ヒカリたちが乗ってきたジュピトリス級はリッペルハイにつながれたまま次の任務に就くらしい。
何名かのクルーはジュピトリスの補給や積載を待って再度乗り込んで地球へ行くそうだ。
ヒカリたちフリース一家と乗組員の大半は木星の衛星カリストへ行くらしい。
ヒカリが聞くには、なんでも木星圏最大級の基地「アザニア」があるのだそうだ。
リー老人は別の船に乗ってまた違うところへ行くらしいが、詳しくは教えてくれなかった。
「体に気をつけてな」
リーはヒカリにそう言い残すとリッペルハイに立ち寄ったそこそこ巨大なタンカーにボストンバッグ一つ抱えて乗りこみ、宇宙の彼方へ旅立って行った。
カリストへ行く船はもっとこじんまりしていたが、リーが乗り込んだ船に比べるとずいぶん乗り心地がよさそうだ。
「ジュピトリスに乗る連中は木星と地球で往復4年だろ?だいたいちゃんとした家は持ってないんだが、カリストはそういう俺らみたいな人間の木星でのホームみたいな場所だな。」
リシュモンがヒカリに説明する。
そこにホワンが補足する。
「ジュピトリス級の乗組員はそこそこ船を乗り替わりながら生活しているので、だいたい一回カリストで一息つくことが多いかも。人それぞれだけど。」
リッペルハイからカリストへの連絡船はすいすいと飛び、数日もかからずにカリストへ着陸した。
カリストは地球の8分の1程度の重力しかない。
それでも、ヒカリにとって初めての天然の重力だった。
「父さん、星って自転してるんだよね?」
「まあそうだ。」
「空に向かって落ちそうな気がするんだ。」
コロニー育ち、生粋のスペースノイドのヒカリにとって人口重力こそが直感的な環境なのだ。
回転するスペースコロニーの内壁に押し付けられるように生活していたヒカリは、自転する衛星から宇宙空間に放り出されそうな感覚を覚ているのだ。
「覚えてないかもしれんが、一応、2歳ぐらいの頃に月に行ったこともあるんだぞ?」
「おぼえてないでしょ。」
フリース夫妻は、そんな息子のヒカリを見て少し楽しそうにしている。
「そんなことより、ヒカリ!風呂に入るぞ!プールみてえなでっけえ浴場があるんだ!!」
「行く行く!」
0.13Gの基地内を器用に飛び跳ねるリシュモンをヒカリは見よう見まねで追いかける。
このカリストは氷の大地に覆われた衛星で、稀薄ながら大気もある。
当然ながら人間がそのまま住めるほどの大気はないが、氷は掘って溶かせば水になる。
アザニア基地は氷の採掘と水の精製の拠点でもある。
そうした事情でアザニア基地では水には困らないのだ。
ただこのアザニア基地は木星圏最大の基地とはいえ、ジュピトリス級よりもやや小さい。
田舎のショッピングモールと宿泊施設が一緒くたになったようなそんな場所だ。
ヒカリが風呂で泳いでカリストを満喫しているころ、ヒカリの父、クラーク・フリースは基地内の所長室を訪問していた。
「まずは2年間の長旅、お疲れさまでした。」
所長がクラークを労う。
この部屋にはクラークと所長の他に3名、計5名の人間がいた。
「これが、ミノフスキー断章の実物……」
クラークが応接机に置いた比較的痛みの少ないノートを3人は凝視していた。
このノートをここへ運ぶことがクラーク・フリースに課せられた任務、彼が木星圏に来た理由だ。