『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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94話目

 

 今日はいい朝だ。

 

 暗がりの中で、初星学園の校門の裏。

 椅子を持ち出して座り込んでいる私は、傍から見れば不審者そのものだろう。

 朝の涼しい風を浴びながら、秦谷さんが用意してくれた水筒の温かいお茶を口にした。

 

 一つ呼吸を落ち着かせて、パソコンを叩きながら昨日のことを思い返す。

 

 昨日……恥ずかしい暴露会のような形になってしまったが、お互いをこれまでより深く知ることができた。

 私もあそこまで打ち明けるつもりもなかったし、受け止めてくれるとは思わなかった。

 少し拍子抜けな気持ちもあったが――それよりも、嬉しさの方が大きかった。

 …まだ言っていないことも多いが。

 

 あれからやけに、担当アイドルたちが優しく感じるのは気のせいではないだろう。

 

 やたらと私に気を使ってくるし、前より距離が近い。

 油断すると接触されそうになるので、間合いを取るので必死だ。

 

 昨日の焼肉も、以前のような暴走は全くなく、誰一人として無理して食べるようなことはなかった。

 月村さんが他の人より気持ち多めに食べていたが、それでも許容範囲内に収めていたのは驚いた。

 

 我慢しないでいいんですよと言ったら、明日も朝から走るんだから、そんなに食べるわけないじゃないですかと言われたのは納得できないが。

 これまでの自分の所業を思い出してほしい。

 

 普段の彼女との違いで心配していたが、賀陽さんと秦谷さんに心配しなくて大丈夫だと言われたので、そのまま受け入れた。

 行く前にした会話で、思うことがあったのかもしれない。

 恐らく明日――つまり、今日のレッスンに力を注ぎたいからだろう。

 

 

 朝の4時に学園前で、走りこむ彼女たちを見守る。

 10月の4時過ぎは、朝というには早すぎる時間で、まだ日は昇っておらず、あたりは薄暗い。

 初星学園周辺は、比較的明るいので、この時間でもライトを必要としないで走れるのはありがたい。

 今日は本当に珍しいことに、秦谷さんも朝一で走りに来ていた。

 私が知る限り、初めてのことで驚いたのだが、朝一で月村さんと仲良く現れた彼女は珍しくやる気に満ち溢れていた。

 

「今日は…昨日の昂ぶりが抑えきれないので、少しだけ、走らせていただきますね」

 

 そう言って……賀陽さんと並走する彼女は、涼しい顔をして走っているが、その目はギラついていると言ってもいいほど、やる気を感じる。

 花岡さんが、彼女たちに食らつき、ほとんど距離を離さない……1メートルもないぐらいの位置で、抜こうと思えば抜けるような距離だ。

 隙を見せれば、一瞬で抜く算段だろうが、そのペースを維持するのが難しいのか顔は少し苦しげだ。

 月村さんと藤田さんは、彼女たちから少し離れているものの、普段よりも早いペースで走っている。

 

 

 ……本当に、いい朝だ。

 

 

 お茶を飲み、彼女たちを見守りながら、パソコンには目もくれず手だけ動かし続ける。

 

 担当アイドルは互いに切磋琢磨し合い、彼女たちをケアするための最大限の用意をして、彼女たちの頑張りを感じながら仕事を進められる。

 この朝の時間……朝の4時過ぎは、走っている人は私の担当アイドルぐらいなので、私も仕事を進めることができていた。

 

 私のパソコンには、他人に見せられないファイルがいっぱいある……具体的には、彼女の成長プランや今後のプランの準備。

 これまでのプランのフィードバックや、大和との仕事の内容。

 あまり良くない手段で集めた情報、担当アイドルの詳細な情報など、エトセトラ(その他にも諸々)

 プロファイルしている全人物の情報も、各種フォルダにまとめている。

 覗き見防止フィルムはつけているが、後ろからマジマジと見られたら見られることもあるだろう。

 

