イートン家は悩んでいた。
木星にチンペーとイリーナを返すべきかどうかについてだ。
実のところ、二人も迷っていた。
チンペーは木星圏での活躍が知れ渡って、イートン家が「特別に気を使う」人間ではなくなっている。
イリーナもジオン公国軍が壊滅した事と、すでに木星船団公社社員としての地位を確立している事、さらにはイートン家の人間になったことで下世話なニュータイプ狩りの標的になることはもはやないだろう。
二人とも木星圏に是非ともいかなくてはいけない立場ではないのだ。
地球に残ったとしても、二人は地球の木星船団公社の社員として働き続けられることは確約済みだったし、特に木星船団公社としてはイリーナのような強力な諜報員を地球に残すことに前向きだった。
ただし、木星圏暮らしは二人にとって短くとも刺激的な体験であったため、第二の故郷と呼ぶにふさわしい場所だ。
まだまだ面白いことが沢山待っているだろう。
チンペーの父である地球のイートン家当主からすると、これから生まれてくるかもしれない孫が近くにいるのは極めて喜ばしいことだ。
しかし、当主は苦渋の決断を下した。
「イートン家としては!チンペーとイリーナさんが地球に残る場合、これを阻むことはないが!あくまでもイートン家としては!木星行きを支持する!!」
一族郎党が集められた家族会議で当主は半泣きでそう宣言した。
一族郎党、若干引き気味な熱量だが、とりあえず誰かしらが理由を尋ねると
「地球は再三、コロニー落としの危機に遭遇してきた!私としては孫……息子を手元に置いておきたい気持ちはあるが、木星圏にチンペーとイリーナさんが移住することで最悪の場合、イートン家の血筋は残る!」
「おおおーー」
チンペーの兄弟がこぞって拍手した。
まさか、根っからの「子供好き」の父がそんな理知的な理由で孫の顔を見るのを諦めるとは思わなかったからだ。
「しかし、その際は家督を長男に譲って、私も木星圏に移住する!!」
「アンタ、地球には他の孫もいるんですよ??」
イートン家当主は妻にたしなめられて泣いている。
「あああー!どこでもド……」
「ああああああああ!!」
「……が欲しい!!」
急に「ああああああああ!!」と大きな声をあげたのは長男だ。
「ふう……間に合った。父さん、二次創作の元を増やさんでください。私が叫ぶのが遅れていたら、まためんどくさいことになりましたよ?……まあお二人とも、そういう事なのでイートン家は引き止めもしないし追い出しもしないという事です。」
最後は長男が出てきて話をまとめた。
イートン家は優秀な血筋なのだ。
結局、二人は木星圏へ帰る事にした。
*****
「忘れ物、ないよね?」
「昨日、確認しました。」
木星行きに際して妙に弱気なチンペーをイリーナがいさめる。
今から二人が乗る船は、地球から月への連絡船だ。
そこから船を乗り継いで2型のジュピトリスに乗って木星へ帰る。
さて木星船団公社からの情報によると、今回の木星行きは計画通り保育士と医療関係者を満載した船になった。
特に過疎地や低重力のコロニーのような保育や医療の難しい場所での経験がある人間が選ばれた。
また、ネオジオン抗争を生き延びた人間も若干数、木星へ向かうという。
その船にさらにチンペーとイリーナも乗り込む予定だ。
「じゃあ、また木星で」
フリース一家とオジャイル夫妻はチンペーとイリーナを見送ると、そのまま宙港近くのファミリーレストランで食事することにした。
ヒカリとクロエは木星圏へ帰るのを13か月後の船と決めていた。
小児科医がミライの年齢が1歳半ぐらいから長期の宇宙旅行に耐えられるという判断を出したからだ。
ちなみに今回の木星行きの船は居住区は1Gまでしか加速しないことが決まっていて、次回もそうなる予定だ。
これは木星圏に高重力順応施設が完成する目途が立ったからだ。
一重に資源惑星を運び込んだ大枢党の手柄と言える。
これによってジュピトリスの中で2.5Gを体験する必要がなくなったので、ミライが幼いうちに木星圏へ移住できる手筈が整った。
また、当初、アザニア基地内に建設が予定されていた学園都市はガニメデに対するL4宙域に新設される「フォイベス」という資源惑星をコロニー化して建設されるらしい。
現在、フォイベスについては新しい名前を検討中らしいがオリュンポスコロニーの名前が有力視されているそうだ。
チンペーとイリーナが木星圏にたどり着くのは宇宙世紀92年、ヒカリとクロエがたどり着くのは宇宙世紀93年になる予定だ。
食事中、クロエの両親、オジャイル夫妻から、二人は地球圏に残ることを打ち明けられた。
地球圏でクロエの母はずいぶん精神的に安定したが、再度の木星行きには耐えられないと本人と周囲の見解が一致したからだ。
対してクロエは木星に戻ることを強く決意していた。
ヒカリの両親も木星に戻るつもりだという。
ヒカリは最初に木星へ行く船に乗った時、自分では何も決められなかったが、今回は自分で決めることができるんだな、とそう思った。
そして、自分では決められないミライを見る。
きっと、地球から飛び立って宇宙へ出たスペースノイドたちの多くがそうした人生の決断を行ったのだろう。
そして、その結果を多くの子供たちが受け入れざるを得なかった末に宇宙世紀は来たのだろう。
ヒカリは心の中でミライに「ごめんな、お父さんの勝手に付き合わせて」と謝った。