こちらは学園アイドルマスターの全年齢向けの百合小説となっております。
 ことねと星南の百合ラブコメになっています。

 学マスタグなどからこの小説を気に入って頂けた方は、どうか他の作品はご覧にならないようにお願いします。
 いつもの作風を求めてらっしゃる私のファンの皆さまは、まぁこういうのも書くんやぐらいのお気持ちで見守ってください。

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第1話

 たとえば、この地球という星を、宇宙から眺めたとして。

 星を曇らせる、環境破壊や大気汚染に気付くことが出来るだろうか。

 少なくとも、外から肉眼で捉えられる者はおらず、星に足を付けた者だって、逆に近すぎてわからない。

 ただ美しい青が、誰にも悟られぬ孤高の美しさを放っているだけ。

 

「………………」

 

 十王星南が内に秘めた憂鬱は、そんな星の曇りに似ている。

 夕陽が差し込む一室で、ペンを片手に机へ向かい、顎に指。

ノートに何かを書いては、斜線を引いて、再びノートに記入する。

 たったそれだけの仕草が、絵画のような芸術性を帯びる彼女の振る舞いに、余人なら心を奪われ――それで、終わってしまうだろう。

 触れ得ざる天上の星ではなく、一個人としての十王星南を見る人間は、普通の同年代と比べ圧倒的に少数であり、

 

「随分お悩みのようですね、星南さん」

「プロデューサー……えぇ、そうね」

 

 故に、彼女を支えるプロデューサーである青年は、星南という星を在りのままに測り視る、掛け替えのない観測機のような存在だ。

 

「そろそろ、他人の意見が必要な頃合いですか」

「もぅ、相変わらず何でもお見通しね」

 

 ノートパソコンから目を離さずとも、煮詰まっていたのを見通してきた対面の彼に、少し面白くなさそうに星南の唇が尖った。

 

「俺で良ければ、相談に乗りますよ」

「まったく、可愛げが無い人」

 

 欲しい言葉だけを飾り気なしに送信してくるプロデューサーの青年に、星南はため息をつきながらも、少し口元を緩める。

 常に適格な計測で星の曇りを察し、晴らし、道を照らす彼を、星南は深く信頼していた。

 彼ならば、この思考の迷路を抜け出すヒントだって弾き出せるだろう。

 

「プロデューサー、率直な意見が聞きたいわ」

「どうぞ」

 

 眼鏡のズレを直し、ノートパソコンから視線を星南へと移した彼に、十王星南が投げかけた質問は、

 

 

「記念館と、テーマパーク……どっちが良いかしら?」

 

 

 実に星が考えそうなほど、一般人の視点から遠く外れまくっていた。

 

「……………まず、導線をくれませんか、話の」

「記念館と、テーマパークよ。どっちが相応しいと思う?」

 

 聞き直したのに、余計に分からなくなった。

 いや、彼の経験上、星が突拍子な難題を吹っ掛ける時は、決まって『ある法則性』があると認知している。

 

「……まさか、藤田さんに渡すつもりですか。記念館か、テーマパークを」

「ええ、その通りよ!」

 

 自信満々に言い切られ、彼の中で記念館とテーマパークは、そんな気軽に他人へと譲渡可能なモノであっただろうかという常識が揺さぶられた。

 

「藤田ことね記念館、東京ことねランド……どれも素敵だと思わない?」

「極めてピンポイントな方々には、恐らく」

 

――頭おかしいんじゃねぇーの!?

 と、青年がもう一人担当しているアイドルの叫び声が脳内で聞こえたが、表面上は鉄面皮を保ちながら、とりあえず彼女と脳内のプランを共有すべく、コミュニケーションを図る。

 

「そもそも、どうして大規模な建造物を送る話に?

 そこまで大きな不動産となれば、そうそう空きがあるとは……」

「実は祖父からね、そこそこ広い土地の利権を譲り受けてしまったのよ」

 

 ちょっと待て。まさか一から建てるつもりなのか、記念館か、テーマパーク。

 一大プロジェクトが、名前を使われている当人の全く与り知らぬところで進んでいる事に、脂汗と戦慄を隠せない。

 

「お前も十王を継ぐ者なら、そろそろ土地資産というものに触れてみるのも頃合いだろう……とか言われちゃってね」

「それは……中々、ハードな課題を出されましたね」

「そうなのよ、好きに使えって言われても……ねぇ?」

 

 そこは思わず彼も、共感して同情してしまう。

 まだまだアイドルとしての活動も多忙を極める中、土地についての複雑な専門知識まで学習せねばならないとなれば、心労も重なってしま――

 

「いきなり渡されても、ことねへ何か建ててプレゼントするぐらいしか、使い道なんて思い付かないじゃない」

 

 そっちかー。そっちの悩みかー。

 と、言いかけた口を必死に噤み、ようやく掴みかけて来た話の全貌を総括する。

 

「つまり、余った土地を藤田さんへ送りたいが、何を建てて送れば喜ぶだろうか――という話なんですね」

「ええ、そうよ! ことねだって、ただ広いだけの空き地を貰っても困るでしょうから」

 