 だから、パソコンにはパスワードを設定しているし、基本的に肌身離さず持つようにして、使用しない時は極力事務所のキャビネットに鍵付きでしまっている。

 そして、パソコンを開いて仕事をする時は、内容も慎重に考えなければいけない。

 だが、人気のないこの朝の時間か、事務所にいるときは気にしないで仕事を進めることができるのだ。

 

 逆に言うと、このPCの中身を洗いざらい吐き出されると、私のクビは容易く飛ぶ。

 

 そんな時限爆弾にも似た仕事道具は、『昔』からの私の相棒だ。

 そんな相棒も、文字通りの時限爆弾を抱えているため、パスワードを3回間違えると中身のデータがすべて消し飛ぶようになっている。

 バックアップも定期的にとっているが、そっちは自宅の引き出しの金庫に厳重に保管してあるので、まず盗られることはないだろう。

 

 担当アイドルよりも付き合いの長いそれは、暗がりで私の顔を照らしている。

 薄暗い中で遠くを見ながらパソコンを打ち続ける私は、客観的に見てもホラーテイストだろう。

 今ここに来た生徒がいたら裸足で逃げ出しても文句は言えない。

 

 パソコンの画面に視線を落とし、少し考えてファイルを保存して閉じる。

 

 概ねプランの方向性は決まった。

 担当アイドルからの承諾も得た。

 後は実行に移すだけ。

 

 

 

 ………さて、そろそろ現実に向き合うか。

 

「白草さん、どうかされましたか?」

 

 暗がりということもあって、気づくのが少し遅れてしまった。

 彼女の気配を察したから、先のファイルは落として別のものを開いていたのだ。

 このまま暫く見ないふりをしようかと思っていたが、隣に立っている彼女の圧に負けた私は、諦めて聞くことにした。

 

「昨日は早く抜けたからな。

 貴様の猟犬の様子を見に来た……が、昨日よりも、良い顔つきをしている。

 何をした?」

 

「あまり詳しくは言えませんが、相互理解のために、私と彼女たちの『夢』とお互いの隠し事を打ち明けました。

 変わったことと言ったらそれぐらいでしょう。

 昨日、彼女たちも滾っていましたから」

 

「ほう……それだけで、この短期間にここまで変わるものなのか?」

 

「ええ。

 気の持ちようというのは、思いのほか大事ですよ。

 本番直前のメンタルケアが、ライブに大きく影響することもあるでしょう?」

 

 私の担当アイドルだと、これが如実に表れるのは月村さんと藤田さんだ。

 他の3人も、全くないわけではないし、メンタルが万全の方が自然と良い結果は出るだろう。

 

 ……そして、それは彼女たちだけではない。

 

「それに、私はこれまで彼女たちに隠し事をし続けてきました。

 あまり自分で言うのもあれなのですが、それを話したことが嬉しかったようで……少々、気合が入っているのかもしれませんね」

 

「なるほどな。

 それで、秦谷美鈴まで走っているわけか。

 …どれ、私も混ぜてもらおうか」

 

「ほどほどにお願いしますよ。

 力尽きてきたら、回収しますから」

 

「ああ。

 それと、今日は2年1組のボーカルレッスンに顔を出す。

 用意をしておけ」

 

「仰せのままに」

 

 走り出した彼女を見送り、タイマーをセットする。

 時間になったら、高等部の先生方に連絡をつけるためだ。

 

 白草さんの特別講師としてのレッスンは、思いのほか好評だった。

 同年代のアイドルが、ここまでのレベルに達していることで、生徒たちに火がついているらしい。

 

 特に、十王会長と雨夜副会長を中心に、より輝く彼女たちに負けじと周囲も努力をしている。

 

 今まで、十王会長が一番上だと思い込んでいた彼女たちにとって、彼女よりも上かもと思わせるほどの実力者が同年代にいたことは、ある種の衝撃だったのかもしれない。

 探せば、まだまだトップアイドルはいるのだが、狭い学園の中にいる彼女たちは、外を見る機会が少ない。

 意図して見れば、見ることはできるが、学内で燻ぶっているような彼女たちが外にまで目を向けるのは中々厳しいものがあるのかもしれない。

 

