朝倉さくら。
職業兼業小説家。
夜のお仕事ゆえ、時間は比較的作れるのだが、この日は本当に都合が悪かった。
20時を過ぎた所で電話が鳴る。
相手は、同じ小説家の天野はるかである。
「助けてー!さくらえもんーーー!!!」
「まったくはるかくんはしょうがないなぁ……どうしたのよ?」
「実は今、取材帰りで博多に来ておりまして……」
その一言で察する私。
待合室のテレビをチラ見する。
『大雨の影響で新幹線及びJRは運航を見合わせており……』
察する私。お盆前連休。大雨。何も起きない訳がなく。
このままでは帰宅難民河童が一匹博多で待ちぼうけとなる羽目に。
ちくしょう。仕事先だから泊めてやることもできやしない。
「いい。博多駅近辺の宿はほぼ全滅しているわ!
地下鉄に乗って天神まで行って!!」
「わかった!
着いたら連絡するね!!」
帰宅難民が陥りやすいトラップはマルチタスクである。
彼らは『宿を探す』と『その宿まで行く』を同時並行して行い、得てして時間を浪費して動けなくなるのだ。
ただでさえ、はるかは電子機器にトラウマがある娘である。
だから、まずははるかを移動に専念させる。
そして、ホテルに電話をかけまくるのは私の役目だ。
「はい。今から女性一人泊まれますか?
……はい。満室ですか……ありがとうございます」
「もしもし?
今から女性一人……もう部屋がない……そうですか……」
「すいませんが……ああ。わかりました。ありがとうございます」
天神全滅。
この様だと薬院もアウトだろう。
こうなると選択肢は二つ。
地下鉄空港線で西新・姪浜方面と西鉄天神大牟田線で南下の二つだ。
「もしもし?
さくらー。宿取れそう?」
「天神はアウト。
西鉄大牟田線に乗って大橋駅で降りて。
駅前にネットカフェがあるからそこに逃げ込みなさい」
「わかったー!」
この時点で21時を回ろうとしていた。
最悪ネットカフェで一晩という私の願いは、電話越しのはるかの泣き声によって無残に打ち破られる事になる。
「さくらー!
最後の一席を掻っ攫われたーーーー!!!」
「ぉぅ……」
時間は22時。
すっかり濡れ河童となったはるかをとりあえず大橋駅のカフェに送り込んで、電話をかけまくる。
雑餉隈……駄目。西鉄沿線から離れた宿もこの周辺は駄目。
「どうする?
久留米まで下がる?」
「とりあえず、二日市まで下がって。
着いたらまた連絡して頂戴」
グーグルマップを眺める事しばし。
久留米沿線もこの様子だと壊滅じゃないかという思いが頭をよぎる。
だが、西鉄二日市駅からタクシーで行ける場所にネットカフェがあり、最悪そこにという選択肢を残しつつ電話をかけ続ける私。
この時、多分こっちならば大丈夫という場所が実はあったのだ。
甘木。
ただ、西鉄甘木線に乗り換えるには時間がぎりぎりの上に、慣れていないはるかが上手く乗り換えられるとも思えない。
すっぱり諦めて、久留米のホテルに電話をかけまくる。
「え!?
空いています!!!」
「はい。
ですが、チェックインは24時までにしていただく事になりますが、大丈夫でしょうか?」
久留米周辺のホテルに電話をかけて四件目にまさかの空いている報告。
一泊およそ諭吉一人のお値段であるが、四の五の言える状況でもなく即予約である。
おまけに、はるかを西鉄二日市駅まで南下させたのもここで効いた。
西鉄二日市から西鉄久留米まで普通でおよそ40分。特急や急行なら30分以内に着ける。
時間は22時30分を回った所だった。
「はるか!宿見つかった!!!
西鉄久留米駅の近く!!」
「待って!
メモを取るから!!」
宿の名前と電話番号を教えて待つ事しばし。
「今、宿に入ったよ。
ありがとう。さくら」
その連絡にほっとしたのは言うまでもない。
とはいえ、話はこれで終わらない。
はるかを帰す為には、博多駅か福岡空港に送らねばならないからである。
朝の6時。
つかれているだろうにはるかから連絡が来る。
もちろん、こちらはテレビをNHKにしたまま。災害情報をチェックする。
「これどうやって帰ればいい?」
「多分楽なのは九州新幹線……って運転見合わせか……
バスは……九州道と大分道が通行止めと……西鉄大牟田線と地下鉄が動いているから、西鉄大牟田線で天神に出て地下鉄で博多駅か福岡空港ね。
あ、東海道山陽新幹線は動くみたいよ」
「わかった!
とにかくそれで博多駅まで出るね!!」
かくして、はるかの
「今から新幹線に乗るわ!
さくら。ありがとう」
の声と共にミッション終了である。
あいつが本当に我が家にたどり着くのは、東京まで6時間+そこから1-2時間かかるのだが、まぁ私ができる事はもうないという訳で。
なお、ビジネスホテルにかけまくったが、多分高級ホテルなら取れたのかもなーとは今だから思う事。
一泊どころか、6時間に50000円払えるかという勝負になるのだが。
領収証切って「経費で」と言えるのが物書きの素晴らしい所。
思った事は自然と口に出た。
「あいつの体なら、男ひっかけてダブルに泊まれば、宿代男持ちでただで泊まれて官能小説のネタになったのでは……」
ネタの為なら体どころか人生すら売るのが物書きというものである。
私もはるかもやりかねないなーと思いつつ官能小説のネタにしようとメモを取るのであった。