『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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9話目

 事務所の扉を開けたのは、賀陽さんだった。

 

「邪魔するわよ」

 

 そう言って彼女は、私が座って備品申請書を記載していた机に向かい、反対側のパイプ椅子に腰かけた。

 他の二人は一緒に来なかったようで、一人だけで来たらしい。

 

 時刻は既に18時になろうとしており、中等部の生徒が出歩くには心許ない時間だ。

 

「ようこそ…他のお二人はどうされました?」

 

「美鈴はご飯の準備するって言って帰ったわ。

 手毬は限界近かったから美鈴に連れて帰らせたわよ」

 

「なるほど…月村さんの練習量はきちんと調整しないといけませんね…。

 改めて、ここが()()()()『SyngUp!』の拠点となる事務所です。

 今は殺風景ですが、備品の手配をしますので、ご安心ください」

 

「そう」

 

 彼女はそう言って頷いたが、それ以上口を開こうとはしなかった。

 申請書を書いている途中ではあるが、それで目の前の担当アイドルを放り出すのは間違っているだろうと思った私は、手を止めて彼女の顔を見る。

 

「…一応聞いてもいいでしょうか」

 

「好きにしなさい」

 

 そう言いながら彼女は私の方を見ているが、私の顔は見ていない。

 

「どうして今日来られたのですか?

 てっきり、全員揃ってくるか、来ないものだと思ってましたが」

 

 私の言葉に、彼女は意地悪そうに笑った。

 

「あら、一人で来ちゃいけないのかしら?」

 

「そういうわけではありませんが、わざわざ一人で来るようなこともないと思いましたので」

 

 すぐにそう返した私に、彼女はようやく『私の眼』を見た。

 

「…あの子たちがいないうちに、きちんと話しておこうと思ったのよ」

 

 私はすぐに、二人がいないときにしたい話がすぐに思い当たった。

 ()()()()()()()()()

 誤魔化すために、顔を引き締めて表情を極力なくす。

 

「話ですか…近々、全員と個人面談をさせていただこうとは考えておりましたが、それでしたら先んじて受けさせていただきます」

 

「単刀直入に言うわ。

 プロデューサーを引き受けてもらって悪いけど、私、アイドルを続ける気はないの」

 

 …想像していた通りの話ではあった。

 だが、実際に受け止める準備をしていても、実際に聞くことのダメージは思いのほか大きかった。

 何とか取り繕って、続きを促す。

 

「…理由をお聞きしても?」

 

「そうね……話してもいいけど、ただ話すだけじゃ面白くないわ」

 

 そう言って彼女は、また意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「面白い面白くないではないと思いますが…」

 

()()()()()

 

 それまでのにやにやとした顔から、急に真剣な顔になった彼女の雰囲気の変化に舌を巻く。

 ここからが、本題なのだろう。

 

「どのような条件でしょうか?」

 

「あなた、私たちに隠していることがあるわよね?」

 

 …痛いところを突かれた。

 ある意味では当たり前かもしれないが、正直なことを言うともう少し誤魔化しておきたかった。

 

「…人間ですので、隠し事の一つや二つはありますよ」

 

 そう言って誤魔化すが、それで引くようならば、わざわざここまで来ないだろう。

 

「ええ、でも私も人に話したくないようなことを言うんだから、お相子じゃない?

 それに、これから()()()()()をプロデュースするなら、あなたをどれぐらい信頼できるのか知っておく必要がある。

 だから、話して欲しいなら、あなたのことも話しなさい、一方的に知られているって言うのは、いい気分じゃないわ。

 特に、私たちに渡したソロ曲。

 まだ担当もしていないアイドルにソロ曲をそれぞれ合計3曲用意するって、普通じゃないわよ」

 

 …やはり…賀陽さんは…いや、それ()だが、目先のことは別だ。

 

「…」

 

「で、どうするのかしら?」

 

 少し考えていたが、やはりある程度は正直に話すしかないだろう。

 

「…わかりました。

 私がどうやってあなた達の曲を用意したのか、教えます。

 ですので、賀陽さんは私にアイドルをやめようとしている理由を話してください」

 

