リシュモンは最近はずっと木星船団公社の中心的拠点であるオールドワンにいた。
そして今は1Gの人工重力がかかっている居住区の自室でダンベルを持ってスクワットをしている。
1G下で生活していれば、筋トレはそんなに必要ではないが、リシュモンは木星の大気圏内に拠点を作る計画があると聞いて以来、2.5Gに対応するべく筋トレを続けていた。
いつ、救助活動などで呼び出されるか分かったものではないからだ。
木星大気圏内に拠点を作るのは一見バカげた計画だが、木星船団公社の本分は「地球圏に核燃料を送ること」だ。
これまでは大気圏外から木星大気の上層部を吸い上げて、濃縮していた。
その、濃縮作業が予め木星の大気圏内で行われるとすると手間も労力も大幅に省ける。
大気の汲み上げは出来るだけ長い時間、汲み上げパイプを大気に突っ込んでいないと採算が合わなくなる高度な職人による作業だ。
それが、これからは輸送船がアガリクス1号型と大枢党が名付けた拠点と低周回軌道を往復すればポンプによる汲み上げ1週間分ほどの核燃料が一気に手に入るのではないか?と試算されている。
今のところ1週間連続でくみ上げるとなるとよほど調子のよい気流を発見して、それが長期間維持されるタイミングにぶち当たった時に限られている。
年に数回あるかないかのハナシなので、大気圏内拠点が試算通りの活躍をした場合、ガス資源汲み上げの業務はずいぶん効率が改善されることになる。
ただし、一つ拠点が増えただけではまだ何ともならない。
これまで通り、汲み上げ船は活動し続けることになる。
「木星はキノコだらけになるかもなあ……」
リシュモンはスクワットから運動を懸垂に替えながら独り言をつぶやいた。
「キノコ」とは今回、大枢党が成功させた拠点の通称だ。
リシュモンは筋トレはめんどくさいが、大枢党の成し遂げた事業についてはとても心嬉しく感じていた。
「木星に実際に住んでるシオ・イェンがいる限り、木星の周りを漂ってるだけのオレたちは迂闊に『木星帰り』なんて言えねえなあ……」
リシュモンはまた独り言をつぶやいてニヤッと笑った。
独り言が多いのは、辺境のスペースノイドのクセだ。
あとは、リシュモンも独り言が多い年齢になってきたという事かもしれない。
*****
保安部は今のところ平穏だった。
今日の会議の議題もあまり目を引くものはない。
リシュモンは安穏な暮らしをしたい気持ちもあったが、この平穏を利用して保安部員たちを育てる大役を果たさなければならない。
積極的に若者を起用して、いっぱしの保安部員に育てるのだ。
そのため、リシュモンの昨今の仕事は保安部員の失敗のしりぬぐいが中心だ。
ーー活きの良い新人は、見てる分には楽しいんだが、自分が使うとなると腰に来るんだよなあ……
数年前に木星に来たストークという若者を見ながらリシュモンはそんなことを考えていた。
バリバリのニュータイプで武闘派気質だが、まだ木星圏の仕組みについて分かっていない部分が多いようだ。
木星は人類のエネルギー源であり、恵みの星だが、落ちてしまったら助からない。
ずっと、木星の中の事ばかり考えて生きているような大枢党の連中なら木星に落ちても生き延びるだろうが、前途ある若者を丸腰でアンモニアの雲に突っ込ませるわけにはいかない。
「木星圏は地球圏とは違う。ノリと勢いで航行計画を立てると、命を落とすぞ。まずは航行計画を立てられるようになる事だ。確かに通常業務ではシミュレーターを使って航行計画を立てるが、保安部員は『シミュレーターの立てた航行計画の万が一のミスを見破れる』ことが出来ないと仕事にならない。当たり前だが木星圏を飛ぶ船は、地球圏と違って電波通信ができない。救難信号を送る時ですら、救難信号の送り先をレーザー通信で狙い撃つ必要がある。」
リシュモンはそう語りながら、勢いに任せて立ち上がろうかと思ったが、思いのほか筋肉痛がひどくてやめた。