 それもそうだろう。

 

 目の前のことが解決しなければ、より大きな問題への着手は難しい。

 学内で上に行くための努力で手いっぱいだった彼女たちにとって、白草さんは新鮮な風だったのだ。

 

 ………そろそろいいか、条件はもう満たしただろう。

 

 ちょうどいい機会だし、更に先に進むための準備をしておこう。

 

 

 

 

 

 朝の練習を終え、身支度を整えなおしてもらい、事務所で揃って朝食を食べて、担当アイドルたちは中等部に、私と白草さんは高等部に向かった。

 秦谷さんは、6時には切り上げて朝食の準備に取り掛かっていたので、まだ余裕がありそうだったが、他のメンバーはだいぶ限界値が近かった。

 

 それでも、普段よりもペースを上げたのに走り切ったのは成長の証だろう。

 ただ、怪我だけはしないように注意してほしいことを、全員に伝えて授業に送り出した。

 

 各所に連絡をつけて、高等部に乗り込む準備を済ませているので、以前とは違い最初からレッスン室でトレーナーと打ち合わせをしながら待機することになった。

 私の方の授業の遅れはあるが、資料は送ってもらえているので、試験に響かなければ数日程度なら問題ない……はずだ。

 暇を見つけてはいない日の授業の内容を、まとめなおして理解を深めるようにはしている。

 

 高等部のボーカルトレーナーは、穏やかな雰囲気で髪を一つに結っている大人な雰囲気の女性だ。

 怒ると怖そうなところが、秦谷さんに似ているかもしれない。

 

「今失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「いえ、滅相もない」

 

 勘も鋭い。

 下手なことは考えないようにしよう。

 

 最初の入りの流れだけ確認し、後は流れでという形で白草さんにも承諾を得た。

 そうこうしているうちに、2年1組の皆さんがレッスン室に集まってくる。

 

 最初に入ろうとしていた数名が、部屋の前で立ち止まっていたが、有村さんが先陣を切って彼女たちを先導して入ってきた。

 

「おはようございます、トレーナー。

 白草さんとプロデューサーさんも、本日もご指導よろしくお願いします!」

 

「おはようございます、有村さん」

 

 私が挨拶を返すと、彼女は驚いた顔をした。

 

「……!

 ボクの名前、知っていたんですか?」

 

「ええ、将来有望そうな方はある程度、名前を憶えていますよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ……こうも素直にお礼を言われるのは新鮮だ。

 後ろに彼女のクラスメイトは、まだ私が怖いのか、少し距離を取っている。

 

 彼女たちの方が普通だろう。

 自分がしてきたことを思い出せば、そうなって然るべきだ。

 逆に、有村さんが挨拶をしてくれたことに驚いた。

 

 確か、彼女は雨夜副会長と仲が良かったな。

 もしかすると、それ経由で多少話がいっているのかもしれない。

 

 そうしているうちに、2年1組の皆さんがレッスン室に集っていた。

 雨夜副会長と十王会長は、もう慣れたと言わんばかりにジト目で私を見ている。

 姫崎さんは、私と有村さんが話していたのを意外そうな顔で見ていた。

 

 ボーカルトレーナーが手を叩いて、全員の視線を集める。

 

「はーい、皆さん、おはようございます」

 

「「「「おはようございます!」」」」

 

「うんうん、発声準備は十分ですね。

 それでは、さっそくレッスンを始めましょう。

 今日は皆さんも既にご存じだと思いますが、白草月花さんが来てくれてます」

 

「一昨日ぶりだな。

 今日はボーカルを見にきた。

 私を楽しませろ」

 

「本日も同席させていただきます、『初星学園の黒幕(フィクサー)』です。

 よろしくお願いします」

 

「遂に自分から名乗ったわね…」

 

「まあ、十王社長からも承諾されているので、今更でしょう」

 

「ええ……」

 

 嘘でしょと言わんばかりに私を見ている十王会長だが、私も同じことを思っているので、是非あなたのお父様に伝えてあげてほしい。

 

