カリュナスの竜騎士   作:yumui

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イウヴァルト

夜の帝都。

 風が唸り、塔の上空を裂くように白と黒の影が交錯する。

 

 白金の竜・エルと、漆黒の竜。

 竜たちは、空を焼き、雷を割り、真夜中の空で激突していた。

 

 一方、地上では、反乱軍が四方の門から突入していた。

 セレンは王都の裏口から侵入し、剣を手に王城の奥へと駆けていた。

 

 

 「エル……死なないで。私も終わらせるから……!」

 

 石畳の廊下を抜けたその先には…

 

——ノレグラが立ちはだかっていた。

 

 「おお、小娘!久しぶりだなあ」

 

  巨躯。背にはあの巨大な斧。

 

 ノレグラは笑った。その眼の奥に、わずかに動揺があった。

 

 

 「……妙だなあ、お前、何かが違う。

 あのときは受けに回るだけだった小童が、今はまるで……獣のような殺気をまとっているな」

 

セレンは答えない。ただ、静かに剣を構えた。

 

 

 ノレグラは斧を構えた。

 

 「来い、竜騎士。見せてみろよ、その風の答えを」

 

 先に動いたのはノレグラだった。

 

 床を砕く踏み込み、巨斧が真横から迫る。

 

 

——が、セレンは動かない。

 

刹那、風が彼女の身体を押し出すように動き、

 斧の軌道をすり抜けるように前進した。

 

 

 「なっ……!」

 

 セレンは斬り返す。刃がノレグラの脇腹の隙間を斬った。

 

 

 ノレグラは後退しつつ、斧を地面に叩きつけて魔力を放出。

 爆風が廊下全体を覆う——が、セレンはすでにそこにいなかった。

 

 

 天井から着地し石の上を滑るように舞い、一撃を放つ。

 ノレグラの肩の装甲が斬り飛ぶ。

 

 「てめえ…!? いつのまにこんなに強く……!」

 

 

 セレンが跳ぶ。

 ノレグラが斧を振り上げ、真正面から受けようとしたが、ただ気配だけが過ぎ、ノレグラの鎧が裂け、斧が弾かれた。

 

 ノレグラの巨体が、崩れるように膝をついた。

 剣が首を貫通していた。

 

同じ頃、空では、白と黒の竜が激しく衝突を繰り返していた。

 

 エルはすでに何度も傷ついていたが、その瞳は消えていない。

 

 エルが白炎を解き放つ。

 それは、すべてを焼き尽くすような光。だが黒龍の咆哮がそれを切り裂く。

 

 空が砕け、雷が逆巻き、

 両の翼がぶつかり、帝都の塔の一部が崩れ落ちる。

 

 そして、どこかで鐘の音が鳴った。

 それは、反乱軍が王城中枢への突入に成功したことを告げる音だった。

 

 #

 

王城の奥。玉座の手前、長い赤絨毯の廊下を、セレンは駆けていた。

 剣を携え、空に響く竜の咆哮を背に受けながら。

 

 

 その先に、誰かがいた。

 

 

 黒き甲冑。

 漆黒の竜を従える男——イウヴァルト。

 彼は、廊下の中央で静かに立っていた。

 

 そして、手にした兜をゆっくりと外す。

 

 「……やはり、お前か。ここまで来るとは思っていた」

 

長い黒髪。

 だが、その目元にはどこか懐かしい面影があった。

 

 「あなた……」

 

 

 「セレン。……俺だよ。お前の兄だ」

 

 

 「……兄、だって? 兄は……ずっと、行方不明に……!」

 

「俺は、竜騎士団に選ばれた。

 それから全てが始まった。」

 

 イウヴァルトはゆっくりと語り始めた。

 

 

 「竜は、美しい。強く、空を支配する生物だ。

 だが……同時に、膨大な魔力を食らう魔力の炉でもある。

 竜が増えるほど、この国の大地から魔力が吸われ、

 土は枯れ、雨は止み、作物は実らなくなった」

 