「ええ、約束は守るわ」

 

 だが、いきなり異世界転移したなんて言っても、正気を疑われるだけだ。

 ()()()()()()()()()()言い訳を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…唐突な話ですが、単刀直入に言います。

 私があなた方の担当をしたくなった理由にも繋がる話です」

 

 そう言って間を置き、息を吸う。

 

「…()を見たんです」

 

「…は?」

 

 彼女は、私の言葉に何を言っているのかわからない、といった顔でこっちを見ている。

 何もおかしくはない、詳しく説明しても同じ顔になるだろう。

 

「その夢は、『ソロアイドル月村手毬』がライブをする夢。

 そこで歌っていた曲が、『Luna say maybe』でした。

 ライブはオーディションを兼ねたライブで、そこでは『ソロアイドル秦谷美鈴』も歌っていました。

 それが『ツキノカメ』」

 

「…」

 

 最初は何を言っているのかわからないといった顔をしていた彼女だったが、私の説明を呑みこんできたのか、真剣な表情に戻っている。

 

「夢はとても長いもので、ライブが終わった後も続いていました。

 そこでの()()()()は、高等部に進学していて、『SyngUp!』は既に解散していました。

 『賀陽燐羽』はアイドル活動をしない、唯一の特待生として3組に在籍していましたが、『極月学園』に転校してしまってます。

 恐らく、私が見た夢はあなた方『SyngUp!』が辿る、()()()の未来。

 そして、()()辿()()()()()()()()()()です」

 

 そう言い切って、息を吐く。

 嘘と言えばウソだし、ホントと言えば本当だ。

 私が見てきた『前の』人生は、本物だったと思っているがそれを証明するものは、恐らく何もない。

 あっちが夢でこっちが現なのか、はたまた逆で、こちらが胡蝶の夢なのかは誰にもわからないだろう。

 

「…そんなことを信じろって言うの?」

 

 嘘をつかれたことに憤慨しているのか、彼女の声には怒気があった。

 

「私にはそれ以上の説明はできません。

 正直に全て話しましたが、信じるか信じないかはあなた次第です」

 

 これで完全に納得してもらえるとは思ってない。

 だが、落としどころとしてはこの辺りが限界だ。

 事細かに詳細を説明したほうが、頭の病気を疑われてしまうだろう。

 

「…正直信じられないわね」

 

 私の真剣な表情に、判断が揺らいだのか彼女の声から怒気は少し和らいでいた。

 

「信じられないのでしたら、賀陽さんのアイドルを辞めようと思った理由は話さなくても構いません。

 できれば賀陽さんの口から直接聞きたいですが、『夢』で見た通りなら推察できはします」

 

「はあ…いいわ。

 例え嘘だったとしても、約束した以上は守る。

 それと一つ気になったのだけど」

 

「なんでしょう?」

 

「一応聞くけど私、『夢』ではアイドルやめてるのよね?」

 

 何を聞きたいのか、一瞬わからなかったが、すぐに思いあたった。

 

「そうですね。

 事実上、アイドルを半ば引退するような形だったと記憶しています」

 

「あなたが私に渡した曲、『太陽』。

 あれはどう説明するのかしら?

 『SyngUp!』が解散してアイドル活動をやめたのなら、ソロ曲はないはずだと思うのだけれど?」

 

 それもそうだろう。

 彼女は本来、『SyngUp!』を解散したときに、アイドルをやめる思いでいた。

 そんな彼女にソロ曲は本来ない。

 だが、これに関しても()()()は用意している。

 

「そうですね…他の夢を見たときに、流れていた曲です」

 

「…あなた、本当のことを言うつもりはあるの?」

 

 再度彼女の声に怒気が宿る。

 だが、私にもこうとしか説明できない。

 

「嘘ではありません。

 私の見ていた夢は…そうですね…人一人分の人生が詰まっていたものだと思ってください。

 その人生経験で聴いた曲の中から、()()()に合うと思ったものを選んで、再現した。

 そういったものだと思ってください。

 一応言いますが、賀陽さんに渡した曲を含め、同じ曲が現在存在しないことは確認しています」

 

