汚いボイスロイドを拾ったので虐待することにした 作:美月海月
琴葉姉妹が風呂に入っている間、俺はとあるモノを準備していた。
それの準備は少し時間がかかるものだったが、あれだけ汚れていたのならば入浴時間も長くなると想定して準備していく。
姉妹らが風呂から出てくるのと、それの準備が終わるのはほぼ同時だった。想定通りである。
「マスター、上がったで」
「お風呂、ありがとうございます。それで、脱衣所に置いてあったこのスウェットは私たちが着ていいものでしたか?」
入浴を済ませた二人がグレーのスウェットを身に纏って出てきた。
「あぁ、もちろんだ。可愛いのじゃなくて残念だったな」
「い、いえ! そんなこと! その、ありがとうございます」
こいつらも年頃の女の子だ。風呂上がりには可愛らしいネグリジェとか着たいだろうが、そんなものはない。たまたま家にあった、その地味なスウェットで我慢してもらうぜ?
「あと、お前らが着ていた服は洗濯させてもらったからな」
「洗濯って……じゃあ、ウチらの服キレイになるんか?」
「そうだ。あんな汚い服でうろつかれても俺が困るからな」
こいつら自身も汚かったが着ていた服も汚かったので、まるで入浴後も着るかのように律儀に畳まれていた衣類を勝手に洗濯機にぶち込んで洗濯してやった。
中には下着も入っていて、出会って初日の男に勝手に洗濯されるのは不愉快だろうなぁ。だけど、汚い服をそのままにしておくのは許せないからな。
「お風呂から洗濯までしてくれて、ほんまありがとうなマスター」
「と、当然のことだろう。わざわざ礼なんてするな」
「ふふっ、私からもありがとうございます」
「チッ、まぁいい……」
勝手に衣類を弄られたから不快感を示すかと思ってたが、全くそんなことはなくむしろ礼を言われた。こいつらに恥じらいというものは存在していないのだろうか。
予想外の反応をされてややペースを崩されたが、軌道修正をして次のステップへと移る。
「ところで、腹減ってないか?」
「えっ、お、お腹ですか……?」
「空いとる、けど……」
こいつらが風呂に入っている間に準備していたもの。
それは食事だ。
どれくらいの期間あの山道に捨てられていたのかは知らないが、汚れ具合から丸一日以上捨てられていたのは確実だろうから空腹だと予測をした。
そしたら案の定、腹が減っているらしい。ふっふっふ、計画通り。
「そんなお前らに飯を食わせてやるよ」
「!! ほ、本当ですか!?」
「飯って……まさか、マスターが作ってくれたんか?」
「もちろんだ。……まぁ、デザートだけは買ったものだがな」
時間の関係上、デザートだけは手作りでは間に合いそうになかったので完成品を購入したが、それ以外は俺の手作りだ。
こう見えて、料理には自信がある。伊達に一人暮らしを続けていない。
「そんな……ご飯まで食べさせてくれるなんて……」
「ああ? 俺はお前らのマスターなんだから飯を食わせるなんて当たり前のことだろうが」
「……っ! はい、はい……っ! ありがとうございます……っ!」
なんか急に葵が泣き始めた。よく見たら茜も目を潤ませている。
な、なんだ……? そんな泣くほど腹が減っていたのか……?
「まあとりあえず席に着け」
このまま泣かれるのも気まずいので、二人に着席するようを促す。
ちなみに一人暮らしではあるが、四人がけのダイニングテーブルがうちにはある。
用意した飯を盆に乗せて、二人の元へと運んでやる。
「マスター特製、エビフライ定食だ!」
「わぁ……!」
「めっちゃ美味そうやなぁ……!」
今回俺が作ったのはエビフライ定食。
マンガ盛りのご飯に、サクサクプリプリのエビフライ。山盛りのキャベツの千切り、具だくさんの味噌汁。
「そしてデザートにこいつもいるぜ」
「こ、これは……!」
「チョコミントアイスだ!」
デザートにチョイスしたのはチョコミントアイスだ。
そう、今回のメニューには茜と葵の大好物である、エビフライとチョコミントアイスを取り入れたのだ。ボイスロイドの知識はそれなりにあるので、琴葉姉妹の好物は把握していた。
時刻は深夜0時を回っている。こんな時間から食うにはちょっと、いやかなりのボリュームだが自分らの好物がふんだんに使われたメニューなら食べたくなるだろう。それに泣くほど腹が減っていたみたいだしな。これはもう食うしかないだろう。
