リシュモンが保安部でだれかと電話している。
「はーい、はーい、どうもー。」
そして切る。
代用コーヒーを淹れるとすすりはじめた。
リシュモンは「人工重力があると液体を飲む喜びがあるよなあ」としみじみ考えた。
そして、保安部の適当な人間に声をかけると、保安部の臨時小会議をはじめた。
「先日、火星から来た襲撃あったよね?あれの時に救助したアークくん。失踪中だけど大枢党にいるから心配しなくていいってさ。」
リシュモンの言に一同きょとんとしている。
イリーナが口を開いた。
「それでよろしいのですか?」
「よろしいもなにも、別に大枢党が攫ったわけじゃなくて、本人が密航して流れ着いたらしい。あと、ソト医療班長から報告があるそうで、皆にも聞いてほしかったんだ。ソト班長よろしく。」
ソト班長が立ち上がった。
「例のアークという人物ですが、全身の火傷の入院記録が地球圏から送られてきました。79年の1月の事だそうです。」
「一年戦争の頃ですか……ちょうどコロニー落としがあったころ?コロニー落としの被害者ってこと??」
イリーナの問いかけにソトは首を振った。
「分かりません。ただ、相当に記憶が混濁しています。彼は子供の頃に負った傷だと記憶していますが、入院記録からも、傷の具合から見てもせいぜい5年前です。」
一同、しばし黙り込む。
リシュモンが口を開いた。
「……まあ、仮に記憶喪失だとしても、保安部に留めておかなければいけないルールはない。失踪扱いにしてしばらくは大枢党に面倒見てもらおう。あいつらそういうの得意だろうから。ソト班長は彼に関する医療のデータを大枢党に引き渡しせるようにしておいて。」
「了解しました。」
会議はここで解散となった。
その頃、ヒカリはというと休暇を貰ってクロエと木星圏を小旅行中だった。
「せっかく旅行なのに見るモノがモビルスーツの工場ってずいぶん気が利いてますね。」
クロエに嫌味を言われて、ヒカリが苦笑いした。
リック・ゾックでガンダムタイプを撃破した事で自信が付いたヒカリは、少しだけゾックのことを見直していた。
実際にはゾックがガンダムに勝てたのはガンダムの推進剤が残りわずかであった事でガンダムが機動力を活かせなかったことが原因だが、ヒカリはあまりそこには気づいていない。
ダブルスター所属のリック・ゾック、ジュピタータンクの3機は地球圏では全く不必要な推力を持っている。
これは木星の引力が強すぎる事と、木星の衛星ですらいくつかは地球の月に匹敵する強い引力を持っているからだ。
上に挙げた3機は、地球であれば成層圏ぐらいからなら地球の重力を振り切って脱出できる力を持っている。
特に強力なのはジュピタータンクで、それら3機に共通しているのはその推力に見合うだけの推進剤を積み込んでいる為に大型であるという事だ。
なので小さなリック・アッガイは1機だけ推力が月並み……地球圏並みと言える。
急遽編成された部隊の頭数を揃えるために配備されたモビルスーツであるため、贅沢は言ってられなかったのは確かだが、開発部門はリック・アッガイに関しては強化するか別の機体と入れ替えるか協議している。
忘れてはいけないのは保安部の保有する3機のモビルスーツが、その「推力で地球圏のモビルスーツを上回っている」という点だ。
AMBACが使えない3機はトップスピードと加速が桁違いというだけで、旋回性能で明らかに地球産に劣る。
地球圏のモビルスーツは白兵戦に特化しているため急制動が多くなる。
急制動が多いという事はそれだけパイロットの身体的負担が大きいという事でもある。
そのため、モビルスーツの制動能力はパイロットが貧血で気絶を起こさないレベルに自ずと抑えられる。
加速による貧血にもある程度のパイロットの慣れはあるが、生きている人間を乗せている時点で人間そのものがリミッターとして働いてしまう。
なのでサイコミュ兵器は速い。
人間など載せていない為、モビルスーツに比べて桁違いの急制動が可能になる。
対して今回の戦いではチンペーが一度だけフルスロットルでの加速を経験したが、呼吸もできないほどの加速であった。
今回は耐えきったが後方への自動攻撃機能はチンペーが一時的に気絶したときの保険でもある。
「リック・ゾックを見慣れているせいで、前乗ってたゾックがデカく感じる。」
「それは確かにそう」
ヒカリ達が眺めているのは、カリスト作業機械試験場で実験されていて、テロリストのボールを(チンペーが)撃破した方のゾックだ。
こちらには大型の推進剤タンクも積まれているが、根本的には宇宙空間での運用を目的としていない為、「ちょっと違う機構が取り付けられている。
実はタンクでも積まない限りモビルスーツに積載できる推進剤は多くない。
それがモビルスーツの航続距離に直結するかというとそれは違う。
宇宙ではまっすぐ飛ぶのは別に難しくないからだ。
宇宙では空気抵抗がないため、一度加速してしまえば推進を切っても軌道計算さえ間違っていなければ目的地まではたどり着ける。
パイロットが必要とする酸素も水も、エネルギーだけは有り余っているので、多少気の利いた生命維持装置があれば尽きることはない。
ただ、乱戦などでその軌道を変えようとしたり減速しようとしたりする度に推進剤は必要となる。
モビルスーツが武装すればするほど、モビルスーツは重くなり多くの推進剤を必要とするし、推進剤を積む場所が圧迫されることで量が積めなくなる。
これが宇宙空間ではなくなると話が変わってくる。
MSに搭載されている多くの核反応炉は建造時に一生分の核燃料を詰め込んでいるので、エネルギーは尽きない。
尽きるのは推進剤なのだが、この話はすでに話し尽くしたと思うので、割愛する。
そのほぼ無尽蔵のエネルギーで地面があれば歩けるし、海があれば泳げる。
さらに大気中でも大気を取り込んで高温に加熱して噴き出すことで水深ができる。
この仕組みはジェットエンジンという名前で宇宙世紀以前から旅客機などでも使われていた。
ミノフスキー・イヨネスコ核反応炉の登場で、取り込んだ空気の加熱に核融合の熱が使える点で大幅に進歩したというだけで、根本的な仕組みは変わらない。
なので推進剤が無くても、ある程度たくましく制動できるのだ。
イェンが幾度も木星大気圏突入と脱出を繰り返した太岁球と呼ばれるボールは、推進剤による加速と、ジェットエンジンのハイブリット推進機構が搭載されている。
「これがそうか……」
ヒカリが見ているのは、そのハイブリッド推進器の進化系だ。
大気圏内や水中を飛んでいるときに推進剤として大気や水を加圧してタンクに取り込む仕組みを持っている。
「ねーヒカリ、喉乾いたー。何か飲もう。」
「あ、はい。そうしましょう。」
ヒカリは最後にもう一度ゾックを見ると、なんだかゾクゾクしたものが全身を駆け抜けるのを感じた。
やっと本業が少し落ち着いたので、頑張って書けるうちに書き進めます。