「荒唐無稽にもほどがあるわよ」

 

 仕方なく、もう少し細かく説明したが、やはり受け入れづらいものであることは間違いない。

 実際、受け入れてもらう必要はないので、割り切ってもらう方向で進めていくしかない。

 

「そうでしょうね。

 ですが、私に説明できるのはこれで限界です。

 重ねて言いますが、『嘘』ではありません。

 信じるかどうかは、賀陽さんにお任せします」

 

 そう言って彼女の眼をしっかり見る。

 相手に話を信じ込ませたいときに重要なことは、相手の眼を見て逸らさないことだ。

 後ろめたいことがあったとしても、自分に言い聞かせて嘘を本当だと思い込み、相手の眼を見て後ろめたさをなくすことで、信じてもらえる姿勢を作る。

 仮に信じてもらえなくても、それ以上説明ができないと理解してもらえば、ある程度は納得してもらえるものだ。

 

「…そう、信じてあげるわ。

 あなたの荒唐無稽な話。

 あなたが包み隠さず全てを話したくなったら…その時は教えなさい」

 

 …だが、やはりいつか清算しなければならないときは来るのだろう。

 私の後ろめたさをどこで察したのかはわからないが、彼女には私が本当のことを言っていても『隠し事』をしていることは、察しているようだった。

 

「…ええ、その時は、必ずすべてを包み隠さずお伝えします」

 

「約束よ。

 それと言っておくけど、私、約束を破る奴は許さないから」

 

「存じてます」

 

「それも、夢のお告げってやつかしら?」

 

「ええ、『秦谷美鈴』が言っていました。

 『りんちゃんは…誰よりも義理堅くて、ナイーブで……とっても優しい女の子です。』と」

 

 確か、秦谷美鈴はそういうふうに言っていたはずと思いながら話したが、目の前の彼女の顔は露骨に歪んだ。

 

「…あなた、そういうことやめたほうがいいわよ。

 直接『人』を見ているようで見ていないのは、腹が立つわ」

 

 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、自分の悪いところにようやく気づいた。

 私は、何処までも彼女たちを『キャラクター』として見ており、目の前の彼女たちを見ていなかったのだ。

 前の世界の彼女たちにばかりフォーカスしてしまい、目の前の担当アイドルを見落とすなんて、プロデューサーとしてはあってはならないことだった。

 

 指摘されてようやく、彼女たちを正しく見ていなかったことに気づき猛省する。

 それに…私がプロデュースしたいと思ったのは『思い出の中のSyngUp!』ではなく、『今のSyngUp!(彼女たち)』なのだから。

 

「それは…そうですね…。

 申し訳ありません。夢と現を混合するのは、もうやめにします。

 今の私には、『秦谷美鈴』も『月村手毬』も『賀陽燐羽』よりも、あなた方三人の方が大切です」

 

 現状の理解が足りていなかった。

 既に私は、彼女たちの人生に一部を左右する立場にある。

 いつまでも彼女たちに、私の記憶の中の影を写してはいけない。

 

「……そう、まあいいわ。

 約束通り、私がアイドルをやめたい理由について、話してあげる」

 

 私の言葉で納得してくれたのか、彼女は今度は自分の番とばかりに、言葉を紡ぐ。

 

「私にはお姉…姉がいるの、知ってるかしら?」

 

「『賀陽(かや) (けい)』さんですね。

 過去に『一番星(プリマステラ)』でもあった」

 

 彼女たちのプロデュースをするにあたって、ネットで拾える情報はある程度拾った。

 その中に、賀陽さんのお姉さんのことも少しは確認していた。

 

「そう、なら話は早いわね。

 …今は引退しているのも知っているわよね?」

 

「…ええ、『夢のお告げ』もありましたが、それだけでは確証が持てなかったので、調べられる範囲では調べました。

 引退したのは、今から1年と2か月前…賀陽さんが、1年生の時ですね?」

 