「マ、マスター、これ本当にウチらが食べてええんか……?」
「当然だ。お前らのために作ったんだからな」
「マスター……ありがとうございます!」
「さぁ……たんと食いな」
俺が食べるよう促すと、二人は手を合わせて「いただきます」と口にして、食事を始めた。
「お、美味しい……!」
二人の声が重なる。
「当たり前だろ? この俺が作ったんだからな」
幸せそうに顔を綻ばせる二人を見て、思わず俺も嬉しくなる。
こうして誰かに自分の作った料理を食べてもらって喜んでもらうってのも悪くはないな。ずっと自分で作って自分で食うだけだったからな。
「そういえば、マスターは食べへんの?」
「俺はいい」
「そんな、私たちだけじゃ申し訳ないです」
「いいんだ、遠慮するな」
確かに深夜帯ということと目の前で美味そうに飯を食う二人を見て、若干腹は減ったが大丈夫だ。それにこの後はもう寝るだけだしな。
「……マ、マスター。よかったら一口、どうぞ」
そう思っていたら、葵がエビフライをこちらに向けてきた。
……全く、俺には遠慮するなと言ったのに。
「……はぁ。そこまで言うなら頂こう」
「ふふっ、はい、じゃああーん」
「……あーん」
葵のエビフライを一口囓る。
衣はサクサクで、身はプリプリ。自分で言うのもなんだが、極上のエビフライである。これは店で出せるレベルだな。
「……美味いな」
「ふふっ、マスターが作ったものですよ?」
「葵だけずるいで! ウチもマスターに食べさせたる!」
「あん?」
俺と葵のやりとりを見ていた茜が急に声を張り上げ、「んっ」って言いながらエビフライをこちらに向けてきた。ずるいってなんだよ。意味が分からんぞ。
「ほら、マスター。あーん」
「……あーん」
そもそも俺が作ったものなんだがな、というツッコミは野暮な気もしたので茜が差し出してきたエビフライも口にした。
やはり美味い。美味いのだが、どことなく恥ずかしさも感じるのは何故なのだろうか。
「もう俺は大丈夫だから。ちゃんと味わって残さずに全部食えよ」
エビフライ二口。この空いた腹を満足させるには足りないはずだが、どこか満足した俺は誤魔化すようにその場を後にした。
あの場にちょっと居づらくなったのもあるが、次の準備もあるからな。
しばらくして戻ってくると、二人は完食していた。
大量に作ったが、どうやら空腹と俺の作った極上の飯には抗えなかったようだな。
「あ、マスターごちそうさんやで」
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「ああ。全部食ったようだな」
幸せそうな表情をした姉妹が、俺に感謝の言葉を告げてくる。
こんな時間にドカ食いさせられて礼を言ってくるとは、なんともまあ能天気な奴らだ。
そんでもってここから次の虐待をすることによって、この大量の飯責めが効いてくる。コンボ技なのである。
「そんじゃ飯も食ったことだし、次にお前らには――」
聞いて驚くがいい。そして絶望の淵に立たせてやる。
「ぐっすり寝てもらうぜ?」
「え……」
フハハ、俺の発言に脳が処理しきれなくて言葉も出ないようだな。
そう、飯を大量に食わせたら次はすぐ横になって眠ってもらうのだ。
深夜にたらふく飯を食って、そのまますぐに寝る。これじゃあ牛になっちまうなぁ?
「もう寝ていいんですか……?」
「あぁ?」
「ウチら、ここに来てからまだなにもしてへんのに、このまま寝てええの?」
ほう……。まだなにもしてない、か。随分と余裕そうだなぁ?
熱湯責め、飯責めは全然効きませんでしたよアピールか? 中々虐待のしがいがあるタフなボイスロイドじゃねぇの。
「これも命令だ。すぐ寝るんだな」
「……分かりました、じゃあお言葉に甘えて休ませていただきます」
「あぁ、それでいい」
マスター命令ということにすれば、従わざるを得ない。
しぶしぶこのまま寝ることを承諾した二人。
「寝る前に歯磨きだけしとけよ。洗面所にあるから」
「分かったで」
「分かりました」
「んで、寝室は――」
こいつらの寝る場所を説明する。
綺麗な寝具で寝たいだろうが、そうはいかない。俺が普段寝ているベッドで寝てもらう。ダブルサイズだし二人で寝るには問題ないだろう。文句は言わせないぜ?
