「フリース博士はこの中身をもう見られたんですよね?」
ヒカリの父、クラーク・フリースは頷いた。
「片道2年の長旅でしたからね。人目につかないように苦労はしましたが……何度も見直しました。」
所長はノートを一瞥しただけだが、他の3人の研究者は一人がめくるページを食い入るように見つめている。
ノートには手書きで書かれた数式が何ページも続いている。
「フリース博士、率直な意見を伺いたい。これは何が書いてある?」
質問者は胸に「ワタベ」と書いた名札を付けている。
クラークは3人が食い入るように見つめるノートに横から手を出した。
ページを何枚かめくるとミノフスキー博士が走り書きした「窓」という言葉を指で示した。
「これです。」
3人はまたそのページを凝視している。
「ミノフスキー博士が書き残した『窓』というのはミノフスキー場が遮断する電磁波の帯域の事だと考えられます。」
クラークはページをめくってノートを遡るとその根拠となる数式を指し示した。
所長は自分が理解できない話によく耐えている。
「ミノフスキー博士はミノフスキー場が可視光線を通す現象に『窓』という概念を新たに用いて考察を試みたのです。」
ミノフスキー粒子が可視光線を通すことはミノフスキー物理学をかじっていない人間も常識的に知っている。
「それを……可視光線を『窓』と呼ぶ事で何か新しい発見でもあるのかね?」
所長も口を開いた。
クラークは所長に「目に見える光、可視光線も電磁波だと言うのはご存知か?」と尋ねると、所長は頷いた。
「さすがにそれは常識的にわかる。」
所長ですら木星圏にいる人間なので、十分に有能な人間なのだ。
ただ、専門性が違うのだろう。
「それならばお話は早い。ミノフスキー場が可視光線を通すという事は即ち、限られた波長の電磁波のみを通すということです。その通す波長について『窓』という言葉を用いているのですが……」
クラーク自身も同じ話を繰り返している自覚はあったが、口語は効率化が難しいのだ。
「ミノフスキー博士は『窓』はとびとびで無限に存在するとどうも仮説を立てられたようでして」
「ん!?」
研究者の一人が奇声をあげた。
胸には「ピョン」と名札がある。
「思念波は電磁波だと!?」
ピョンは驚きと歓喜と悲しみの混じった顔でクラークの次の言葉を待っている。
クラークは再びノートを指さした。
「ノートをめくって行って下さい。そうその辺。」
ピョンは自身が研究していた「思念波=電磁波説」にミノフスキー博士が別の角度から到達していた事に興奮し、悲しさと喜びを噛みしめている。
「すまんが、思念波がなぜここで出てくるのかがわからん。私でも分かるように説明してはくれないか?」
戸惑う所長に「リュウ」と名札をつけた男がこたえる。
「ミノフスキー場が通す波長はいくつかあって、その帯域の中の一つに思念波がある……とそういう事ですよね?」
クラークは頷いた。
「ミノフスキー博士はそういう仮説を立てられたのだと、私はそう解釈しています。」
「その思念波の波長は?!」
ピョンの問いにクラークはノートのページをめくる。
そこに走り書きされている数式の解を再び指し示した。
「ミノフスキー博士はミノフスキー場の窓は飛び飛びで存在すると仮説を立てています。可視光線より長い方の隣の波長はおよそ2.387×10の52乗メートル、短い隣の波長は1.115×10の-34乗メートルと試算しています。」
3人の研究者は思い思いにメモやタブレットを取り出して波長について考察し始めた。
「ミノフスキー博士が可視光線の帯域をμ(1)と表していますが、この式を使うとμ(0)の2.387×10の52乗よりもμ(-1)の1.289×10の23乗の方が短くなりますね?」
リューの発見にクラークが驚く。
「そうか、μ(1)『隣』になるのはむしろμ(-1)なのか。」
「いやいやいや、それは気が急き過ぎだ。ミノフスキー博士の仮説の通りだとしてもμの後ろの値が負の数になりうるのかは検証が必要だ。」
ワタベが焦る面々に釘を刺す。
「しかし、そちらはあまり重要ではない。μ(-1)があるとしても我々が現実的に検波できるスケールを大きく超えている。」
ピョンは現実的な見解を示した。
他の3人は一旦落ち着くことにした。
なお、所長はもはや4人のミノフスキー物理学者の会話が理解できていない。
「思念波はサイコミュ兵器の挙動や情報量からから考えてμ(2)の波長1.115×10の-34乗メートルだと考えるべきだ。……あくまでもミノフスキー博士の仮説が正しいとするならばだが。」
クラークは腰に手を当てると体を反り、背筋を伸ばした。
「そのためにミノフスキー博士はミノフスキー場と電磁波の基礎研究をさらに進めようと考えたようです。」
所長がやっと口を開く。
「ジオン公国はそこに予算をつけなかったというわけか。」
一同がため息をついた。
「軍はサイコミュ兵器が『動いている』ことこそ重視しても、『なぜ動いている』かは重視しなかったのだろうな。」
「今だってほぼ戦時中みたいなものですからね。」
ワタベとリュウの会話を聞きながら、ピョンは何かを計算している。
「ミノフスキー博士がμ(2)とノートで書いた思念波……サイコウェーブがなぜ検波できているか、仮説を思いついた。」
ワタベはさして感動したそぶりもなく一言
「はやいな」
と感想を述べた。