機動戦士ゾック~太岁の風   作:スナ惡

88 / 147
ガニメデL4計画~サンクチュアリ

木星へ行く船に保育士や小児科医、産婦人科医や助産師といった子育てインフラに不可欠な重要な人材が乗り込むことが決定し、地球圏全土で大々的な募集が行われた。

また、木星から漏れ聞こえてきた話によると、アステロイドベルトから資源惑星を曳航するのに成功した大枢党が資材の援助を行ったことで、本格的な総合病院の建造が進められているそうだ。

場所はカリストのアザニア基地内に一か所と、大枢党が曳航中の資源衛星フォイベス上にもう一か所だという。

アザニア基地は木星からの強い電磁波の影響から守るために他の木星圏の拠点同様にミノフスキー場を活用して電磁波からバリアされているが、そのミノフスキー場によって幾つかの医療機器がうまく機能しない。

新たにフォイベスに設置される病院は、フォイベスから離れた別の装置でミノフスキー場を発生させ、その陰にフォイベスを入れることで電磁波から守る設計になっている為、地球圏で利用できる医療機器が十全に機能する予定だ。

フォイベスは木星圏にまだ到達しておらず、曳航中だというが、曳航中にすでに建造が始まっている。

設置される宙域は木星とガニメデから見たL4の宙域で、そのL4宙域の最も木星に近い側中心に、人工衛星「グレートバリア」が4基、建造される。

このグレートバリアが作り出す巨大なミノフスキー場によって木星から発生される強力な電磁波が遮断される。

L4が選ばれたのはL5にはすでにそこそこ大型の拠点があって、それなりに成り立っているからで、そこに急にグレートバリアみたいなものを設置すると逆に不具合が生じる可能性があるからだ。

その4基のグレートバリアが作る三角錐の領域の中では、木星からの電磁波だけではなく、太陽風やガニメデからの電磁波もほぼ遮断される。

将来的にはその領域に木星圏初めてのコロニーを建造しようという話まで出ているが、その概要も見えない内から、木星圏の人間たちはL4を「サンクチュアリ」と呼び始めた。

 

「サンクチュアリって最初に呼んだ人間はなかなかセンスがあるな」

 

イェンがつぶやく。

イェンは大枢党本部であるコンティキ号の人口重力区画にいた。

そこで人造コーヒーを淹れながら一服しているところだ。

「淹れる」とはいっても人造コーヒーの粉をお湯で溶かすだけの話だが、それをマグカップに入れて飲むとなると人口重力が必要になる。

それはそれで贅沢な行為なのだ。

イェンが独り言をつぶやくのは別に彼が精神的にやられているからというわけではない。

地球の大気圏から出た人類は音から生命の危機に関わる情報を多く入手するようになった。

空調、気圧、人工大気の組成といった情報だ。

イヤホンで音楽を聴くのは楽しいが、イヤホンで聞く音はイヤホンと鼓膜が近すぎるせいでそうした危機を聞き取りづらくしてしまう。

なので、よほど安定したコロニーのような環境にいないスペースノイドは自ずと独り言が多くなったりする。

自分の声がいつも通り聞こえていれば、安全な可能性が高い。

そこまで頭を巡らせてコーヒーを啜るとイェンはなんとなくヒカリを思い出した。

減圧事故の時に一緒だったからだ。

 

「もしかすると、彼は私のはじめての同世代の友人になるのではないか?」

 

また独り言をつぶやく。

しかし、イェンは友達という概念を知ってはいても、友達という肌感覚は知らない。

きっと、フォイベスには友達に恵まれる新しい世代が現れる。

そう考えるとイェンは珍しく身震いした。

自分でも気づかなかったが今すごく、自分はワクワクしている。

生まれた時から、周りの大人は自分の事を「望まれて生まれてきた命」だと一生懸命に主張してきた。

それは一重に「望まれなかった存在」であることの裏返しだとイェンも自覚している。

だから、大枢党の人間たちに感謝している。

でも、サンクチュアリで生まれる子供たちは「生まれながらにして望まれた命」だ。

そう考えると自分という半端な存在がテロ行為にまで手を染めて生き延びてきたことにも意味が生まれる気がする。

テロリストの首魁として自分を処罰せずに、フォイベスの提供を受け入れた木星船団公社について、再度、考えを巡らせる。

木星船団公社は父を知らぬ、母を知らぬ、シャオ・イェンという得体のしれない人間に、木星で生まれる全ての子供の養父になる権利を与えてくれたのではないだろうか。

それは偶然であって、誰かが作為的にそう計らったことではないことは、イェン自身も重々承知している。

 

「しかし、運命は計ったのかもしれない。」

 

運命はイェンにそうしろと言っている気がする。

イェンは父親が何をする存在かは知らない。

しかし、全ての木星の子が誇れる人間にならなくてはいけない。

 

「木星の子らの長兄にして義父……」

 

イェンの口から発せられたその言葉の重みは、コンティキ号の居住区のよく管理された空気を通して、再びイェン自身の耳に届いて、イェンの胸の奥に突き刺さった。

 

「何としてでも……どんなに短期間であっても!私は木星大気圏内に定住してみせる!」

 

イェンは改めて自分の使命を自分の心に刻み付けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。