 違う、そっちじゃない。

 自分の気遣いを完璧だと自負して止まない瞳に、とうとうプロデューサーから露骨にため息が漏れてしまった。

 

「な、何がいけないっていうの? ちゃんとお抱えの土地家屋調査士もつけるわよ?」

「……星南さん、例えばの話なんですが」

 

 自分のアイデアを貶されては、黙ってはいられない。

 臨戦態勢と言った風に、腕を組んで眉を吊り上げた星南へと、

 

「俺が今から、十王星南記念館か、ユニバーサル星南ジャパンを建造したいと思います。

 どちらがいいですか? って聞いて来たら、どう思いますか?」

 

 プロデューサーは、自分でも極めて頭が悪いと思う質問を投げかける。

 そして帰って来た反応は、

 

「プロデューサー……あなた、正気?」

 

 それはそれは分かりやすく青褪めた――ドン引きであった。

 

「お答えください」

「お答えくださいって……話が急すぎてついていけないわ。

 記念館に、テーマパーク? 名だたるアイドルを差し置いて私を中心にした大規模施設だなんて、そんなに私を恥知らずの身の程知らずにしたいのかしら?

 そもそもの話、私の名前を許可なく勝手に使うのもどうかと思うわ」

 

 あれよあれよと出てくる正論の嵐に、プロデューサーの瞳が遠くへ旅立っていく。

 この優れた分析力と客観性が、どうして彼女が絡むと、遥か彼方へ行方不明になってしまうのだろうかと、頭を抱えたくなりながら、

 

「ですよね。藤田さんも、今のあなたと全く同じリアクションをすると思いますよ」

「なぁっ!?」

 

 そんな馬鹿な!? と椅子から身を乗り出し、驚愕を露にする全身ブーメラン一番星。

 

「じゃあ何が良いっていうの!? 藤田ことねドームとかかしら!?」

「まず大規模建造物から離れてください」

 

 記念館もパークもドームも、採れ過ぎた野菜感覚で譲られて喜ばれるモノではないという認識をまず念頭に置かせてから、

 

「藤田さんは極めて真っ当で健全な感性の持ち主です。

 あなたの発案する贈り物では、絶対に喜ばないでしょう」

「ふ、ふぅん? そこまで言い切るのね」

 

 普段は波風立たない物言いを心掛けているプロデューサーであったが、流石に今回は強い言葉が漏れてしまう。

 その物言いにカッツーンと来た星南は、吊り上がった口元をピクピクさせながら、人差し指を指し、まさに女帝王のように自分の側近へと言葉を荒げたのだった。

 

「じゃあお手本を見せて貰えるかしらプロデューサー!?

 そこまで言うなら、きっと! さぞ!?

 あなたは私のことねを喜ばせる贈り物を選べるのでしょうね!!?」

「分かりました」

「即答っ!?」

 

 突き付けた至上の難問を、まるで書類コピーして来てとでも言われたような気軽さで請け負った彼に目を丸くした星南を捨て置いて、プロデューサーはスマホを取り出して操作し、

 

「では、結果は後日というわけで」

「ふ、ふふん? 期待しているわよ先輩、あなたの真っ当なセンスとやらをね」

 

 何事も無かったかのように、自分の仕事へと戻って行ったのであった。

 

(フフフ……本当に安請け合いして良かったのかしら、先輩。

 ことねが本当に喜ぶ贈り物だなんて、随分大見得を切ったじゃない。

 こと、藤田ことねの事に関して、十王星南を越える事など……不可能だと思い知ることね!)

 

 まったく、今から結果が楽しみだと、星南が不敵な笑みを浮かべていたのが――三日前のことであり、

 

 

「はい、こんな感じです」

「嘘でしょ!?」

 

 

 また同じ部屋で、十王星南は完全敗北の叫びを上げる事になった。

 証拠として突き付けられたスマホに映る、藤田ことね公式SNSの投稿。

 そこには――

 

【プロデューサーから、いつも頑張ってることねちゃんにって、プレゼントもらっちゃった~♪ 超うれし~♪ ことねちゃんってば、愛されてるぅ~♡】

 

 キラッキラの笑みを浮かべ、自分とプレゼントが入ったリボン付きの袋をツーショットで自撮りする、ことねの写真が添えられていたのだった。

 

「何をっ!? 私のことねに、いったい何を送ったの!?」

 

 バァンと机を叩く勢いで問い詰められても、涼しい表情を崩さず椅子に座ったまま、

 

「秘密です」

「ひ、秘密っ!?」

 

 プロデューサーは黙秘権を主張する。

 

「い、意地悪しないで教えてちょうだい!

い、一体ことねは何をプレゼントされたら喜ぶの!?」

「残念ながら、お教えは出来ません」

「まさかあなた……こ、ことねを奪うというのね!? この十王星南から!?

