『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
歌い終わると、最初は静寂がレッスン室を包んでいたが、白草さんが拍手をし始めて、それに他の人も続いた。
どうやら、期待を裏切らないで済んだようだ。
「ふぅ、こんなところですね」
「……くくっ、思った通りだ。
歌い方、呼吸の仕方、音の合わせ方まで、そっくりそのままで……まさか、美鈴そっくりの歌声を作れるとはな。
歌い始めた瞬間に、アイドルパワーも美鈴のボーカルに限りなく近くなった」
「わたしもびっくりしました。
本当にそっくりにできるんですね」
ボーカルトレーナーからもお墨付きをいただけたのなら、練習の成果もあったというものだ。
白草さんが聞き捨てならないことを聞いた気がするが、ここでその話をしたくないのでいったん捨て置いた。
「これだけは練習しましたからね。
それでも、完全に習得するのに3か月ぐらいかかりましたが」
「おい、貴様、なぜその曲にした?
私への当てつけか?」
「いえ、最近で一番練習していたのがこの曲だったので、本当に他意はありません。
……歌い始めてから、選曲を間違えたことに気づきました」
アイスブレイクを目的にするのであれば、『ヨルニテ』は間違いだということに気づいたのは、歌いながら雨夜副会長の顔を見た時だ。
今にも私を殺しかねない鬼の形相だったなどとは、口が裂けても言えない。
秦谷さんのそれよりは何段も劣るはずだったが、何故か皆さんの表情には畏れの色が見えた。
「…『H.G.F』でしてやられたのを思い出した。
私の未熟のせいだが…」
「この子が中等部なんて、質の悪い冗談だと思ったわ」
よく考えたら、『ヨルニテ』は高等部の皆さんにとって、出鼻を挫いて会場を全てこっち側にもっていった曲だった。
秦谷さんが、中等部と高等部の下馬評を覆す狼煙となったこの曲は、高等部の生徒たちからすれば恐怖の象徴だったのかもしれない。
PVも怖いし。
最近、『夢』で見たときに、起きたら汗でびっしょりになったことを思い出した。
これまで、他の曲のMV1回しか流れなかったのに、起きるまで永遠にループ再生させられる形…しかも、イメージとしては映画館の大画面で瞬き一つしないで見せつけられるような形だった。
その日、朝の秦谷さんに遭遇した時に身構えそうになったのは言うまでもない。
「さて、白草さんの評価では何点ぐらいでしょうか?」
「20点だ」
20点…それは…。
「思ったより高いですね」
「ほう。
これでも厳しめにつけたつもりだが、私から見ても、中々の再現度だったぞ?
貴様の自己評価は何点だ?」
「5点が良いところでしょう。
二桁は求めすぎです」
音程や歌い方の再現はそれなりにできたと思っている。
だが、
「……一応聞くけど、何点満点かしら?」
「当然、100点満点です。
私の担当アイドルの歌が、こんなものだと本当に思っているんですか?」
私はそう言って十王会長を睨みつける。
私の今の歌は……アイドルにとって一番重要なものを、敢えて抜かしている。
…正確には、アイドルではないのでできないだけだが。
「そうね…あなたの歌には、想いを感じられなかった。
ただ声を出しているだけ、音程に合わせて、歌詞をなぞっているだけに聞こえたわ」
「そうです。
私はアイドルではありませんから……私がこれを身に着けたのも、歌を歌うためではなく、
要するに、楽器やレコーダー、CDの代わりのようなもの。
そこに、余計な感情や想いは不要ですから」
「……勿体ないわね」
「ええ、全く」
そう、大和との曲作りで必要だったことは、私が『夢』で聞いた曲をいかに再現して伝えられるかだ。
そこに、私の解釈で勝手に感情を入れすぎるのは良くない。
だから…数値だけなら、秦谷さんのボーカルに近くなることができても、彼女を超えることは絶対にない。
その数値は紛い物でしかないからだ。
覚悟も、想いも、魂もない歌が、
戦々恐々としている面々に視線を移し、私は彼女たちにとって一番大事になることを伝えるために口を開いた。
「さて、皆さん。
十王会長が既に答えを言ってしまいましたが、アイドルである皆さんと私が今歌った歌の違いは、そこに込められる想いです。
私の担当アイドルである、『SyngUp!』はこれが取り分け上手い。
特に、月村さんのそれは、彼女のライブを見たことがある人なら誰しも理解していると思います」
私の言葉に、その場にいる全員が頷いた。
ここにいる人の全員が『H.G.F』に参加していたこともあり、月村さんのライブを見ている。