 セレンは言葉を失っていた。

 

「だからって……それで、竜騎士を殺す理由になるの?」

 

 「竜を愛していたからこそ、殺したんだ。

 これ以上、地が死ねば、人も竜も滅びる。

 俺は……すべてを止めなければならなかった」

 

 

 「……皇帝に従うことが、それだったの?」

 

 

 「皇帝は確かに変わった。だが、奴は魔力の封印を望んでいた。

 竜を、そして竜騎士を、歴史から消すことで世界を救おうとした。

 ——俺には、それが、正しかったと思えた」

 

「エレンも……あなたの竜も、あのとき殺された。

 エルディーンも……それでも、あなたは、何もしなかったの!?」

 

 ライヴの瞳が揺れた。

 

 「 エレンは、俺を止めるために剣を取った。

 ——それでも、俺は止まれなかった。止まったら、自分が崩れてしまうからだ」

 

 セレンは、剣を握りしめた。

 

 

 「あなたは、自分の正義のために、すべてを犠牲にした。兄だってことを、いま知っても……私はあなたを許せない」

 

 風が、静かに吹いた。

 

 「そうだろうな。だが、それでも俺は——」

 

 イウヴァルトは剣を抜かないまま、背を向けた。

 

 「俺の中の兄”……まだ、死んでいないとしたら、

 最後の答えは、お前の刃で示してくれ」

 

 窓と壁が破壊され、黒龍が廊下に姿を表した。

 

#

 

 

黒雲が、王都の上空を覆っていた。

 雷鳴が鳴り響く中、空にはふたつの影があった。

 

 一つは、白金に輝く竜――エル。

 もう一つは、漆黒の焔を纏う竜

 

 その背には、かつて兄と呼んだ男――ライヴと、

 妹として生まれ、竜騎士となった少女――セレンがいた。

 

 「もう……止まれないの、兄さん……!」

 

 空を裂くように、剣がぶつかる。

 風と炎、鋼と焔。竜が咆哮し、大気が震える。

 

「俺は、ただ滅びを遅らせたかった。竜を減らせば、魔力が戻ると……!」

 

 「でも、あなたは間違ってる! 私たちは生きている! 空を飛び、生きてる!」

 

 

 剣が、斧が、竜の背で激突する。

 

 セレンの剣が頬をかすめた。

 

 イウヴァルトの大剣が、エルの翼を焼き裂いた。

 

「セレン……俺を憎め。だが、俺もまた、お前の空を愛している」

 

 その言葉に、セレンの動きが一瞬止まる。

 その隙を、イウヴァルトは斬らなかった。

 

 「……兄さん」

 

 雷が轟いた。

 

 風が吼えた。

 

 そして、二人はまた動き出す。

 

エルが旋回し、急降下から空へと駆け上がる。

 セレンはその勢いを受け、宙を駆けるように斬りかかった。

 

世界が静かになり、次の瞬間、イウヴァルトの肩当てが吹き飛ぶ。

 

 「その剣、彼女の技だな。エレンの」

 

 「うん。私、もう一人じゃない。みんな、私の中にいる」

 

 イウヴァルトの目が揺れる。黒竜が一瞬、飛翔を乱す。

 

 その瞬間を、セレンは逃さなかった。

 

「これで、終わらせる……!」

 

 剣が、黒竜の胸を貫いた。

 咆哮が響き、黒龍がもがくように空を裂いて墜ちる。

 

彼は静かに、空に浮かんだまま、セレンを見た。

 

 「……お前は、俺よりも強かった」

 

 セレンは剣を下ろした。

 

 「違うよ。私は、みんなに教えてもらっただけ。

 兄さんは、一人で戦って、一人で壊れていったんだ」

 

 イウヴァルトは、崩れたように微笑んだ。

 

 

 黒竜が、夜明けの光に溶けていく。

 イウヴァルトの身体もまた、風に抱かれるようにゆっくりと落ちていく。

 

 「兄さん、風に還って……あなたの空へ」

 

 

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