 だが、ことの発端はあなたの祖父が言いふらしたからだと、声を大にして言いたい。

 

 そう目で合図を送っていると、いきなり白草さんから爆弾発言が飛び出た。 

 

「ああ、それとハンドラー。

 今日は貴様も見本を見せろ」

 

「え?」

 

「………はい?」

 

 何を言っているんだ、この人は。

 ボーカルトレーナーも同じような顔をして、私と二人で彼女を見た。

 

「白草さん、私はアイドルではありません。

 彼女たちの見本にはなれないでしょう。

 歌だって上手なわけではありません」

 

「御託はいい。

 ()()()()()から話は聞いている。

 声真似のコツを聞いていたことと、ことねの曲のデモを歌ったのは貴様だったとな」

 

「そういえば、あなたことねの声真似、上手だったわね」

「確かにそんなこともあったな」

 

 十王会長と雨夜副会長が、白草さんの言葉に同意するように頷いた。

 

 …余計なことを。

 確かに、大和に教え込むためにボーカルレッスンを、休みの時にがっつりしていた時はある。

 なんなら、ようやくではあるが、ギターやドラムもほんの少しだけならできるようになってきた。

 

 だが、私はアイドルではないのだ。

 

「お言葉ですが、何度も言うように私はアイドルではありません。

 多少は心得がありますが、それでもただの一般人のカラオケ程度です」

 

「構わん。

 やれ」

 

 何が彼女をそこまで駆り立てるんだ?

 担当アイドルたちに何か吹き込まれたか…?

 

 ……こうなった彼女は、もう止まらないだろう。

 

「……トレーナー」

 

 私は縋るようにボーカルトレーナーを見た。

 温和で真面目そうな彼女なら、白草さんの暴走も止められるのではないかという一抹の期待を抱いてだ。

 

「安心してください。

 きちんと録画しておきますね」

 

 そう言って彼女は、スマホを私に向けながら、笑顔でぐっと親指を立てた。

 

 何も安心できない。

 クソが、トレーナーの間で酒の肴にでもするつもりか?

 

 周りを見ると、他の生徒たちも愉快そうにに私を見ていた。

 特に顔がにやけているのは、十王会長と雨夜副会長だ。

 日ごろの恨みと言わんばかりに、私が慌てふためいているのを楽しそうに見ている。

 

 ………なるほど、これが狙いか?

 

 確かに、高等部の生徒とは距離があった。

 それをどうしようか考えたこともあったが、関わる機会が多ければ時間が解決するだろうと思って後回しにしていた。

 が、同席するお目付け役がいつまでも、威圧させていたら、彼女たちも委縮してしまうだろう。

 

 つまり、アイスブレイクの一種だ。

 

 ………いや、多分そこまでは考えてないな。

 恐らく、ただの愉快犯だ。

 思い付きじゃなければ、さっきの打ち合わせの時に事前に話すはずだ。

 

 こんなことで時間を使うのは勿体ないと思ったが、これ以上ごねて時間を無駄にする方が勿体ない。

 ならば、とっとと終わらせてしまおう。

 

「……承知しました。

 それでは1曲だけ…聞いていただく皆さんは、アイドルである皆さんが歌うのと、私が歌うので何が違うのかを考えて聞いていただきたいと思います」

 

 言いながら、私はスマホを操作してある曲を流す準備を始める。

 曲は……これまでに私の担当アイドルが披露しているものからが妥当だろう。

 それでいて、『H.G.F』に向けて彼女たちに教えるのに私が最近一番練習していた曲……よし、決まりだ。

 

 曲を流すために再生ボタンを押しながら、瞳を閉じる。

 イメージするのは、私の大切な担当アイドル。

 彼女の歌っている姿を降ろすように、彼女の声を、姿をイメージする。

 

 スティックを打ち付けるような音が3回響き、私は目を開けた。

 

 

『ヨルニテ』

 




誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。

もう少しで1周年なので、そこで幕間を投稿する予定です。
タイトルは、『音楽家との出会い』
彼らの出会いと友情の記録
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