朝倉さくら。
職業兼業小説家。
SNSで繋がっているユイ阿羅本先生から別府ケイ先生の写真が回ってきた。
尻である。
もちろん、履いているのだがふんどしである。
尻である。
さすがインターネットの掃きだめであるSNS。
その素敵な尻にちょっとバスっていたのはご愛敬だろう。
となれば、バスりたいのは女の性とふんどし写真をユイ阿羅本先生に送ってみた。
「二十歳を超えてからの締め込みは条約で禁止されているし……(謎w)」
「なんだとぉ!?」
というのが今回のお話のネタである。
二十歳を超えてからの締め込みは条約で禁止どころかオフィシャルふんどしOKな福岡……博多のちょっとしたお話。
博多祇園山笠の話。
博多祇園山笠。
福岡の初夏の風物詩であり、博多の総鎮守として知られる櫛田神社に山笠と呼ばれる作り山を奉納する神事である。
祭礼期間は歴史的変遷を経て毎年7月1日から15日となっており、最終日の未明には関係者が参列して櫛田神社祇園例大祭が執り行われ、近隣の町で構成される「流(ながれ)」ごとに山笠を奉納した後、山笠を所定の順路を競って巡行する「追い山」が行われる。
この期間、博多の男どもは基本ふんどし姿である。
凄いのは神事という事で当番法被姿で冠婚葬祭OKという所。
福岡県民でない私はそれを聞いて唖然としたものである。
さすがにふんどしではなく法被にステテコ姿だが、博多の男にとってはこの姿は粋なのである。
とはいえ、このお祭り紆余曲折があった。
特に問題になったのが参加者の減少。
博多の地理を東京にいる人たちに説明しやすく場所を指定すると分かるだろう。
東京駅から大手町あたりのお祭りなのだ。
超高立地でそもそも人がいないというか住めない。
バブルの再開発や何やらで地域人口は減る一方で祭りをせねばならぬ以上、他所から人を持って来るのはある意味必然だった。
『傭兵』。
博多において、特に山笠の時期にこの言葉を聞く場合、この傭兵とは福岡市民どころでしなく福岡都市圏からかき集められた祭りの参加者の事を指す。
それがこのお祭りを地元の祭りから福岡の祭りに押し上げたのだろう。
なお、先ほどから微妙に揺れているように見える『福岡』と『博多』の二文字。
福岡は福岡県、福岡市などで使われる公共の呼び名であり、地元民が地域を指す場合はあまり使わない。
この名前、江戸時代に黒田藩がやってきて福岡城を築城してから城下町という意味付けもあるのだが、それよりも古き名前である博多の方を使う事が多い。
博多と歓楽街中洲を挟んだ先は『天神』であり、
「福岡って何処よ?」
と惑ったのも良い思い出である。
話がそれた。
さて、尻じゃなかったふんどしでもなかったお祭りの話に戻ろう。
多くお祭りが神事という事もあって、女人禁制というものが多く、実は博多祇園山笠もそんな女人禁制のお祭りだったのである。
「不浄の者立入るべからず」
この『不浄の者』は喪中の者と女性を指しており、この国の穢れ思想がどういうものなのかを窺い知る事ができる。
この看板が変わったのがなんと2003年。
男女差別というのは本当につい先ごろまであったのだという事がお分かりいただけるだろう。
で、だ。
男どもが法被姿でお祭りに騒ぎ、博多祝い唄を歌うのを博多の女性どもがどう見ていたかという訳だ。
「わたしもしたい!」
その声が出るのは時代の必然だったのだろう。
まずは子供から。それから女山笠と言葉が生まれて、女が山笠を担ぐ事については少しずつ受け入れられるようになる。
ケイ先生の尻写真を見ると、子供山笠……ゲフンゲフン。
そんな山笠だが、『不浄の者立入るべからず』なので『不浄の者』こと女性と交わるのも基本タブーとなるのだが、お祭りである上に傭兵が入り込んでいる訳で、世の合戦よろしく風紀が乱れない訳がなく……
この時期の中洲の歓楽街が書き入れ時なので、ここでも『傭兵』があちこちで求められることになる。
私の写真はそんな『傭兵』で呼ばれた時の一枚である。
もちろん夜の中洲でふんどし……げふんげふん。水法被姿である。
目を引かない訳がない。
「女がそんな恰好ばして!」
と怒るおじい様もいらっしゃるのだが、そんな時お店のママさんの機転が見事だったのだ。
『博多祝い唄』を歌いだせば、当然男どもも歌い手拍子を叩く訳で、真面目に博多で生活するなら覚えておいた方がいい歌の一つである。
なお、もう一つ覚えておいた方がいい歌が『いざゆけ若鷹軍団』で、これはというか嫌でも聞こえてくるあたり、この街で野球が浸透しているかという訳で、夜のトークはこの二つを叩き込める女が大体伸びてゆくのである。
と、ここまで書いてふと気づく。
別府ケイ先生はビールが飲めるお年頃である。で、あの尻である。
ユイ阿羅本先生にちょっと質問してみた。
「ん?
ケイ先生締め込みなのにビールを飲んでいる……という事は御歳は……」
ユイ阿羅本先生の返事はなかった。