 こんな所に、最強のライバルが居ただなんて!?」

「奪いません。というか、藤田さんは誰の所有物でもありません」

 

 鬼気迫る星南へと、淡々かつのらりくらりと返す青年であったが、これは彼にとって単なる意地悪ではない。

 これは十王星南が成長するチャンスではないかと、プロデュースの一環として捉えていたのだ。

 

「星南さん、あなたは自分にしか無いモノが、分かりますか?」

「わ、私にしか無い、モノ? それは……」

 

 不意に聞かれ、一番星は言葉を濁す。

 それは、天上まで登り詰めた星が、その場所で最も探し求めながらも、見つけられなかったモノの一つ――自分だけの、輝き。

 下から見上げれば眩く光っている様に見えていても、当人からしてみれば自分の光は平々凡々で、もっと高い場所で煌めく素晴らしい星々も当たり前に湛えているモノ。

 だから、自分程度など優に越える輝きを、自分の後に続こうとする原石たちに求めてしまい――彼が居なければ、きっと瞬きを自ら絶やしていた。

 だから、彼が投げかけたこの質問は、きっと十王星南にとって、また大切な気付きを与えてくれるはずだ……と。

 気が付けば、ステージに上がる時のような真剣一色の空気を、星南は纏っていた。

 

「……それが、ことねへの贈り物にも、関係しているの?」

「ええ、察しが早くて助かります」

 

 と、なれば、今この瞬間から十王星南にとって、この命題は自分の力で越えねばならぬ壁だ。

 

「分かったわ、プロデューサー。これはあなたが私に与えた試練なのね。

了解したわ。きっとあなた以上に、ことねが喜ぶプレゼントを送ってみせる……一番星の、名に懸けて!」

 

 その名を出した以上、彼女は一切の手を抜かず、全力で事に当たるだろう。

 有言実行の体現者。凛然と宣誓する、頼もしき担当アイドルの姿に青年は頬を僅かに緩め、

 

「やはりご家族が多いから……大型商業施設……藤田ことねモールが鉄板かしら!」

「お願いですから大規模建造物から離れてください」

 

 そして、全力で脱線してしまったら軌道を修正してやるのが務めであると、自任している。

 

「お教えは出来ませんが、切欠はお渡しできます」

 

 概ね予想通りの展開だと言わんばかりに、彼は事前に用意していた一冊の本を星南へと手渡した。

 

「これは……少女漫画? 意外ね」

 

 それは、コンピューターのような男が取り出すには、余りにも少女のロマンティックを凝縮したようなアイテム。

 しかも絵柄はまぁまぁ低年齢層向けであり、ともすれば、彼ぐらいの年頃の男子とあらば、所持している事に気恥ずかしさすら覚えそうなほど、ギャップに塗れた一品であるのだが、

 

「これも、プロデュースの参考となる資料ですから」

「先輩らしい」

 

 一切の臆面なく、眼鏡の淵を指で上げて言い切る姿があまりにも彼らしく、思わず星南から笑みが零れた。

 

「それで、これに貴方が言う『切欠』があるのかしら?」

「はい、この手の漫画を手に取ったことは?」

「恥ずかしながら、全然。初星学園の生徒達が憧れる一番星が、実は少女漫画すら読んだことすらないと言ったら……その、可笑しいかしら?」

 

 少し頬を赤らめ、受け取った漫画で口元を隠して恥を忍ぶ彼女の姿に、プロデューサーはこの一冊が十王星南を更なる高みへと導く事を確信する。

 

「いえ、可笑しくありませんよ」

「嘘、いま少し口元が緩んでいたわよ」

「気のせいでしょう」

「ほら、やっぱり緩んでるわ!」

 

 そう指摘されても、涼しげな態度を崩さず断固として認めない先輩が、心底面白くないと眉をひそめながらも、星南は漫画のページを捲っていく。

 

「それにしても、この漫画のどこに、ことねを喜ばせるヒントが……ふむ、ふむ」

 

 と、不貞腐れたような態度ながら、一旦本を開けば、一瞬でその卓越した集中力を発揮し、真摯に作品へと向き合い始めていく。

 この飽くなき向上心と素直さは、頂点に君臨する者には必要不可欠な素養であり、あとは彼女が答えを見つけ出すだけ。

もう自分の手助けは不要だと、青年は邪魔をしないようにノートパソコンを開く。

 

(星南さんなら、きっと良い物を作れるだろう)

 

 あの少女漫画には、相手役がヒロインに想いを伝えるため、手作りのプレゼントを贈るシーンが存在する。

 彼がことねに送ったのも、手作りの簡素なエプロンだった。

 手芸屋で素材を見繕い、ネットで調べ家庭科の授業を思い出しながら、借りたミシンで造り上げた素人芸であったが、

 

――え、エト……もしかして、手作りだったりします、これ?

 

 心から沸き起こる歓喜を抑え付けるような声で訪ねて来た担当アイドルの姿は、いま思い出しても脳髄にしか記録できなかったのが悔やまれるほどであった。

 豪華な贈り物に慣れておらず、金銭面でシビアな価値観を持っている彼女ならば、こういった素朴でも、自分を想ってくれている親愛が詰まった手作りの方が絶対に喜ぶという勝算ありでチョイスした一品であったが、

 

――こ、これ……いっっしょう、大事にしますから! ありがとうございます、プロデューサー!

