イリーナはヒカリから連絡を受けた。
ヒカリ曰く、湾岸警備隊の艦に乗った人間は全員蒸発したらしい。
無理もない。
「OK、こっちはうまくやっておく。」
イリーナはそう言って通話を切ったが、なかなか困ったことになったとため息をついた。
湾岸警備隊が全員消えたなら話は早いが、キャルフォルニアベースにはまだ湾岸警備隊の人間が残っている。
しかも、その大半が今回のゾック強奪計画を知っていて、ヒカリが消えてゾックが手に入ると確信しているのだ。
ヒカリとしては正当防衛だが、傍から見れば単なる殺人事件だ。
現在、キャルフォルニアベース内にはイートン家の息のかかった軍人が十分な数いるので、数の力で湾岸警備隊を圧倒することはできるが、大義名分がない。
イリーナは端末を取り出すとヒカリに再び通話をかけた。
「ヒカリ、しばらくそこにいて。」
そして、そのままリシュモンにメッセージを送る。
今頃だと片道45分程度でメッセージが届いてメッセージが返ってくるまで最低1時間半だ。
「時間かせがないと。」
きっとリシュモンなら何かしら事態収拾の名案を出すだろうが、地球と木星の距離が遠いせいで返信がくるまでの時間を稼がないといけない。
連中が異常に気づくまでどれほどかかるか分からないが、もしヒカリが元気いっぱい生存していることがバレると、きっとヒカリを殺しに行くだろう。
「……そうすると、残った湾岸警備隊も全員ヒカリに殺されちゃう。」
既に事態は十分にめんどくさいが、キャルフォルニアベース所属の湾岸警備隊が全滅となるとかなりめんどくさいだろう。
イリーナは少し歩いて湾岸警備隊の連中の思念が読み取れるところまで行くと、まだ皆が期待感に胸を膨らませているのが読み取れた。
この調子ならバレていないだろう。
クロエとヒカリの家を襲撃した隊員2名はイートン家が用意した迎撃部隊によって射殺されたし、クロエと娘のミライはイートン家にいる。
「あ、そうだ。」
イリーナはそこそこ離れた海域から湾岸警備隊に出動命令がかかれば時間が稼げると思い立った。
その旨をイートン家に伝えると、湾岸警備隊に出動命令が下ったらしく、基地内には事務方を数名残して全員が出払った。
そうこうしている内にリシュモンから返信がある。
リシュモンは「ヒカリの家に送り込まれた襲撃犯の死体を殺人未遂の証拠品として、湾岸警備隊の人間を片っ端から尋問しろ」と返信してきた。
「あ、そっか。」
イリーナはクロエとミライを守り切ったことですっかり安心してきたが、必要な証拠はゾック強奪に限らない。
ヒカリ・フリースの家が武装した湾岸警備隊の人間に襲撃されて、その証拠が残っているだけでも十分に湾岸警備隊を叩き殺した言い訳にはなる。
イリーナは自分の浅慮を恥じながら、イートン家に連絡すると、死体も襲撃の証拠もしっかり押さえてあると分かった。
そこでイリーナはイートン家から軍警と木星船団公社にそれぞれ襲撃事件を通報してもらった上で、木星船団公社の地球圏での司令塔になっている月面の地球方面統括支社に連絡する。
そこで事件の経緯を話すとイリーナの独断専行に対して多少小言を貰ったが、木星船団公社保安部の捜査官が派遣されるらしい。
そんな内容を通話で話している間にも軍警がやってきて湾岸警備隊の詰め所を制圧している。
イリーナはその郡警の中にも不穏な思念を発している人間が居るのを読み取って、船団公社に現場保全をしないとまずいと伝えると、正式な保安部員が来るまで、イリーナが保安部員として(そもそもイリーナは保安部員であるが)現場に介入できるように手筈を整えてくれることになった。
「ちょっと、チンペーこっち来て!」
「はいよ。」
イリーナはチンペーを引き連れて、軍警が押さえている湾岸警備隊の詰め所に向って歩く。
「木星船団公社保安部のイリーナ・イートンです。こちらはチンペー・イートン。」
チンペーはここで自分がなぜ呼ばれたか理解した。
「こんにちは木星船団公社保安部のチンペー・イートン三世です。お元気?」
軍警は露骨に嫌な顔をした。
イートンという女性が基地内に偶然いたところで何も気にしないが「イートン三世」と名乗る人間が目の前にいるのは極めて面倒だ。
親の七光りでデカい顔をしている無能なバカが、肩書だけは立派にぶら下げて現場にのこのこやってきたのだ。
「ご存じかもしれませんが……」
イリーナは明らかに証拠隠滅やる気満々の思念波を振りまいている軍警を一人見つけていた。
その隊員が、湾岸警備隊の事務のパソコンを操作しようとしている。
とりあえず、余計な事をさせないようにそいつの腕をつかみながら話をつづけた。
「……本件の捜査は木星船団公社が担当いたします。軍警の皆様には、私からの指示で捜査協力をしていただく事になっておりますので。」
腕を掴まれた警官がその腕を振り払うために立ち上がろうとする。
そいつの肩をチンペーが押さえた。
「ぐっ……!」
チンペーは駄馬かもしれないが、名門イートン家の筋力はしっかり受け継いでいる。
あくまでもサラブレットの中では劣るのだ。
恐ろしい力で肩を押さえつけられた警官は、そのまま立ち上がれずに椅子に座り込んだ。
チンペーは涼しい顔をして押さえつけている。
別にイリーナが危険だと思って怒ったわけではなく、涼しい顔を装っているわけでもない。
ただアホだから力加減が下手なだけだ。
「あと、もう一つ言っておきますが、私はニュータイプですので、皆さんの思念はある程度読めます。何卒、よろしくお願いいたします。」
イリーナは「ニュータイプ」という単語に戸惑う思念をチンペーから感じてビビった。
そういえば、夫はイリーナがニュータイプだったと知らなかったかもしれない。
「そうだったの?イリーナさん?」
「言い忘れてましたがそうだったの。」
イリーナは自分が赤面するのを感じていた。
「チンペー……あの……出会った日からずっと好きでいてくれてありがとう。」