それは、突然だった。
いつものように鍛冶場で火をくべる父・ガルスの手を、セレンが手伝っていた午前。
村の空に、太陽を覆う影が差した。
「……なに?」
見上げた空に、黒い翼。燃えるような瞳を持つドラゴンが舞っていた。
その背に、重厚な黒鎧をまとった男が立っている。兜から覗く口元には、不気味な笑み。
「卵を渡せ。さもなくば、村ごと焼き払う」
地響きのような声が、空から落ちてきた。
セレンは息を呑む。心の奥に、嫌な予感が広がった。
まさか、エルを?
村人たちは戸惑い、震えた。誰も卵のことなど知らないはずだった。だが男は一切の弁明を聞かなかった。
「隠しているのか?ならば、ひとつずつ焼くだけだ」
次の瞬間、黒竜の口から黒炎が放たれた。
村の中央が火に包まれ、家が、畑が、悲鳴とともに崩れ落ちていく。
セレンは必死で父の腕を引いた。
「逃げよう、早く!」
だが父は、家の中にある大鎚を取りに戻った。
「おまえは行け! 俺が時間を稼ぐ!」
「だめだよ! わたしも!」
「セレン……生きろ。何があっても、おまえだけは」
黒騎士の剣が振るわれたのは、ほんの数秒後だった。
父の頭は宙を舞い、身体は無言のまま倒れた。
セレンの叫びは、炎とともに空に散った。
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燃える村の中で、セレンは必死に駆けた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「セレン!」
振り返ると、そこにいたのはエレンだった。いつもの穏やかな姿ではない。肩に弓を背負い、腰には長剣、目には鋭い光。
「来い。ここはもうだめだ。今すぐ森へ逃げるぞ」
セレンは涙を流しながら、燃える村をあとにした。
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森の中の岩窟。かつてエルの棲家として用意した場所に逃げ込んだ三人。
夜になっても、村の方向には炎の赤が灯っていた。
エレンは黙って火を起こすと、懐から一枚の布を取り出した。そこには、金の双剣が交差する紋章が刺繍されていた。
「……これは?」
「反乱軍の印。私の、本当の顔よ」
エレンは語り始めた。
かつて帝国は、公正な法と魔術によって支えられていた。
だが現皇帝の即位から、その均衡は崩れた。
皇帝は帝国に仕えていた竜騎士達を狩り、支配することで絶対の力を得ようとした。黒い竜に乗った騎士はかつて竜騎士団を裏切った皇帝に忠誠を誓った男だった。
そして今——
白金の竜の卵が反乱軍に奪われたことは、帝国にとって最大の脅威だった。
「私はある男に白金の卵を受け取る予定だった、だが…男は来なかった。お前が拾っていたから」
セレンは火の光の中で、拳を握った。
「父を……殺された。村も、焼かれた。私は、逃げるつもりなんてない」
エルが、そっと首をセレンにすり寄せる。
「セレン……いっしょにいく。戦う」
「いいの?」
「君が泣くのはいやだ」
エレンは静かに頷いた。
「なら決まりだな。反乱軍の本拠地、ダスレアの雪原へ向かおう。仲間たちが待っている」
かくして、炎の夜を越えた朝。
少女と竜、そして女は、滅びた村を背に歩き出した。