 調べはしたが、やはり予想通りの内容だった。

 賀陽さんが本気にならなくなったのと、ほとんど同じ時期に彼女は引退していた。

 

「ええ、そうよ。

 私は…お姉ちゃんに憧れて、お姉ちゃんが歌っているのを見て、私も同じ場所に立ちたくて、『初星学園(ここ)』に来た。

 そして、あの日、あのライブを一緒に見てたあの子たちと再会した。

 …楽しかったわ。アイドルも、ユニット活動も、レッスンも、『初星学園(ここ)』で学んだこと全てがね」

 

 そう言う彼女は、しみじみと、何かを噛み締めている。

 ()()()()()()()()()()のだとばかりに、悲しい表情を隠しながら。

 

「がむしゃらにやったわ。

 それこそ、今の手毬と大差ないくらいにはね。

 …いえ、もっと無謀だったかも」

 

「月村さんより無謀…正気ですか…?」

 

「それぐらいしないと、トップアイドルには、『一番星(プリマステラ)』にはなれない。

 ()()()()()()()()()()()

 …そう思っていたのよ、あの頃の私は」

 

「…ですが、彼女は引退した」

 

「…()退()()()()のよ。

 この私がね」

 

 その言葉に思わず息を吞む。

 ()()()()()()()の中にはあったことだが、実際にそうだというのであれば、相当おかしいことになる。

 目の前の彼女の、実力が。

 

「…約束したのよ。

 『アイドルになって、お姉ちゃんに負けないぐらいのアイドルになる』

 『そうしたら、一緒に歌おうね』

 そんな子供の、他愛ない夢よ」

 

「…それは…」

 

「最初の約束()叶ったわ。

 中等部、1年生の冬の終わりにね」

 

「ですが」

 

「ええ、2個目の約束は叶わなかった。

 引退した理由は…予想はつくけれど、教えてはくれなかったわ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()

 

「…」

 

「私はその時理解したわ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あんなにも輝いていたお姉ちゃん(一番星)が、()に負けただけで引退しちゃって、ショックも受けたし、幻滅もしちゃったわ」

 

 そう言う彼女は…今にも泣きそうな顔を隠しているように見えた。涙はとうに枯れ果ててしまったのだと言わんばかりだ。

 

「…でも、何より許せなかったのは、()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 そう言って、彼女は手を思い切り握りしめた。

 アイドルにとってマイクを持つ手は、喉と同じぐらい命と言っても過言ではない。

 その手を、自らの手で痛めつけるような行為は本来は止めるべきだ。

 

 …なのに、私の体は動かなかった。

 彼女の懺悔は止まらない。

 

「どんなにすごい人でも、超えてしまったら引退させてしまうんじゃないかって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って…そう思ってしまったのよ」

 

 その思いは、少なくとも中等部1年生だった彼女が抱いていいような、優しいものではない。

 『賀陽継』さんに話を聞かないことには、正確なことはわからないだろう。

 …だが、彼女がそう思ってしまうのも無理はない。

 それで一番の憧れが、『実の姉』が引退してしまったのであれば、思春期の少女に与える影響は計り知れない。

 

「…今の私は、前みたいに本気でレッスンに取り組むことすらできないわ。

 そんな人が、アイドルを続けていくなんて、ファンにも失礼でしょう?

 だから、私はアイドルをやめる」

 

「…憧れを作って、追い抜いて心を折らないようにですか?」

 

「そうよ。

 …もうあんな気持ちは二度と味わいたくないから」

 

 そう言いながら俯く彼女は、日中に話していた時のような、不敵な感じは全くない。

 今の彼女は…道を見失ってしまった迷子と同じだ。

 

「…これで私の話は終わり。

 協力しろとは言わないけど、邪魔はしないで」

 

 彼女は話は終わりと言っているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今の、目の前の心が泣いている彼女に言うべき言葉を選びながら、私は胸に湧き上がる思いを沸々と感じ取るのだった。

 

学マスのストーリーはどの程度進めていますか

  • アプリをそもそも入れていない
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