 

 あそこまで喜んでくれれば、手作りした甲斐があったというモノだと、打算を越えてこちらまで嬉しく思えてしまう。

 この喜びと達成感を、星南にも味わって欲しいと青年は思っており、ひいてはそれを通じて、彼女には彼女だけが創造できる輝きがあることに、確信と自信を得て欲しい。

 それが今回、彼がアイドルに課した課題の、真の目的であった。

 

(貴方にしか造り出せない『輝き』がありますよ、星南さん)

 

 やるべき事はやったと、星を観測する機械はひとまずその任から離れ、別の仕事に没頭していく。

 最後に横目で見た、読書にふける一番星の姿。

 彼女がよりステージで強く、高く羽ばたいていく為にも、まだまだやらねばならない事は多い。

 だからこそ――彼を責める事は、出来ない。

 

「なるほど……確かにコレは私だけにしか……」

 

 星がボソリと呟いた段階で、既に敷いたはずのレールを大きく脱線し始めている事に、気付いて修正してやれなかったのは……彼の過失と呼ぶには、余りにも酷だろう。

 

 

 

 

 

 

「あ~……やっぱ行かないとダメかー……ダメだよナー……」

 

 夕陽に薄闇を作る階段を、一歩、一歩と重い足取りで少女が上がっていく。

 背筋を丸め、憂鬱を全身に纏い、独り言を零す姿は、刑務に向かう囚われすら連想させ。

 

「はぁぁぁ……ことねちゃんは、ほんっと真面目で目上に逆らえなくて偉いですねー……」

 

 うら若き乙女が零すには、あまりに世知辛い台詞を、藤田ことねは吐き出した。

 事の発端は、十分ほど前。今日の授業も恙なく終わり、自己レッスンのランニングに勤しむべく、外履きのスニーカーに履き替えようと自分の下駄箱に入っていた――一通の手紙であった。

 

――んっ、なんだこれ?

 

 通信機器が発達した昨今、靴箱に手紙など古風だなと手に取り、紙一枚にしては妙な重さを覚え、

 

――……蝋印……っていうんだっけ……コレ……?

 

 その可愛らしい顔面が、全てを察して引き攣った。

 わざわざ蝋を溶かし、専用の印で封を施している一通。

 紙質の手触りも、気色悪さを覚えるほどに良い。

 この一封に込めた『重い』が、既に中身を越えて貫通してくる。

 小市民の手に余る、こんな頓珍漢な高級品を靴箱に入れる人間の心当たりなど、たった一人しかない。

 

――見なかったことにしてぇ~……。

 

 と、膝を抱えながらも、封を開けないと言う選択肢は取らない。

 あの人からの手紙を読まずに捨てる無礼など、藤田ことねは断じて許容しない。

 それはそれとして、読まずに済むなら、どれだけ心中の平穏が保たれるだろうと、無益な現実逃避はループさせながらも。

 

――……よし、藤田ことね、腹くくりましたっ。で、どうやって剥がすんだろコレ……。

 

 意を決し、慣れない蝋印をたどたどしく剥がして、取り出した手紙の中身に、

 

――『学園の屋上で待っています。十王星南』……?

 

 えっ、これだけ? と、逆に肩透かしを食らい、

 

「何なんだよぉ~……いっつも用事あるなら、教室に突撃してくんじゃん~……。

 急に変化球投げてくんなよなぁ~……」

 

 それから数分経った今になって、過去最重量の肩の荷となって、ことねに圧し掛かっていた。

 

「わざわざ屋上に呼び出して……ホント、何の用事なんだろ、会長」

 

 所かまわず追いかけてくるのが基本なあの人からの、急な呼び出し。

 しかもホームグラウンドである生徒会室ではなく、屋上。

 普段の彼女の生態からは、趣が異なる事ばかり。

 ようやく最近少しは慣れて来たと思って来た所に、急にいつもと違う緩急を付けられ、キリキリとした不快感を覚えた胃を、手で押さえる。

 

「まさか、屋上にしか置けないようなモン押し付けて来るとか考えてるんじゃ……」

 

 先日、自分がアップしたSNSの投稿を、ことねは思い出していた。

 プロデューサーから貰ったプレゼントに歓喜している、自分の姿。

 普段から、彼を尊敬しながらもライバル視しているあの人が、対抗意識をむき出しに焚きつけられたとしても不思議ではない。

 

「……銅像とか? いや、ないない、会長だって、流石にそれぐらいの常識はあるって……」

 

 ……実際は、銅像どころか大規模建造物を送られかけていた事など、露知らず。

 ようやく、屋上へと続く扉が、ことねの前に立ち塞がった。

 

「……はぁぁぁぁぁぁ~~……着いちゃったか~……やだナー……」

 

 辟易と緊張から、アイドルがしていいラインを大幅に超えた、特大の溜息。

 しかして、哀れなほどに目上に従順な気質は、立ち止まることを自分自身に許さず、

 

「失礼しまーす……」

 

 重々しい扉を開いて、顔だけを出した――瞬間。

 

 

(………………ぁ)

