東京に出かけていた時の話である。
どうも体調が良くない。
もともと睡眠障害持ちの人間で、最近は睡眠誘導剤を飲んで7時間睡眠を確保している身としては、この体調の悪さはまず眠気となって現れる。
きちんと睡眠をとってなお眠たくなる時点でおかしいと言っているようなもので、心当たりがないかといえばあったりするのである。
「歩き過ぎたかぁ……」
普段歩かない身にとって東京に出る為の移動で結構歩いたのだ。
万歩計を見ると軽く二万歩ほど歩いた計算になる。おそらくその疲れが出ているのだろう。
「おっきなお風呂に入りたいな」
私はこういう時に大きなお風呂に入る事で体調管理を行っている。
不思議なものでホテルのユニットバスではどうも大きなお風呂のリセット感が出ないのだ。
割り切って銭湯に行く事にする。
今日の話は関東で味わった三つの銭湯の話である。
銭湯というのは、公衆衛生における最後の砦という捉え方がある。
かつて、家にお風呂がなかった時代はこの銭湯が社交場であり、公衆衛生の最前線だったのである。
そんな銭湯だからこそ、場所によりいろいろと見えてくるものがある。
最初は体調が悪くて入ろうと思った某所の銭湯である。
具体的に言うと繁華街のど真ん中。
歩いてしまったと思ったが後の祭り。
とはいえ、見えるものが新鮮かつ驚きに満ちていたので最初に紹介する事にする。
近くに自由恋愛のお風呂屋さんの屋台がある中にある銭湯なのだが、まず驚いたのがその機能美。
なんと脱衣場の中に洗濯機と乾燥機が備え付けられている。
これ便利ねーと思ったそこの人、裏返せば『着の身着のまま』で銭湯に来ている人がここにはいるという事である。
……さすが繁華街。
更に目を引いたのが銭湯のあちこちにある注意書きの数々。
ああ。ここはその手の注意書きの注意をする人間がいるという事ね。納得。
なお、脱衣場に洗濯機が置かれている理由も注意書きに書かれていた。
『浴場内で洗濯をしないでください』
次は住宅地の銭湯に入った話をしよう。
当然繁華街の銭湯で疲れがとれる訳もなく、次の日、電車を用いて住宅地の銭湯へ。
銭湯だから値段は基本的に同じなのだが、間違いなく客層が違う。
閑静な住宅地にある銭湯でリニューアルオープンしたばかりだそうで、設備がまず綺麗である上に、細々とした注意書きの張り紙もほとんどない。
おまけにお湯の一つが薬湯ときたもんだ。
本当に気持ちがよく、体力が回復できたのはここのお風呂のおかげだろう。
もちろん最初のお風呂でも体力は回復できたのだが、エンジョイとかリセットとかはまずできなかった。
何しろ『五分間つかったら他の人の為にのいてください』なんて張り紙はこの銭湯にはなかったのだから。
そして、この二つの銭湯で見かけたのがヤのつく自由業の人。
公衆衛生は社会学とは別のロジックで多くの温泉やスーパー銭湯では『刺青お断り』の張り紙が出ているが、銭湯は公衆衛生の観点からお断りが難しいのだ。
二番目の銭湯は場所と客層の為に大人しかったのだが、最初の銭湯ではしっかり声をかけられる羽目に。
「姉ちゃん。見かけない顔だが何処の店だい?」
「あはは。店は九州なんですよー。今日は観光で関東へ。
最近ホテルが高くてー♥」
「姉ちゃんならこのあたりの店でもトップだろうに。通うよ」
「ありがとうございます♥」
ばれるもので、その臭いを嗅ぎ取ったヤのおっちゃんと店前で小粋なトークを。
向こうも喧嘩を売る訳でもないし、こういう会話をしながらその町の空気を図っているのだろう。
……昼前の銭湯でよかった。ここは夜は間違いなく入れないな。怖くて。
で、最後は山手線沿線のスーパー銭湯で帰る前に入ることに。
お値段が二つの銭湯と比べて三倍はするのだが、疲労にはかなわないと用事が終わった後でそこに転がり込んだのである。
高いだけあって、貸しタオル料金込みでサウナOKである。
前二つの銭湯はサウナ別料金だったので入らなかったのである。
で、ここまで来るとまず馬鹿をする客は入らないので安心してお湯につかることができる。
複数のお風呂にサウナ、充実した設備。
当然分かりやすいそっちの人たちもいない。
もちろん待合室だけでなく食堂完備なのは言うまでもない。
資本主義というものをこれ以上なく見せつけてくれたのである。
資本主義というものは『金』がものをいう世界だ。
もう少し付け加えるならば、その『価値』と『金』が釣り合っているかを問われる世界ともいえる。
繁華街の銭湯に通う人は、最後のスーパー銭湯には入らない。
「だって高いじゃないか。一回のお風呂でいつもの銭湯三回分だぜ」
というのが目に見えている。
逆に、スーパー銭湯に入る人が繁華街の銭湯に入る訳もなく。
「なんでそんな所にわざわざ入らないといけないんだ?」
真ん中の住宅地は恵まれているから、繁華街とスーパー銭湯に行く必要がない。
「スーパー銭湯より安く入れるし、繁華街より危なくないし」
銭湯三つを体験しただけで人の階層というものが見えてくるものである。
裸の付き合いだからこそ、人そのものが銭湯には出るのだろう。
だからこそ、そのむき出しの付き合いをいやがって、昭和から平成にかけて風呂付の家が作られ続け、銭湯という社交場は姿を消し、公衆衛生の最後の砦としての立ち位置だけが残り続けている。
とりあえず、なんとか無事に帰る事ができたが、あまりに衝撃的な体験だったので、こうして記録に残す事にする。