SNSにて小説の書き方は数あれども小説『家』について語るものは驚くほど少ない。
ある意味当然で、小説家、この場合はプロというか書籍化作家にならないと説得力がない上に、その小説家も各種言う事が違うとくるのだから困ったと苦笑するしかない。
わたくし朝倉さくらも小説家である。
小説家になってしまった口である。
ならば語ろうという事でこのエッセイを書くことにする。
まず皆勘違いする事なのだが、小説家というものは基本だれでもなれる。
条件は簡単で小説を書けばいいのだ。
基本これで小説家である。
話はここからで、人に話を聞いてもらえるような小説家となると途端に難易度が跳ね上がる。
わが父が私に対して言った言葉は今でも忘れる事ができない。
「小説家ってのは、出版社の金と信用で本を出す連中の事を言うんだ。
さくら。お前は誰かに信用される人間になったんだよ」
なお、うちは地方の豪農系で一族には私みたいに小説を書いたがついに小説家になれなかった人もいたりする。
そんな背景もあって、私の本が地元の本屋に並んだ時、両親はやっと私が『誰かに信用される人間』になったのだと涙したらしい。
さて、人からどう見られるかについてはひとまず置いておいてだが、私自身は変わったのかと言われるとこれが困った事に実感がない。
何しろ兼業作家で仕事を辞めていないから、日常生活は楽にはなったが仕事のルーチンは崩しておらず、夜嬢として働く日々である。
おまけにデビューが例の病気流行時ときたもんだ。
『お前は本当に小説家なのか?』
そう夢で問いかけられて、布団から飛び起きた事もあったりする。
初めて己の本が出た時、自宅ではなくかつて通っていた大学のある松山に私は居た。
そこの本屋のコーナーに私の本が置かれていたの見て、やっと私は自分が小説家であると自覚したのである。
主戦場がネットの小説投稿サイトという事もあっていまだ『先生』と呼ばれるのには慣れていないが、少なくとも『誰かに信用される人間であり続けたい』とは意識して日々を生きていたりする。
……締め切りは守りましょう。ええ。
私は週間進捗を常に編集に報告するが、進捗どころか連絡すら途絶える方が居ると編集さんから聞かれて『この世界こえー』と頭を抱えたのを覚えている。
ほどよく文字数稼ぎもできたので本題の小説家論について語ろうと思う。
各々が各々の小説家論があると思うが、私についてはいくつか人とは違うパターンがあったりするのでそれを語ろうと思う。
なんと私、読者ゼロという状態を経験していない。
元々二次創作上がりという事もあって、そこで読者を捕まえたというのもあるが、二次創作において『こんなのが読みたいんだ!』という需要と『あ、これ書けるな』という己の文章スキルの判別については多分人様より間違いなく優れていた。
『おしゃれなカフェに入ったと思ったら、出てきたのは次郎だった』
とは今でもネタにさせてもらっている私の小説を読んだ読者の感想だが、これほど私の売りを端的に示しているものはないので心の支えにしている。
この言葉、『その時の流行を己の色で染める』とも取れる訳で、だから私は賞とれなかっだよと今更ながら苦笑するしかない。
私の持ちネタの一つに賞を取らずに書籍化になったという奴があって、それもあって賞を取って小説家に成った人たちが羨ましいと思う事がある。
賭けてもいいが、Twitterのバズりがなかったら、未だ物書きとしてネットに小説をあげつつ夜嬢として働いていた……あれ?今と何が違うんだ???
こんな時に知り合った小説家が天野はるかである。
彼女の日常生活の『リセット』なるものを知って真似ようと。
そのついでに『こんなの書いたよー』と送りつけたらという縁である。
で、息抜きついでにエッセイもこういう感じで上げるようになり、気づけば小説家としてはもう五年で、ちょっとした棚なら全部己の本で並べられるようになると新人小説家を名乗るにはきつくなってきた訳で。
小説家の先輩である天野はるかを真似たら何か小説家に近づけるのではという下心もない訳ではない。
と、同時に彼女との違いを物語を書いたり会ったりしてやっと理解することができた。
私の売りはとにかくその速達性。
蒲田での彼女と月ノ瀬観音先生との会食の後、宿に戻った私はノートパソコンを取り出してお礼エッセイをしたためる事に。
「2000字程度ならプロットなしでその日のうちに書けるわ」
多分意識して言ったのはこの時なので、これを売り文句にしようという事で帰りの電車内で渡せるように書きしたためたのである。
実際できて呆れとも驚嘆ともとれない返事をもらった時、ホテル内でガッツポーズをしたのは言うまでもない。
ただ、このやり方というか速筆スキルは代償に腱鞘炎を発生させて、執筆ペースを落とす事に。
困ったとSNSで嘆いていたら『病院行ったら?』と言われて行こうと決意する私である。
それすらネタになるなと気づいたのは、間違いなく天野はるかのおかげである。
「小説家とは人生をネタにして書ける連中の事である」
おあとがよろしいようで。