 

 

 頬を撫でる、包み込むような心地よい風。

 全てを美しい茜で染め上げる、夕陽の太陽。

 天上に広がる、どこまでも続いていきそうな澄み渡る夕焼け空。

 よりも、遥かに、ひと際、その人は尊く、美しい。

 

(星南先輩……)

 

 この世の全てを只の背景へと陥れる、至高の一番星が、ことねの瞳を奪っていた。

 学園の頂点から、眼下に映る他の生徒達を、まるで女神のような微笑みで見守っている姿。

 それは、呼吸を忘れてしまいそうなほどに、出来過ぎていて、触れ難いほどに神聖で、

 

「……………」

 

 頬の朱い熱を、抑えられる訳が無いほどに、ことねは見惚れてしまっていた。

 あれだけ抱えていた憂いの闇など、瞬く間に消失し、母に向かう赤子のような自明さで、一歩、一歩と足を進め、

 

「ことね」

「っ」

 

 真っ直ぐにこちらを見据えて、柔らかい唇で名を弄ばれ、靴が縫い留められる。

 聞くことや、言いたい事が、沢山あった気がする。

 だが、真実の美は、愚にもつかない些事全てを凡俗の頭から奪い去るのだと、少女は思い知る。

 

「ごめんなさいね、わざわざ呼び出して」

「いっ、いえっ、そんなっ……気にして、しないで……くだ」

 

 

 人前に立つのが仕事の人間とは思えぬほどに、相手を直視できず、口が上手く回らない。

 普段はそんなこと無いのに、至らなさに、自己嫌悪すら浮かぶ。

 しかし、そんな無様も愛おしいと微笑みを絶やさず、一番星は少女に歩み寄った。

 

「今日はね、貴女に渡したいモノがあるの」

「せっ、先輩が、ですか?」

 

 予想はしていたのに戸惑いを隠せないことねへと、更に一歩、歩み寄る。

 その距離は、普段から対人距離の概念を捨て去った様な詰め方を見せてきた、ことねの記憶の中でも、

 

「えっ……えっ?」

 

 ひと際、近く、深い、未体験の。抱擁すら可能なほどの。

 呼吸を、香りを、体温を。

 凡人が浴びれる限度を超えた、星の存在感を、五感で感じられるほどの距離。

 

「色々と考えたのだけど、ね」

「ひゃ、ひゃい……!?」

「私、いつも、貴女を困らせてばかりだから」

「いっ、いえ、そんにゃ、こと……!?」

「今回は本当に喜んでほしくて、私なりに、色々と勉強してみて……送るなら、これが一番かしらって、思えたの」

 

 藤田ことねは、自らの分を弁えていると自負している。

 トップアイドルなどと大層な夢を抱いて追いかけているが、反して、自分は栄光を掴み取れるような器では無いのではないかという、疑問も常に抱き続けている。

 その栄誉は自分のような半端者ではなく、不遜な程の自信と共に邁進する者や、全てを燃やし尽くしてでも歌に賭ける者などが掴むべきではないかという、達観に似た客観的な意見も内に秘めている。

 その程度の凡人だと、言うのに、それを受け取るのに、もっと相応しい人が居ると思うのに。

 幼き日から憧れ続けていた、この人は今。

 その寵愛を私だけ見つめて、私だけを抱いて、私だけに捧げようとしている。と、藤田ことねは――確信した。

 

「受け取って……くれるかしら?」

 

 その人の、星のように輝く瞳が、今だけは不要だと、閉じられる。

 勘違いのしようもないほどに、一線を越えて、呼吸が近づく。

 風にそよぐ黄金の髪が、まるで揺れるシルクカーテンのように外界と、二人を切り離して覆い隠す。

 自分を含め、数多を魅了して止まない歌声を紡ぐ唇が、ゆっくりと、近づいてくる。

 

(ぇ……ぅ……ぁ……)

 

 あの人の存在と心臓の鼓動だけを残して、世界が単純化していく。

 冗談の介入する余地もなく、自分の人生における、最も大事な一戦を越えてしまうか否かの瀬戸際において。

 藤田ことねは、星々のように用意された無数の選択肢を――

 

(星南……せんぱ、い……)

 

 一切合財放棄して、ただ動かず、瞳を閉じる事だけを、選んだ。

 いつもの彼女なら、捕食者から脱兎のごとく逃げ出しているだろう。

 だが、逃げるなら最初から逃げていた。そもそも、こんな所に来なければ良い。

 それでも尚、ことねが馳せ参じてしまったのは、

 

(ぁぁ……やっぱり、綺麗で、素敵だなぁ……)

 

 とうの昔に、幼いころからずっと、星に魅入られてしまっているから。

 逃げていたのは、分かっていたから。

 こうして本気で押されれば、もう二度と帰って来れない所に、共に倒れ込んでしまう――この瞬間を、恐れていたから。

 けれど、そこまでして恐れていた瞬間が、とうとう年貢の納め時のようにやって来たというのに、

 

(まじか……うん、マジだ……)

 

