知り合いの天野はるかの思考整理法として、付箋に書き出すというのをやっていると聞いて、じゃあ私はという感じでネタを出す私。
付箋の使い方が違うので、こんな使い方もあるよーと思っていただければ幸いである。
うちの職場のトイレにその昔、こんなものが貼られていた。
『素直の効用』。
へーと思いながら用をたすのだが、それがちょうど洋式トイレで座る場所にあるから嫌でも目に入る。
そうなると、なんとなく覚えてしまう訳で、それ相応にいい言葉だに思った私はコピーして己のトイレにも貼ったのである。
多分、それはいままでずっと役に立っていたのだろうなと今だから思う。
色々な事があり、奇跡を経て小説家となったのだが、この素直で差し出された手を握り、アドバイスを受け入れられたのだから。
そして、この一件から、トイレのドアは使えるという事を私は覚えたのである。
で、カレンダーである。
一人暮らしでパソコンや携帯で日付を確認できるから、私にとってカレンダーはいらないものになっていたのである。
そんな私の所にカレンダーがやってきたのは商工会に入ったからで、くれるものはというか張る所もなぁ……という事でトイレのドアの余った所にはる事に。
多分これならば、そのまま使い終わって終わる所だろう。
ここに、天野はるかの言っていた付箋が役に立つのである。
私たち小説家にとって付箋というのは必須アイテムだったりする。
天野はるかは思考整理につかっているが、私の付箋の使い方は校正のチェックだ。
校正が返ってくると、誤字やら表記ゆれやらで出るわ出るわの修正箇所の山。
それらを一つずつ処理すると、途中で詰まると後ろが処理できないというひどい目に合う事があるのだ。
なお、一度食らった校正でひどい目にあったのが、私が九州に住んでいるから届くのに二日かかるのを忘れて原稿を送ってくれた事で、返しが貰った日の午前中という……うっ。頭が……。
そうだよね。関東なら翌日返しできるから3日の余裕があるんだよねーと呪いながら処理した苦い思い出が。が。
そういうのもあって、付箋を使って選別をしてゆくのだ。
緑は簡単な誤字修正とかで、赤は作者的に考えないといけないやつみたいな感じで選別して簡単な奴から処理して付箋を外してゆくのだ。
この付箋がなくなるのが、いい感じにゲームみたいに思って作業効率が上がるので、私はこうして付箋を用意している。
そんなある日。
実は天野はるかほどではないが、新しいアイテムになれない私はパソコンや携帯のスケジュールはあまり使っていなかった。
打ち込むの面倒で付箋があるから、場面の端に張っておけばいいよねという事で。
はたと気づく。
このカレンダーに付箋を貼ればいいんじゃね?
やってみた。
スケジュール管理が恐ろしく楽になった。
人は必ずトイレに行くのだ。
そして、用を足せば、目に入るのはカレンダー。
そこにスケジュールの付箋が貼られていると、いやでも思考はそちらに行く訳で。
おまけに、終わったスケジュールの付箋を外せるのが本当にいいのだ。
残ったスケジュールが一目でわかる。
最近は取材とかであちこちに行く事が多くなった私。
このあたりのスケジュール管理はほぼここで片付くことになった。
スケジュールが管理出来てくると、必然的に次はお金の方に目が行く。
入金と支払いを把握して、その間に手当をするようになると、支払いを忘れて狼狽える事が一気に減った。
とはいえ、欠点がない訳ではない。
カレンダーは基本一月なので、月をまたぐスケジュールに弱いという欠点がある。
たとえば、来月頭にスケジュールがあるとして、そのスケジュールが可視化されるのは、翌月のカレンダーをめくった時なのだ。
これはまずいという事で、カレンダーの端に翌月頭のスケジュールだけは張り付ける事を意識することにした。
このあたり、『スマホのスケジュールで良くね?』とは私でも思ったのだが、大事なのはスマホはアラームなりがあったとしても、それを『意識して見なければならない』のだ。
これに対して、トイレに座るだけで何かする訳でもない時間にチェックをするのだから、私的にはこちらの方が効率がいいと思った訳で。
あくまで人それぞれという事を強調しておこう。
そうやって考えてゆくと、トイレの扉というのは、おそらく人が考えうる思考エリアの最大値なのかもしれないなと思ったり。
SNSで良い言葉や格言は流れてゆくのだが、それを覚える間もなく新しい情報がやってきて押し流してゆくのだ。
覚えるのも時間がかかる私はこういう第二の机を得た事で色々進める事ができるようになった……という感じで〆ようとしてふと昔の話を思い出す。
トイレのカレンダーなんて何を置いてもいいからと、男子がスケベなカレンダー、具体的に言うとパツキンボインな外人ねーちゃんのヌードカレンダーを貼っていた事を。
天野はるかのあの体ならさぞ映えた上に別の物も出していたりなんて下品なオチでこの話を〆ようと思う。