カリュナスの竜騎士   作:yumui

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名前

倉庫の裏の窓から、月の光がそっと差し込んでいた。

 

 白金の竜は、セレンの腕の中で目を閉じている。ひと月前に生まれたときよりも、ずっと大きくなった。すでに犬くらいの大きさで、翼の先がそよ風のようにふわりと動く。

 

 ただ、ひとつだけ問題があった。

 

「名前、どうしよう……」

 

 セレンは、頬杖をついてドラゴンの額をつついた。

 

「ずっと“あかちゃん”って呼んでるけどさ、さすがにかわいそうよね」

 

 ドラゴンはうとうとしながら、ぐるると喉を鳴らした。

 

 #

 

 次の日、セレンは村の奥の坂道を登っていた。目指すのは、石壁に囲まれた一軒家。風に揺れるハーブの香りが漂い、窓辺に本と干し草の束が並ぶ家——物知りのエレンの家だ。

 

 「名前? ドラゴンの? また変わったことを聞きに来たな」

 

 そう言って現れたのは、淡い茶髪をゆるく流した女性だった。村でもっとも多くの本を持ち、昔の言葉や星の名前まで知っていると噂されている。

 

 

セレンは、白金の卵から孵ったこと、小さな竜が日に日に育っていることをそういう夢を見たていで話した。

 

 エレンはお茶を出しながら、興味深そうに頷いていた。

 

 

 

 「ふむ、白金の鱗……なら、輝きや空を意味する名前がいいな」

 

 

 

 彼女は棚から古い本を取り出し、次々に名前を語った。

 

彼女は棚から古い本を取り出し、次々に名前を語った。

 

 「たとえばサルヴァリオン。神話の空の守護者」

 

 「あるいはアストリアス。星の子という意味」

 

 「ルフェリオンっていうのも響きが綺麗だ。風と銀の古い語」

 

 

 

 セレンはうーんと唸った。

 

 「どれもすてきだけど……なんか、ちがう気がする」

 

 「うーん……あ、昔どこかで聞いた名前があったな」

 

エレンは少し遠くを見るような目をして、静かに語った。

 

 「エルレイラ。遥かな時を越えて空を翔けた竜の名前。意味は白金星」

 

 セレンの手が止まった。

 

 その名が、胸の奥にすとんと落ちた気がした。

 

#

 

その夜。

 

 セレンは倉庫の扉をそっと閉じ、いつもの干し草の上に座った。白金の竜はすでに起きていて、羽をばたつかせてじゃれついてきた。

 

 「君の名前決めたんだ」

 

 竜は頭を傾ける。

 

 セレンはにっこりと笑った。

 

 「エルレイラ。どう? 古い言葉で白金の星って意味なんだって」

 

 竜はぴくりと尾を動かし、じっとセレンを見た。

 

 

 

 そして——

 

 喋った。

 

「……ながい」

 

 「えっ!? しゃべった!? しゃべれるの!?」

 

 「……しゃべれるよ。もう、生まれてからだいぶたつし」

 

 セレンはあわてて口元を押さえたが、口角が上がってしまう。

 

 「じゃあ、ちゃんと聞くけど。エルレイラって名前、どう?」

 

 竜は一瞬黙ってから、少し気まずそうに言った。

 

 「かっこいい。でも、女の子みたい」

 

 「えっメスじゃないの?」

 

 「僕、オスだよ。しっぽ見て。ほら、ひらひらしてない」

 

 セレンは噴き出して笑った。

 

セレンは噴き出して笑った。

 

 「ごめんね。でも似合ってるよ。あなた、光みたいだから」

 

 竜は拗ねたように口をとがらせた(竜なのに)。

 

 セレンは頬を軽くつついて言った。

 

 「じゃあ、こうしよう。エルレイラは正式な名前。でも、ふだんはエルって呼ぶ。それでいい?」

 

 「うん、エル、ならいい」

 

 

 

 その日から、セレンとエルの暮らしは少しずつ変わった。

 

エルは急速に成長していった。日々身体は大きくなり、声もはっきりし、翼も力強くなった。隠れて暮らすには手狭になってきたこともあり、セレンはこっそり近くの森へと移動させた。森の奥には小さな洞窟があり、そこをエルの家とした。

 

 

 

 エルは毎日森を飛び、草の上でごろごろし、星を見ながらセレンと語り合った。

 

 

 

 「セレンは、どうして僕を育ててくれたの?」

 

 「それはうーん、運命?」

 

 「よくわかんない」

 

「でもね。私、ずっと一人だったの。村には人がいるけど、心の中はずっと、誰かを待ってた気がするの。あなたが来て、空いたところが、やっと埋まったの」

 

 「僕も。セレンが初めてのひと」

 

 

 

 エルはその言葉を、何度も繰り返して呟いた。

 

 「エルレイラ、わるくないかも」

 

 「でしょ?」

 

 

 

 夜空の下。

 

 少女と竜が笑い合う声が、森に静かに溶けていった。

 

 

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