 不思議なほど、胸が暖かく、逆上せ上りそうな程に幸福な熱で満たされていくのを、ことねは感じる。

 真意など分からない。

 自分に資格があるかも分からない。

 最初の相手なのかも……分からない。

 

(けれども)

 

 もう、ことねは誤魔化せない。

 見上げ続けていた天頂の星が、有象無象に過ぎない只一人を掬い上げて、アナタしか居ないと選んでくれた、その気持ちが――たまらなく、胸を高鳴らせ、愛おしいと感じてしまう事を。

 気付けば心についていた火が、燃え盛る愛という炎になっていた事を。

 貴方を敬愛する、この学園の生徒全てを敵に回そうが構わない。

 あたしはそれを上回る愛で、お前たち全てに打ち勝って、この人の視線を独り占めにしてやる、と――浅ましい野望が燃え盛る。

 藤田ことねは、息を呑んで――逃げずに、誤魔化さず、正直に、受け入れる。

 

 

(あたしも、大好き、です。星南、先輩……)

 

 

 そう、往く道を定めてしまえば、何もかもが祝福されたように、身体は心魂に融けていく幸福と共に軽くなって。

 ただ、選んだ末に訪れる、その瞬間を、ことねは待つ。

 夕暮れが沈み始めて、夜風に包まれ始めた天上を、月と星が彩る。

 それでも、ことねは待って、待ち続けて、あぁ、さよなら自分の純潔どうなるか分かんないけど、もう勢いのまま行ける所まで行ったれとか考え始めた辺りで――

 

 

(………………いや、遅くないっすか、星南先輩?)

 

 

 ちょっと、ムードが白けて来たのを察し、眼を開いた。

 再び開いた視界には、相も変わらず良すぎる顔面を晒したまま、フリーズして動かない一番星のご尊顔。

 ただ、なんかこう、あと一歩でも踏み込めば割れる薄氷に立っている時ような。

 押すも引くも、にっちもさっちも行けなくなった奴特有の――大量の脂汗が浮かんでいるように、ことねには見えた。

 そしてその見解は、見事な程に、正鵠を得ている。

 

(ど、どうしよう……どうすればいいの、これ……?)

 

 ここに来て、ここまで来て、本当の意味で動けなくなっていたのは、星南の方であった。

 ことねに素敵なプレゼントを贈って喜ばせたい。

 ただその一心で、少女漫画を視線で焼き切りそうなほどに熟読した星南が、特に着目したのは、手作りの贈り物を送るシーン――ではなく、もっと後の、最後の方のページ。

 物語のクライマックスにおいて、ヒロインと恋人の男が、互いに抱き締め合いながら語り合った一幕であった。

 

 

――嬉しい……貴方からのキスが、どんな贈り物よりも、一番うれしいの。

(なるほど……そういう事なのね、先輩!)

 

 

 つまり、あれだけプロデューサーがマウントを取って見せ付けてきたのは、全てこの流れを再現するための、お膳立て。

 ここで星南さんが、藤田さんにキッスをプレゼントすれば俺以上に喜んでくれますよ。

 と、親指をグッ! と、立てる脳内の彼にプロデュースされるまま、浮かれポンチに手紙も書いて、シチュエーションもセッティングして、こうしてことねを抱きしめた所で……、

 

(いや、その……ダメじゃない?

相手の合意もなく、き、きき、キスなんて、流石に……ダメよね、ダメでしょ、ダメじゃないかしら普通!?)

 

 彼女の全存在を感じとれる、圧倒的なリアリティに叩き起こされる形で。

 引きずり出された、たまに顔を出す、持ち前の優れた客観性と分析力が、本番になった今このタイミングで、現状に全力でブレーキをかけていた。

 

(ほ、本当に!? 本っ当にこれで良いのかしら!?

 今更ながら、なんか違う気がする、違う気がしてきたわ!?

こ、答えなさい、どうなの、これが貴方が与えた試練なのプロデューサー!?)

 

 もしこの場に居たなら、どう勘違いしたらそうなるんですか、違うに決まっているでしょう。と確実にマジレス一発で軌道修正してくれるだろう、彼は居ない。居るわけが無い。

 

(あああ!? セクハラ、かなり重度のセクハラよねコレ!?

 どっどどど、どうすればいいの!? 生徒会長で一番星が、こ、後輩、しかもアイドルに合意も無く抱き寄せてキスしかけたとか、だ、大スキャンダルじゃない!?)

 

 割と普段のストーキングも、そこそこスキャンダルなのだが。

 流石に乙女のキスという肉体的接触は、十王星南の独特な線引きの中でも完全にアウトであり。

 脳内では既に、切り抜きで目元に黒線が入った自分の顔写真と共に【某学園の一番星、後輩にキス強要!? 日常的にセクハラか!?】の見出しに。

『いつかやると思っていた』『とうとうやっちゃったんだ……』『そ、そんなことお姉様は致しませんわ!』『いえ、常日頃から付きまとっていましたから、いつかはやるかなと』『え゙え゙っ!? 会長逮捕ざれ゙ぢ゙ゃ゙ゔん゙でずが゙!!?』などと、身近な者達のコメントも載ったゴシップ週刊誌の記事が出来上がっていた。

 

(こ、ことね、ことねも何か言ってちょうだい!?

