青いガンペリーはキャルフォルニアベース上空でホバリングをしながら管制へ着陸許可を求めた。
イリーナだけではなく木星船団公社の人間は一様に警戒をしていたが、間もなくイリーナから「危険は無い」旨を告げられた。
「いやいや、タイミングが悪かったみたいで……我々はこの積み荷の改修作業にコチラへ寄らせていただきまして。」
大型の予備タンクを積んだ異様なガンペリーから降りてきた隊長は、オエドと名乗った。
オエド含め平均年齢は若いが熟練した5人による特殊部隊だという。
キャルフォルニアベースの割り当ての区画に鹵獲されたモビルスーツを運び込むと、現地の整備班とすぐに情報交換を始めている。
その間に、木星船団公社の地球本店からも調査員がやってきて、本格的な調査がはじまった。
そこになぜかオエドもくっついて回る。
オエドから悪意を感じないイリーナも、これはやや気持ち悪いと感じた。
「いやあ、私、モビルスーツに関してはさっぱりで、役に立たないので後学のために……」
「そ……そうですか……」
イリーナは嘘とも本当ともつかない感情を読み取って対処に困っていた。
リシュモンのように「なにも読めない」のではなく「何を考えているのか分からない」のがオエド大尉だ。
しかも、オエドは連邦軍からきちんと指令を受けて軍警と交渉し、木星船団公社の調査のお目付け役も「一応できる」立場らしい。
また、イリーナが気持ち悪がっているのにはもう一つ理由があった。
オエドの事を気持ち悪く感じているのはイリーナだけではないのだ。
木星船団公社の調査員も、軍警の人間も、イートン家が手を回した連邦軍の連中も、沿岸警備隊も、周囲を取り巻く全員がオエドの事をなんだか気持ち悪いと思っているのだ。
ちなみにオエドの風貌は若さ溢れる美男子だ。
モンテギューとそろうと黙っていればすぐにでもファンクラブが出来そうな正統派の美男子なのだが、とにかく気色悪い。
動きがどうとかではなく、組織内での立ち回りが気持ち悪い。
不可解が服を着て歩いているような男に、キャルフォルニアベース全体が拒絶反応を起こしている。
木星船団公社と沿岸警備隊は今は反目しあう敵対関係であってもおかしくないのに、オエド大尉が一人いるだけで「なんだかよく分からないけどオエド一味にはとっとと帰ってほしい」点で言行一致し始めている。
木星船団公社地球本店の調査員が来たことで基地に帰ってこれたヒカリも、オエドは苦手らしく、オエドの思念を感じ取ると、会わないように逃げ回っている。
ところがヒカリのニュータイプ能力をもってしてもオエドからは逃げられないらしく、よく捕まっては質問攻めにあっている。
そうこうしている間に、オエド小隊所有の鹵獲ゲーマルクの改修がかなり佳境に入っているようだ。
「恐ろしく急ピッチで進んでる……」
イリーナのつぶやきに通りすがりのメカニックが耳打ちした。
「皆、あのオエド遊撃隊に早く帰ってほしくて、協力的なんですよ。」
確かに、イリーナがゲーマルクを取り巻く人間の数を数えると、基地内のメカニックの半数ほどはここにいるのではないかと思えてくる。
イリーナは定期連絡でリシュモンにオエド大尉のハナシを振るとリシュモンからは「連邦の青い狸(たぬき)」と呼ばれていると返事があった。
しかも、リシュモンの世代よりももっと進化した耐ニュータイプ訓練も受けているそうだ。
リシュモンが獲得した能力は「思念が読まれない」能力であるが、どうやらオエド大尉の持つ能力は「ニュータイプを不快にする」能力のようだ。
ただし、そのどちらも生まれつき素養がある人間にしか身につかないという。
リシュモンはその話のついでに「リシュモン」という名前が耐ニュータイプ訓練で好成績を収めた諜報員のコードネームの一つだという事も返信してきた。
なのでフルネームはナサニエル・バーソロミュだという。
それですら養父につけられた名前だそうだが、それ以上の事は送られてこなかった。
そのテキストはキャルフォルニアベースにいる木星船団公社の人間は全員が読める為、皆が一様に驚いた。
「これは……初耳だったな」
リシュモンの話を元に調べてみると、宇宙世紀前後で西欧で焼失した貴族階級の名前を、地球連邦が強力な諜報員の名前として使用したものらしい。
なので宇宙世紀以前の旧体制の呼び方をすると、リシュモンは「リッチモンド伯ナサニエル・バーソロミュー」となるらしい。
リッチモンドをリシュモンと呼び変えたのは、連邦軍の人間によるとリシュモン本人ではないかとの話だった。
なお、その流れでオエド大尉の「オエド」もコードネームだと判明した。
「オエド」とは「大江戸」の発音がブレて生じた名前で、彼は旧体制の呼び方だと「オオエド伯」となるそうだ。
ただし、宇宙世紀以前の旧体制でも「オオエド」なる貴族は存在しなかったそうで、取ってつけたような雑なコードネームの命名法のようだ。
いずれにせよオエドがリシュモン級に強力な諜報員である可能性が出てきたため、木星船団公社の全員が気を引き締めようと意を一つにしたころ、オエド遊撃隊は回収済みのゲーマルクを積み込んで帰る事になった。
「それでは皆さん、ご協力ありがとうございました!」
青いガンペリーから手を振るオエドを見ながらキャルフォルニアベースの人間たちは果てしない虚脱感に襲われていた。
木星船団公社はオエドに重力下でも使えるズームネック型の有線サイコミュ兵器の技術とFCCの技術をパクられ、沿岸警備隊は前任者たちを処罰後わずかな事務員を除いて総入れ替え、キャルフォルニアベース所属のメカニックたちは自分の仕事そっちのけでゲーマルク改修を手伝わされる羽目になった。
軍警とイートン家が手を回した軍人がいなくなったキャルフォルニアベースはずいぶん閑散としているように感じる。
ヒカリはその景色を見ながら誰ともなく尋ねた。
「連邦の青いタヌキがオエド大尉ですよね?リシュモンもなんかそういう二つ名があったんですか?」
イリーナが無表情で答えた。
「黒いアフロらしい。」
「そのまんまじゃないですか。」
そう言いながらヒカリはリシュモンの黒々としたアフロヘアを思い浮かべた。