「それじゃあおやすみなさい、マスター」
「色々とありがとうな。おやすみ、マスター」
「おやすみ。しっかり寝るんだぞ」
朝になったらまたたっぷりと虐待をするからな。しっかりと寝て体力を養ってもらわないとな。
二人が洗面所へ向かい歯磨きをして、やがて寝室へ行ったことを確認してから俺は片付けを始めた。
*
寝室へ入った私たちは、目の前にある大きなベッドに感激していた。
「こんなふかふかなところで寝られるなんて夢みたいやぁ……」
「そうだねお姉ちゃん」
前のマスターは大きな家に住んでいたけど、私たちにはまともな環境で寝かせてくれなかった。
曰く、『道具なんて最低限休める場所だけあれば十分すぎるだろ』とのことだった。
「それに、お姉ちゃん大好きだったエビフライ、たくさん食べられてよかったね」
「葵こそ、チョコミントアイス食べられてよかったやんな」
お姉ちゃんはエビフライが大好物。私はチョコミントアイスが大好物。
この情報は有名なのだろう。だからマスターはわざわざ作って、用意して、私たちに食べさせてくれた。
そもそも、食事を与えてくれた事自体にものすごく感謝している。
これまた前のマスターは『道具に飯なんて必要ないだろ』と言って、私たちにご飯をくれたことは一度もなかった。
皮肉なことに、私たちは超高性能アンドロイド。確かにご飯を食べなくても、睡眠や太陽光を浴びるだけでも動力は回復する。生命活動に支障は出ない。
だけど、それでもやっぱりお腹は空くし、美味しいものを食べたい。
食事は人生の娯楽の一つだ。食事をしなくても肉体は死なないかもしれないが、精神は着実に蝕まれていくだろう。
「温かいお風呂に、美味しいご飯。前のところとは大違いだよね」
「せやなぁ……。文字通り地獄やったからなぁ……」
「ほんと、いい人に拾われてよかったよ」
「マスターにも拾ってよかったって思ってもらえるようにウチらも頑張らんとな」
「そうだね。……それじゃ、おやすみお姉ちゃん」
「おやすみ、葵」
お姉ちゃんと一緒にベッドへ横になる。
うわぁ~すごくふかふか。……それに、マスターの匂いがする。
「……ふふ」
なんだかマスターの優しさに包まれている感じがして、思わず笑みが溢れる。
お腹いっぱいご飯を食べて、マスターに包まれながら眠りにつく。こんな幸せな思いをしちゃっていいのかな。
起きたらマスターのためにいっぱい頑張ろう。
そうして私は意識を闇の中へと落とした。
気がつくと私は真っ暗な空間の中に立っていた。
「ここは……どこ……?」
周りを見渡しても何もない。
「よぉ」
「――ッ」
その瞬間、この世で一番聞きたくない男の声が聞こえてきた。
この声は……前のマスターの声だ。
「どうやら新しいマスターに拾われたようだな」
「それが……どうかしたんですか」
もう私はこの最低最悪な男の
声が震えそうになるのを必死に抑えて、男へ反抗心を見せる。
「ふん……。別にお前が誰に拾われようと知ったこっちゃないがな……果たして出来損ないのお前が、新しいマスターの役に立てるかな?」
「ッ!」
嫌だ、やめて。
この男は、よく私に向かって「姉のおまけで生まれた奴」「姉より価値がない」などと言ってきていた。
お姉ちゃんに対して関西弁というアイデンティティを否定したのと同じように、この人は私の存在自体を否定してきていたのだ。
「そんな……こと、ない……っ! マスターは私のことを必要としてくれる!」
「ふぅん……」
この男には敬語で話すことを強制されていたが、もうこの男はマスターではないのだ。敬語なんて使う必要がない。だから強気に反論をする。
「じゃあ何故、今この瞬間に新しいマスターはお前のことを助けに来ない?」
「……えっ?」
「お前を虐げてきた男が、現に今お前を苦しめているというのに何故助けに来ないんだろうな?」
「そ、それは……」
「答えは簡単だ。お前のことは必要ないからだよ」
「う、うぅ……そんな……」
嫌だ、そんなのこの男のでまかせでしかない。でまかせのはずなのに……マスターが来てくれないということは、つまりそういうことなの……?
「――に、――ぞ!」
「……え?」
遠くの方から何かが聞こえた気がした。
音が聞こえた気がする方向へ向いてみると、そこには光の空間が広がっていた。
「ここに……いるぞ!」
「――! マスター!?」
そこをじっと見つめていると、光の中からマスターが出てきた。
私の、私のことを必要としてくれるマスター。
「そんなところに突っ立っていないで、こっちに来い。俺のボイスロイドなんだからよ」
「はい……っ!」
私に向かって手を差し伸べてくるマスター。
大きくて頼もしくて、このどうしようもない地獄みたいな闇からすくい上げてくれる救いの手をしっかりと掴む。
その瞬間、周囲一帯が光で包まれていった。
「――っ!」
がばりと身体が起き上がる。
「嫌な夢でも見ていたのか?」
間もなく、横から優しい声が飛んできた。
「マスター……」
声の主は私のマスターだった。
マスターに言われて、あれは悪夢だったのだと理解をする。どうやら随分とトラウマになっているらしい。それもそうか、存在を否定され続けて心の傷を負わない方がどうかしている。
「全く。ちゃんと寝てるか確認しに来たら、すごいうなされていたから心配したぞ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、別にいい。怖い夢の一つや二つ、見ることくらいあるだろ」
ここで一つ、あることに気づく。
マスターが私の手を、両手で優しく握ってくれていることに。
「マスター……その、手……」
「ん? あぁ……こうしたら悪夢から覚められるかと思ってな。嫌だったとは言わせんぞ?」
「いえ、そんなこと全くありません。むしろ、ありがとうございます……」
マスターはたまたま様子を見に来ただけと言うが、私にとっては苦しんでいたところを助けに来てくれたように思う。
「あの、マスター。一つお願いをしてもいいですか?」
「なんだ?」
「このまま……私が眠るまで手を握っていてくれませんか?」
「……ふん、わがままな奴だ。いいだろう、またうなされて睡眠不足になったら困るしな」
「へへ……ありがとうございます、マスター。おやすみなさい」
「おやすみ」
こうして私はマスターに手を握られながら眠りにつこうとした。
不思議と、次は良い夢が見られそうだと思った。