 キョトンとした顔してないで、あっ、その表情も永久保存モノに世界一可愛いわね……じゃなくて!?

 ここは断固としてNOを突き付けるところよ!?)

 

 チラっと薄目でこちらを確認して、やはりテンパって動かなくなる星南の有様を、ことねは無言で見つめていた。

 

(えぇ~、マジかこの人……ここまで来てヘタれんのかよ~……)

 

 あんだけグイグイ押せ押せで、こっちの迷惑顧みずアプローチを仕掛けて来た癖に。

 そんな気はこれっぽっちも無かったのに、なんの躊躇もなく一線踏み越えてきて、本気にさせた癖に。

 私なんかでも、貴女が欲しくて仕方ないと、思わせた癖に。

 それとも、ここまで含めてプレゼントなのだろうか? だとしたら――

 

(あ゙ぁ~……もう)

 

 ほんっとうに――藤田ことねの持ち芸が霞むほど、あざとい人だ。

 触れ得ざるほどの高みに居たはずの存在が、勝手に落ちて来て。

 ただ、手の届く場所で、オロオロと迷子のように惑うばかりで。

 

「こっ……ことね!? これは、そのっ、違っ、違うの――」

 

 眩くて愛おしくて仕方がないのに、高すぎて届かなかった存在だけど。

 今ならもう、簡単に、手が届きそうだったから。

 

 

――可愛すぎんだろ、星南ちゃん。

 

 

 頬が吊り上がるのを感じて、藤田ことねは、少し背伸びし。

 いつまで経っても惑うばかりの、

 

「んっ……――!?」

 

 星の唇を、奪ってやった。

 零の距離で、純潔が触れ合う数秒間だけ、世界は二人だけのモノになって、

 

「……ぇ……は……ぇ……?」

 

 汗ばむ唇が離れた時に、十王星南は渦巻く情緒の中から、ただ一つの事だけ、すんなりと理解できた。

 

「これでもう、星南ちゃんは、ことねちゃんだけのモノって事で……いいですよね?」

「ぇっ、えぁぁ……!?」

 

 一番星は。

 少し荒い吐息をかけて、この両頬に手を添えながら、悪戯げに微笑みかける――世界一可愛い女郎蜘蛛に絡めとられてしまったから。

 彼女の頭上で、天高く輝くことは、二度と無く、

 

「先輩からのプレゼント、あたし、確かに受け取りましたから。

……で、責任は、ちゃ~んと取ってくれるんですよね?♪」

 

 どこまでも彼女の魅力と言う毒に侵され、堕ちていくのだと。

 官能的な予感だけで頭が一杯で、まともにイエスも、ノーも、言えないまま。

 糸に巻かれ、転がり落ちていくように、再び十王星南の唇は塞がれたのであった……。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい。どうでしたか、星南さん?」

 

 もう完全に日が沈んだ、いつもの一室の扉が開く。

 無造作にここの扉を開く人間は、数えるほどしかおらず、今この夜更けのタイミングに来る人間は一人だけ。

 意気揚々と出て行った星南の帰りを待っていた青年は、作業中のパソコンを一旦閉じて、彼女に向き直り、

 

――……うん、なんか、ヤバいな?

 

 過去、十王星南をプロデュースしてきた中でも、最も強烈な危機感を抱いた。

 衣服の崩れも直さず、乱れた髪の手入れもせず、幽鬼のように中空を見て――誰がどう見ても、心が此処に無い。

 足取りもフラフラで、心身が削られているのは目に見えているのに、ただ瞳だけは。

 爛々と、尽きる事のない謎の使命感に燃えている。

 

――ヤバい、これは、絶対に、何か良くない事が起こった。

 

 滝のような汗が止まらないプロデューサーの様子を捨て置き、決してアイドルがしてはいけないような表情のまま、ふらふらと自分の指定席に座った星南が放った第一声は。

 

「聞きたいのだけど――プロデューサー」

「な、何をですか?」

 

 相も変わらず、脈絡も文脈もないが、

 

 

「責任を取るなら、式場と住宅、どちらを建てるべきかしら……?」

「…………………はい?」

 

 

 過去最高最悪に意味不明かつ、支離滅裂で、突飛であった。

 

「そう、私、責任、責任を取らなきゃいけなくて……そりゃ、そうよね、ええ。

 式場は一回きりだけど、住宅はずっと一緒に暮らす場所で、洋式か和式かでも人生で最も重要な瞬間である式場ぐらい間取りを用意したいわね披露宴の幹事には燕が良いけど一瞬も永遠も同じようなものじゃないかしら?

