボンクラを引きずり出すと、代わりに自分が座った。
「ん?見えんぞ?どれだ!?」
引きずり降ろされた砲手が指さす方を見ると確かに何かが飛んでいる。
狙いを定めて発射する。
「あっ」
引きずり降ろされた砲手は艦長が思い切り外したのを見て頭を抱えた。
「偏差射撃してくださいよ!」
「分かっとる!」
敵の放った飛翔体は、この艦の予想される移動地点に向けて放たれているので、まっすぐ向かってきているわけではない。
ちょうど交差点で右から来る車と直進している車がぶつかるような軌道で飛んでいるのだ。
見えているモノに向かって砲撃しても、弾が当たる頃には相手も動いているので、予測して撃つ必要がある。
砲手が双眼鏡を取り出して窓から艦の外を眺めると、今、艦長が狙っている以外に7個の飛翔体が飛んできていることを確認した。
彼は目がいいのだ。
「ああああ……」
その時、艦長はやっと一発命中させていた。
「落ちない?!」
「艦長!全部で8発飛んできてます!!1門では落としきれません!!」
艦長は銃座から滑り出ると、命令を飛ばした。
「モビルスーツ!出ろ!!飛翔体を破壊しろ!!」
その様子はオールドワンからもダブルスターからも見えていた。
「おお、ガンダムがでた。」
不謹慎ながら、メインモニターに映ったガンダムに木星人たちの感嘆の声が上がった。