ゴンゾ・イートンは少しだけマシになった胃痛に安堵しながら、木星船団公社と地球連邦相手に交渉をはじめた。
それは木星圏での教育と医療に関することだ。
現在、木星圏では子育てへの支援が受けられない。
アザニア基地のような大規模な拠点で、学校教育と小児科医療、また保育が受けられるようにサービスの拡充を始めるべきだという提言だ。
ただし、未だ物資の少ない木星圏で無尽蔵に子供を受け入れるのは不可能なので、児童数については抑制的にならざるを得ないのを前提としてだ。
ただし、その資源についても、木星船団公社傘下の大枢党がアステロイドベルトから資源惑星を曳航してきたことでかなり充実すると見通しが立っている。
ゴンゾはその時代の潮流を後押ししただけなのかもしれないと、鳩尾をさすりながら考えた。
チンペーとイリーナの結婚を見届けると、息子の一人を育て切った達成感で一気に老け込みそうになるところを踏ん張って、木星船団公社の児童課の立ち上げに尽力する。
その間にチンペーは地球連邦軍を退官して、木星船団公社の社員に正式に採用された。
さて2人の兄はチンペーが変わって戸惑いながらも、時折、誇らしそうにしている。
軍閥のパーティーでゴンゾが見ていると、兄の一人が弟の自慢話をしているのを目撃した。
ゴンゾはその様子を見ながら胃の痛みがさらにカルキ唸るのを感じる。
そこにもう一人の兄がやってきた。
「父さん、ちょっと小耳にはさんだんだけどイリーナさんってジオンの元スパイらしいよ?」
「そうか。悔しかったら、お前もジオンの元スパイと結婚してみろ。」
チンペーの兄も別に悪意があって言ったわけでなく、なんとなく後々問題になる前に父の耳に入れておこうぐらいの気持ちだった。
だが、父ゴンゾの言葉をきいて考えが変わった。
「あんな美人、地球圏にはいないでしょ?……俺も木星いこうかなぁ?」
「母さんが寂しくて泣くぞ?」
パーティーで注目の的だったチンペーは、退役してもう軍人のパーティーにはいない。
もう一人の弟は、チンペーの話で若い女性将兵と和気藹々とやっているようだ。
そこに顔見知りの女性軍人が現れた。
「あら、イートン中尉、お疲れ様です。」
「お疲れ様、キミもチンペー・イートン三世の話を聞きに来たの?」
目の前の女性が吹き出した。
「ウフフ……中尉の武勇伝でも全然かまいませんよ?!」
「いや、チンペーの話をしよう。あいつのおかげでウチは連邦軍で採用してもらえてるようなモノなんだから……ところでチンペーの結婚式に行ったらすごい美人がいた話って弟から聞いた?」
地球連邦軍の軍人たちはこのところ軍閥の横のつながりを強化するべく、頻繁にパーティーを開くようになっていた。
当然、そこにはキナ臭いハナシが関わっているわけだが、イートン中尉と呼ばれたチンペーの兄は、チンペーが木星圏に発つまでの間だけでも、束の間の平和が続けばいいなと……心底願っていた。
*****
それから間もなく、ハマーン・カーンの死が事実ではないかという噂が飛び交った。
ヒカリたちがいた北米大陸はネオジオンを名乗る残党の侵攻をほとんど受けなかったせいで、あまりピンと来ていないかったのだが、実際には各所でそこそこ大規模な戦闘が起きていたらしい。
「ここは平和なんだけどなあ……」
ヒカリはキャリフォルニアの海から夜空を見上げていた。
夜空に少し目を凝らせばいくつでも流れ星が見つけられる。
度重なる戦乱でスペースデブリが増え、しょっちゅう大気圏に落ちてきては燃え尽きるせいだ。
そんなヒカリの心を見透かすようにメカニックが声をかけた。
「地球では流れ星に願い事をする風習があるんですが、これだけ流れ星が多いとご利益も薄れちゃいますね!点検終わりましたんで、もう一回潜れますよ!」
「ありがとさん」
ヒカリはいつものように海面に頭を出して浮かぶゾックのハッチから出てくるメカニックと入れ替わりでゾックに乗り込んだ。
エウロパの氷床の下に潜る計画は無期限延期となったが、カリストの氷からは生命の痕跡は見つからないらしい。
太陽光を遮断する分厚い氷の下を潜るのを想定して夜間の潜航実験を最近は繰り返している。
「ゾック、潜ります!」
ヒカリがそう言うと、ゾックは派手に泡を立てて、キャリフォルニアの海中へ沈んでいった。
ヒカリ・フリースの年表
0078、木星航路に乗船、13歳。
0080、木星圏に到着、15歳。
0085、6歳上のクロエ・オジャイルと結婚。20歳。
0086、地球航路に乗る。21歳。
0088、地球へ到着。23歳。
0089、娘のミライ誕生。24歳。←今ココ