王城の玉座の間。
かつては帝国の威光を象徴した大理石の間は、今や空虚な静寂に包まれていた。
天蓋の奥に、黒き鎧をまとい、玉座に座す皇帝。
その傍らに控えるのは、灰色の髪の美少女――リィカ。
そこへ、冷たい風が吹き込む。
扉が軋む音と共に、ひとりの女性が現れた。
銀の鎧に紅の外套、決然とした瞳を持つ反乱軍の長――タルラ。
「父上……そして、リィカ」
玉座の奥で、皇帝がわずかに頭を動かす。
だがその顔には、もはや人間としての温度はなかった。黒く、沈んだ目。
「来たか、裏切りの娘よ。貴様の運命は、この場で終わる」
「違う……今日こそ、あなたという過去を終わらせるために来た」
リィカが一歩、前に出る。
「タルラ……どうして私の前に立つの?」
タルラは、剣を抜かずに静かに言った。
「リィカ、あなたは本当に、皇帝のためだけに生きたかったのか?」
リィカの目が揺れる。
「私は……皇帝に命を救われた。私の村が滅ぼされそうだった時、皇帝は力を与えてくれた。
私は……それに報いるために……!」
「違う。あなたは誰かのために戦うことができる子だった。
あの時、一緒に花を摘んだ少女は、こんな冷たい目をしていなかった」
その言葉に、リィカの手が震えた。
「やめて……そんなことを言われたら……!」
皇帝が魔力の手を掲げる。
「黙れ。貴様の情など、我には不要。
リィカ、お前は剣であればよい。感情など、我がために刈り取ってきたではないか」
リィカの目に、確かな涙が浮かんだ。
「……もう、黙って」
彼女はゆっくりとタルラの前に剣を構える。
二人の剣がぶつかる。
銀と黒、過去と現在。かつて共に笑った少女たちは、今、命を賭して剣を交える。
タルラの剣は、重くも優しい。殺すことを拒むような太刀筋。
リィカの剣は、鋭くも震える。迷いが刃の先に浮き出ていた。
「あなたの剣には……悲しみが宿ってる……!」
「お前の剣にも……迷いがある……!」
その言葉が交わった瞬間、二人の剣は交差し、弾き合い、
リィカの刃がタルラの肩をかすめた。
血が流れる。だがタルラは、なおも前へ進む。
「リィカ。私はあなたを救いたい。帝国の剣としてじゃない。
私の友達として……!」
リィカの動きが止まる。
「……友達……私は、そんな風に……呼ばれて……」
「無駄な言葉遊びは終わりだ。貴様らの感情など、すべて無価値!
この国も、人も、竜も、すべて我が器の一部でしかない!」
その瞬間、皇帝が放った魔力が、タルラを空中に浮かせて押し潰す。
彼女は宙を舞い、剣が床に落ちる。
「が……っ……!」
苦悶に満ちた声。
魔力の光が彼女の身体を締め上げていく。
「やめて……!」
リィカが叫ぶ。手にした黒剣が震える。
皇帝は振り返らない。
「貴様は、我が剣。感情を捨てよ」
リィカの瞳に涙があふれた。
「私が……誰かの命を……奪ってきたのは……
こんな……こんな人のためだったなんて……!!」
そして、彼女は——剣を皇帝の背へと突き立てた。
黒剣が皇帝の背を貫いた。
魔力の制御が崩れ、タルラが解放され、落ちる。
「ぐ……あああああああ!!」
皇帝の身体がぐらつく。
その瞬間、タルラは拾い上げた剣を握り直し、駆け出す。
「あなたはもう、人ではない!」
剣が皇帝の胸を深く貫いた。
「う……う……我は……我はまだ……!」
黒い霧が吹き出し、玉座が崩れ落ちる。
皇帝の身体は黒い影に包まれ、そして——
壁を突き破りエルとセレンが現れた。
竜の炎が皇帝の身体を焼き溶かしていく。
「……終わりだ」
タルラの静かな声が、最後に響いた。
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春の風が、まだ雪の残る大地を吹き抜けていた。
帝国は王国に変わり女王タルラによって公平に統治されている。かつて帝国の中心だった帝都は、いまや瓦礫の中に希望を芽吹かせようとしていた。
人々が集い、崩れた建物を修復し、花壇に種を植える。
空には穏やかな風が吹き、そして――竜の姿は、もうなかった。
王城の丘の上。
セレンは、ひとり腰を下ろして空を見上げていた。
「セレン」
背後から、柔らかく響く声。
振り返れば、白金の鱗に陽光を反射させながら、エルが立っていた。
セレンは微笑み、小さく頷く。
「わかってたよ。もうすぐ旅に行くんでしょ?」
「……ああ。僕たち竜は、また一人になる。
また竜が増えれば大地は貧しくなってしまう」
エルはゆっくりと翼を広げた。
「人の世界で、君と過ごした日々は……宝物だった」
セレンは立ち上がり、竜の額に手を当てた。
その額はあたたかく、そして懐かしい匂いがした。
「私も同じだよ。
エルと出会わなかったら、こんなにも空を好きにならなかった。
こんなにも、誰かを信じることを知れなかった」
風が、彼女の金髪を揺らす。
「だから、もう泣かない。あなたが遠くへ行っても、
私の心は、いつだってエルと一緒に飛んでるから」
エルの瞳が細くなる。
セレンは笑って、少し涙ぐんだ。
「エルレイラって名前……気に入ってたでしょ?」
「うるさい。……でもまあ、悪くなかったよ」
ふたりは笑った。
そして、最後の静寂が訪れた。
「エル」
「……ああ」
白金の翼が、音もなく広がる。
竜の身体が風に乗るように宙へ浮き、丘を囲むように渦を巻く。
セレンは、その背を見送った。手は、もう震えていなかった。
「またね。いつか空の上で会おう。エル」