夜、ダスレアの砦は雪に包まれていた。
暖炉の前で火がぱちぱちと音を立てる。
タルラは一枚の地図を見つめていた。
その傍らで、セレンは静かに口を開いた。
「タルラ……どうして、あなたが反乱軍を率いてるの?」
タルラは一度、火を見つめた。そして、迷いのない声で言った。
「セレン。今日は、私の過去を話そう。——この戦いの、根の話を」
火が一段と強く燃え上がった。
「私は昔、帝国皇帝の、実の娘だった。帝都エグザールの王宮で育ち、銀の姫と呼ばれていた」
「……あなたが、皇帝の……?」
「そう。父は、最初は誇り高く、公正な王だった。
竜を敬い、騎士たちと国を守っていた。——けれど、ある日を境に、彼は変わった」
「父は忠実だった竜騎士団を粛清した。かつての名将たちが、次々と処刑された。
竜たちは首を落とされ、卵は砕かれ、空は沈黙に包まれた」
セレンの胸が痛んだ。
エレンの竜、セフィナの末路が重なる。
「そんなことを、どうして?」
「…わからないんだ」
タルラは目を閉じた。凛とした表情の奥に、かすかな哀しみが浮かんでいた。
「私は反対した。
だが父は私の言葉を裏切りと断じ、幽閉しようとした」
「…逃げたんだね」
「ええ。王宮を抜け、共に反旗を翻す者たちとダスレアの谷へ逃れた。
竜騎士の残党、魔導士の逃亡者、剣を捨てた兵士たち……。
彼らとともに、反乱軍を結成した」
タルラは、暖炉の上に飾られた一振りの槍を見つめた。
それはかつて彼女が授かった、竜と語らう姫の象徴だった。
「私は、父を討ちたい。だがそれだけじゃない。
私は、かつての“正しかった帝国”を取り戻したい。
竜と人が手を取り合って空を翔けた、あの世界を……」
沈黙が流れた。
やがて、セレンが小さく頷いた。
「……私も戦う。父を殺した帝国を許せない。でも、ただの復讐じゃない。
エレンが信じた世界のために……エルと、あなたと、一緒に戦いたい」
タルラはその言葉に、わずかに微笑んだ。
「ありがとう。セレン。」
外では雪が降っていた。
だが、その冷たさは、もうセレンの心を閉ざさない。
銀の姫と、白金の竜を連れた少女。
滅びかけた理想は、再び灯をともした。
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雪嵐が少しだけやみ、砦の上に薄い月光が差していた。
ダスレアの作戦室にて、タルラは重厚な地図を机の上に広げていた。
その地図には、帝国の主要拠点が赤く印されており、中央に黒い印が記されていた。
「セレン、今日は帝国の真の姿について話しておかねばならない。
皇帝には四人の腹心がいる。“四柱の守り”と呼ばれる最強の幹部たちだ」
焚き火の音だけが鳴る静けさのなか、タルラの声が低く、力強く響いた。
焚き火の音だけが鳴る静けさのなか、タルラの声が低く、力強く響いた。
「まず、一人目。ハンチ・ローネル。
帝国の沿岸部を制圧した海の支配者だ。彼女は、異形の水棲獣ケルピーを操る女で、
かつて海に沈んだ水の神殿を根城にしている。
——今、私たちが攻めようとしているのは、彼女の領域だ」
セレンは頷く。見たこともない名前だが、その響きに直感的な危険を感じた。
「二人目。ノレグラ・ドルマス。
巨大な石の巨人ゴーレムを従える魔導鍛冶師。
帝国北部の山脈に砦を構え、兵を鋳造するかのようにゴーレム兵達を作り上げている」
地図上の北の山地に黒い印が刻まれていた。
「三人目は……君も知っているだろう。リィカ・ノール。
あの灰色の髪の少女。元はエレンの弟子であり、帝国に囚われたあと帝国に仕えている。
彼女は今、夜の鴉と呼ばれる巨大な黒鳥に乗り、空の制圧を担っている。
セレンは小さく息を詰めた。リィカの瞳、剣、沈黙が脳裏によぎる。
「そして四人目。——イウヴァルト・クレイン。
黒き竜を駆る、帝国最強の竜騎士。
帝都近衛の長を務め、皇帝の命令だけで動く影の剣だ」
タルラは地図の中央、帝都エグザールの上に黒く刻まれた紋章を見つめた。
「この四柱を倒さねば、帝国には手が届かない。
私たちは今、その第一の柱——ハンチのもとへ、軍を動かすつもりだ」
セレンは一歩、地図に近づいた。
「水の神殿?」
「そう。かつて海神セールの巫女たちが祈りを捧げていた神殿だ。
だが今では水が毒に変えられ、そこをハンチは根城にしている」
タルラは、セレンの目をまっすぐ見た。
「セレン。……あなたとエルにも、この作戦に加わってほしい。
白金の竜の力、そしてあなたの剣は、我々にとって力となる」
セレンは短く考えたあと、うなずいた。
「……行きます。私には、帝国と戦う理由があるから。
もう、あの日のままじゃいられない」
タルラは頷き、地図の端を指でなぞった。
「我々は三日後、水の神殿近海に集結する。
我々は船で南の湾に回り込み、奇襲をかける。——そのとき、あなたとエルは空から神殿を突破してほしい」
セレンは地図を見下ろし、思いを巡らせた。
リィカの瞳。エレンの剣。燃えた村。
そして、今も傍らで眠るエルの鼓動。
「……わかった。絶対に勝とう。
ハンチを倒して、帝国の首筋に風穴をあける。——私たちの空で!」
タルラは口元に笑みを浮かべた。
「それでこそ、竜騎士の名にふさわしい。
セレン、君はこの戦いの風を変える者になる」
雪明かりのなか、誓いは静かに交わされた。
次なる舞台は、忘れられた神々の眠る海底神殿。
水を喰らい、闇に棲む“怪物の女”ハンチとの戦いが、いま始まろうとしていた。