 どうかしら、あなたの意見を聞きたいわ、プロデューサー?」

「ぅ……ぉ……ぉぉ……!?」

 

 どのような不測の事態にも備え、必ず事前に返答を用意しておくことを心掛けている彼をしても。

 もはや星ではなく、宇宙人めいた彼方のロジックをまくし立てられ、返す言葉が何も見つからず狼狽するしかない。

 

「当然、大工には貴方を指名したいと思っているの、出来るわよね先輩?」

「出来ませんがっ!?」

 

 プロデューサー業に大工の心得は当然ないため、立ち上がってまでお断りを入れる。

 

「そんなことは無いでしょう。貴方はこの十王星南のプロデューサーなのよ?」

「その条件を押し通すなら、おそらく貴方をプロデュースできる方は極めてごく少数の稀有すぎる人材になると思いますが」

 

 キョトンと小首を傾げる今の星南に、マトモに付き合っていては心臓があと四つは必要になると青年は確信する。

 ズレた眼鏡を直し、推察。

 彼女は今、頭に渦巻く情報量がオーバーフローを起こし、自己完結しているが全く整理されていない情報を出鱈目に口にしているのだろうと、当たりを付ける。

 当たりを付けた所で、ほんの僅かなメンタルの慰めにしかならないのだが。

 

「卑下は先輩らしくないわ。

先輩は尊敬に値する、稀有な才能と実力の持ち主よ、私が保証するわ。

きっとプロデューサーを志す者なら、皆が目標にする――立派な大工になれる」

「すみません電話です失礼しますッ!」

 

 このままでは本当に大工に転職させられかねない男に、救いのようにかかってくる電話に飛びつき、席を立って隅っこに緊急避難。

 電話の相手は、もう一人の担当アイドルであり、

 

「ありがとうございます藤田さん! どうしましたか!?」

『あ、あの~、夜分すみませ~ん……プロデュ~サ~……へへ』

 

 こちらもこちらで、何やらヤバい状態にあるのだと、瞬時に察知できる声色であった。

 今日、貴方の家の借金が百倍に膨れ上がりましたとでも言われたような、どん底のどん底から響かせているような青褪め切った様子で、

 

『プロデューサーって、銀行員みたいな事も出来たし~?

アハハ、割とダメ元で聞いてるんですけど~?』

「ど、どうされましたか?」

 

 こちらもこちらで、星南とは別ベクトルに心が行方不明であり、普段はしないようなヘラヘラとした半笑い交じりに、

 

『プロデューサーって弁護士の仕事とかも、出来たりしちゃいません?』

「…………………は? 弁護士?」

 

 下手をすれば、星南よりも要領の得ない前置きをしながら。

 同じぐらいに意味不明な文脈で。

 人を大工から弁護士にクラスチェンジさせようとしてきて、男の脳内に果てしない宇宙が広がっていく……。

 

「も、もう少し文脈を! お願いですから人間に分かるようにお願いします!」

『じ、実はぁ、ことねちゃん、その、星な――他のアイドルにぃ、てて、手を、出しちゃって~……性的な意味で……アハハ』

「性的な意味でッ!?!?」

『い、色々と無責任にシャレにならない事も言っちゃってぇ~……お相手に侮辱罪とかセクハラとかそんなので、起訴されちゃった場合にぃ……い、いざとなったら法廷であたしを弁護して欲しいな~って、ふへ、ふへへへ……ていうかむしろ裁いて、裁け、だれかあたしを裁けぇぇぇ!!!』

「ふっ、藤田さんッッ!?!?」

 

 まだまだ分からない事だらけだが、まるで真白のシーツに、泥酔して泥をひっかぶせてしまったと気付いた時のような。

 自己嫌悪や罪悪感、ノリと勢いだけでヤってしまった自責に押し潰され、激しく錯乱しているのだけは理解できた。

 いや待て、このピースは繋がるはずだと、過負荷がかかっている脳内CPUをフル回転させて現状を整理する。

 十王星南は藤田ことねにプレゼントを贈りに行った、つまり二人ともその帰り。

 そこでことねは性的な意味で彼女に手を出し、星南は責任取るマシーンと化して帰って来た……?

 整理したはずが状況は余計混沌となり、完全に白目を剥いて固まってしまったプロデューサーの手から、スマホをひったくり、

 

「ことねっ!!! ことねなのねッ!!!」

 

 血走ったガンギマリな瞳と荒い鼻息のまま、電話越しに叫ぶ星南。

 

『ひっ、ひいいいいいぃぃぃぃぃ!!?!?

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!』

 

 完全に恐慌状態に陥って、半泣きの謝罪だけを繰り返すことね。

 

「もう逃げる必要はないわ、安心してちょうだい!!! 一番星の名に懸けて、十王星南は何があっても必ず責任を取るわっ!!!」

『もういいです全部忘れてしばらくそっとしてくださいお願いですからその場のノリでキス二回もやっちまったのは土下座でも何でもするんでぇぇぇぇ!!!』

 

 このような――当人たち以外には意味不明のやり取りを、星南とことねは、学園の外だろうが中だろうが、所かまわず行うようになる。

 責任を取るとデカい声で豪語しながら追いかける星南に、以前よりも遥かに鬼気迫る必死の形相で逃げ回ることね。

 この応酬は一瞬で学園内外の噂となり、次第に周囲はこのように、口々と語るようになるのだった。

 

『ええ、いつか手を出すと思ってました』と……。




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