カリュナスの竜騎士   作:yumui

15 / 15
別れ

王城の玉座の間。

 かつては帝国の威光を象徴した大理石の間は、今や空虚な静寂に包まれていた。

 

 天蓋の奥に、黒き鎧をまとい、玉座に座す皇帝。

 その傍らに控えるのは、灰色の髪の美少女――リィカ。

 

 そこへ、冷たい風が吹き込む。

 

 扉が軋む音と共に、ひとりの女性が現れた。

 銀の鎧に紅の外套、決然とした瞳を持つ反乱軍の長――タルラ。

 

 「父上……そして、リィカ」

 

玉座の奥で、皇帝がわずかに頭を動かす。

 だがその顔には、もはや人間としての温度はなかった。黒く、沈んだ目。

 

 「来たか、裏切りの娘よ。貴様の運命は、この場で終わる」

 

 

 「違う……今日こそ、あなたという過去を終わらせるために来た」

 

 リィカが一歩、前に出る。

 

 「タルラ……どうして私の前に立つの?」

 

タルラは、剣を抜かずに静かに言った。

 

 

 「リィカ、あなたは本当に、皇帝のためだけに生きたかったのか?」

 

 リィカの目が揺れる。

 

 

 「私は……皇帝に命を救われた。私の村が滅ぼされそうだった時、皇帝は力を与えてくれた。

 私は……それに報いるために……!」

 

 「違う。あなたは誰かのために戦うことができる子だった。

 あの時、一緒に花を摘んだ少女は、こんな冷たい目をしていなかった」

 

その言葉に、リィカの手が震えた。

 

 「やめて……そんなことを言われたら……!」

 

 皇帝が魔力の手を掲げる。

 

 「黙れ。貴様の情など、我には不要。

 リィカ、お前は剣であればよい。感情など、我がために刈り取ってきたではないか」

 

 リィカの目に、確かな涙が浮かんだ。

 

 「……もう、黙って」

 

 彼女はゆっくりとタルラの前に剣を構える。

 

二人の剣がぶつかる。

 

 銀と黒、過去と現在。かつて共に笑った少女たちは、今、命を賭して剣を交える。

 

 

 タルラの剣は、重くも優しい。殺すことを拒むような太刀筋。

 リィカの剣は、鋭くも震える。迷いが刃の先に浮き出ていた。

 

 「あなたの剣には……悲しみが宿ってる……!」

 

 「お前の剣にも……迷いがある……!」

 

 その言葉が交わった瞬間、二人の剣は交差し、弾き合い、

 リィカの刃がタルラの肩をかすめた。

 

血が流れる。だがタルラは、なおも前へ進む。

 

 

 「リィカ。私はあなたを救いたい。帝国の剣としてじゃない。

 私の友達として……!」

 

 リィカの動きが止まる。

 

 「……友達……私は、そんな風に……呼ばれて……」

 

「無駄な言葉遊びは終わりだ。貴様らの感情など、すべて無価値!

 この国も、人も、竜も、すべて我が器の一部でしかない!」

 

 その瞬間、皇帝が放った魔力が、タルラを空中に浮かせて押し潰す。

 彼女は宙を舞い、剣が床に落ちる。

 

「が……っ……!」

 

 苦悶に満ちた声。

 魔力の光が彼女の身体を締め上げていく。

 

 「やめて……!」

 

 リィカが叫ぶ。手にした黒剣が震える。

 

 皇帝は振り返らない。

 

 「貴様は、我が剣。感情を捨てよ」

 

 リィカの瞳に涙があふれた。

 

「私が……誰かの命を……奪ってきたのは……

 こんな……こんな人のためだったなんて……!!」

 

 そして、彼女は——剣を皇帝の背へと突き立てた。 

 

 黒剣が皇帝の背を貫いた。

 

 魔力の制御が崩れ、タルラが解放され、落ちる。

 

 

 「ぐ……あああああああ!!」

 

 

 皇帝の身体がぐらつく。

 

 その瞬間、タルラは拾い上げた剣を握り直し、駆け出す。

 

  「あなたはもう、人ではない!」

 

剣が皇帝の胸を深く貫いた。

 

「う……う……我は……我はまだ……!」

 

 黒い霧が吹き出し、玉座が崩れ落ちる。

 皇帝の身体は黒い影に包まれ、そして——   

 

壁を突き破りエルとセレンが現れた。

 

竜の炎が皇帝の身体を焼き溶かしていく。

 

 「……終わりだ」

 

 タルラの静かな声が、最後に響いた。

 

#

 

 

春の風が、まだ雪の残る大地を吹き抜けていた。

 

 帝国は王国に変わり女王タルラによって公平に統治されている。かつて帝国の中心だった帝都は、いまや瓦礫の中に希望を芽吹かせようとしていた。

 人々が集い、崩れた建物を修復し、花壇に種を植える。

 空には穏やかな風が吹き、そして――竜の姿は、もうなかった。

 

 

 王城の丘の上。

 セレンは、ひとり腰を下ろして空を見上げていた。

 

「セレン」

 

 背後から、柔らかく響く声。

 振り返れば、白金の鱗に陽光を反射させながら、エルが立っていた。

 

  セレンは微笑み、小さく頷く。

 

 「わかってたよ。もうすぐ旅に行くんでしょ?」

 

「……ああ。僕たち竜は、また一人になる。

 また竜が増えれば大地は貧しくなってしまう」

 

エルはゆっくりと翼を広げた。

 

 「人の世界で、君と過ごした日々は……宝物だった」 

 

 セレンは立ち上がり、竜の額に手を当てた。

 その額はあたたかく、そして懐かしい匂いがした。

 

 「私も同じだよ。

 エルと出会わなかったら、こんなにも空を好きにならなかった。

 こんなにも、誰かを信じることを知れなかった」

 

風が、彼女の金髪を揺らす。

 

 「だから、もう泣かない。あなたが遠くへ行っても、

 私の心は、いつだってエルと一緒に飛んでるから」

 

 エルの瞳が細くなる。

 

セレンは笑って、少し涙ぐんだ。

 

 「エルレイラって名前……気に入ってたでしょ?」

 

 「うるさい。……でもまあ、悪くなかったよ」

 

 

 ふたりは笑った。

 そして、最後の静寂が訪れた。

 

 「エル」

 

 「……ああ」

 

 白金の翼が、音もなく広がる。

 竜の身体が風に乗るように宙へ浮き、丘を囲むように渦を巻く。

 

 セレンは、その背を見送った。手は、もう震えていなかった。

 

 「またね。いつか空の上で会おう。エル」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。