帝都。
黒鉄と霧に包まれた宮殿は、夜のように沈んだ静寂の中にあった。
その最奥、玉座の間は人の気配を拒むような冷たさに満ちていた。
高い天井には光ひとつなく、壁は竜の骨を象った彫刻で飾られ、
中央の玉座には、黒い鎧の男が、じっと座っていた。
「……来たか」
男の声は、低く、疲れていた。
玉座の前に、三人の影が並ぶ。
一人は、巨人のような巨体の男、ノレグラ。
無骨な右腕は金属の義肢で、時折、火花を吐いた。
その隣に立つのは、灰色の髪を揺らす少女——リィカ。
無表情のまま、皇帝の前にいる。
最後に、黒い竜の紋章を胸に刻んだ騎士——イウヴァルトが静かに立っていた。
兜の奥から鋭い眼差しを皇帝に向けている。
「……ハンチが死んだ」
皇帝の声は、まるで深い井戸の底から響くようだった。
ノレグラが片眉をぴくりと上げる。
「……本当っすか?あのケルピーが、やられるなど……」
「確かですか?」とイウヴァルト。
皇帝はゆっくりと顎を引いた。
「確かだ。竜騎士が現れた。白金の竜に乗る少女。名は……セレン」
静寂。
ノレグラの義肢がぎしりと音を立てた。
「白金……まさか、竜の卵が……」
リィカは微かに瞼を伏せ、口をつぐむ。
イウヴァルトだけが微動だにせず、皇帝を見据えていた。
「セレン…ですか」
皇帝は応えなかった。
代わりに、深く椅子に身を沈め、肩を落とした。
「……厄介だ。あの竜と共にある者は、我らの計画を阻む」
その声には苛立ちも怒りもなかった。
ただ、深い倦怠と疲弊があった。
「陛下、次なる命は?」
イウヴァルトの声は低く、乾いていた。
皇帝はしばらく黙り込み、やがて言った。
「……ノレグラ。お前が動け」
男がゆっくりと前に出る。
「はい」
「お前のゴーレムには、白金の竜もかなわぬだろう。 ——やつらの骨を私に献上しろ」
リィカの灰色の瞳に、一瞬だけ迷いが走ったように見えた。
ノレグラは自身に満ち溢れたように答えた
「命に従います」
「リィカは帝都の防衛を強化しろ。奴らに門が破られぬよう、護りを厚くせよ」
「はい」
皇帝の視線が最後に、イウヴァルトへと向けられる。
「そして……イウヴァルト。お前は、まだ動くな」
「……なぜですか?」
「この国の最後の剣は、すべてを刈り取るときまで抜かぬ。
それが、わたしの……最後の願いだ」
イウヴァルトは、しばし無言で皇帝を見つめた。
やがて、静かに片膝をつく。
イウヴァルトは、しばし無言で皇帝を見つめた。
やがて、静かに片膝をつく。
「……御意」
玉座の間に再び静寂が戻る。
やがて三人は影のようにその場を去っていった。
残された皇帝は、一人、玉座に沈み込んだまま、仰ぎ見た天井をぼんやりと見つめた。
「……白金の竜か。またなのか」
その声はどこまでも疲れ果てていた。
まるで、すべてを終わらせたいと願うような……終焉を望む者の声だった。
玉座の間に吹いた風は冷たく、長い夜の予感をはらんでいた。