賀陽さんの後、十王会長の前という一番比較されるタイミングでのライブだったのに、彼女は自らの全力を発揮しきっていた。
彼女の歌声は、聴いている人の魂を揺らし、心を震わせる。
「アイドルは、歌を歌って踊るだけが全てではありません。
来ていただいたファンの方々に、満足していただけるものを魅せるのが仕事です。
その中の一つの手段として、歌に想いを込めることは非常に重要なものだと考えています。
ですので、今日は白草さんのお手本を見て、その手段を学んでください」
「「「「「はい!」」」」」
「では、白草さん、お願いします」
「いいだろう。
聞け、『HOWLING OVER THE WORLD』」
そして、白草さんは見本として最高の歌を披露した。
私が期待していた通り、彼女の歌は月村さんのように、魂を震わせるに十分なものだった。
授業が終わり、徐々にレッスン室から人が掃けていく。
白草さんのお手本を見てから、さらに火が付いた生徒のみなさんは、私から見てもわかるぐらい気合が入っていた。
発声練習から始まり、一人ずつ『初』のワンフレーズを歌ってもらい、アドバイスを受ける。
最後に全員で通して歌って、授業が終わった。
そして……教室から出ようとしていた二人に声をかける。
ボーカルトレーナーにお願いして、彼女たちの歌う順番を最後に回してもらい、立ち位置も最後の方にしてもらったから、自然と彼女たちがレッスン室から出るのは最後になっていた。
「姫崎さん、有村さん、少しだけよろしいでしょうか?」
「?
次の授業もあるので、少しなら構いません」
「私も、少しなら大丈夫です」
タイミングよく捕まえることができた二人に、私はずっとスーツのポケットに入れていたメモ帳を取り出して、2枚切り取った。
「では、単刀直入に言いますが…放課後、少しお時間をいただけませんか?
ここの教室…私たちの事務所で、お待ちしております」
そう言って、私は彼女たちにメモを渡した。
プロデューサー科の端にある教室の一室、私たちの事務所の場所が書いてある。
それを受け取った彼女たちは、驚きの表情で私を見ている。
「え?」
「わ、私…ですか?
星南会長たちじゃなく?」
「はい。
もし、あなた方が…『
私の言葉は、彼女たちだけではなく、傍らにいたボーカルトレーナーと白草さんも驚かせていた。
少し狼狽えて、戸惑う二人だったが、有村さんの方が早く復帰した。
「な、なんでボクたちに…?」
「詳しくは、放課後に話しましょう。
無理に、とは言いません。
私の悪評は、私自身がよく理解しています」
「……」
私の言葉に二人とも沈黙した。
姫崎さんは、十王会長たちや他の生徒から話を聞いているだろう。
有村さんも、彼女自身はそこまで思っていなくても、他の人が私を避けていることは察している。
「ですが、もし、あなた方が……
放課後、事務所でお待ちしています」
…ここまで言えば、後は彼女たち次第だ。
私が信用できないと思われていれば、どちらにせよアドバイスを聞き入れてもらうことはできない。
少し時期は早いかもしれないが…『H.G.F』からまだ間も空いてない今なら、中等部の彼女たちを手掛けている私の手腕も評価してくれるだろう。
または、今白草さんを引き連れて彼女たちの授業に参加している現状も加味してくれれば、信用度は多少上がっているはずだ。
少しの沈黙が流れ、有村さんが口を開いた。
「…わかりました。
放課後、伺わせてもらいます」
「麻央!?」
有村さんの返事を聞いて、内心でガッツポーズをする。
姫崎さんは驚いて声を上げるが、有村さんは諭すように彼女に語り掛けた。
「話を聞くだけならいいだろう、莉波?
…ボクたちは、もう半年で3年生。
そして、そこから1年も経ったら卒業する」
「…うん」
「でも…ボクは、夏の『H.I.F』、『
『H.G.F』も同じ。
…このままだと、星南と燕に…どんどん、追いつけなくなってしまう。
それじゃあ、カッコよくないだろう?」
「麻央…」
…そうだ、彼女たちは2年生。
それも、既に10月になって…まだ、大きな成果を上げていない。
このままいけば…と思うのは、不思議なことではない。
「莉波はどうだい?」
「…うん。
私も、話を聞かせてください!
よろしくお願いします!」
「ありがとうございます。
それでは、放課後、お待ちしております」
私が頭を下げると、彼女たちも返事を返してレッスン室から退出した。
とりあえず、最初の関門は突破したようだ。
ほっと胸をなでおろすと、ボーカルトレーナーと白草さんが私のそばに寄ってきた。
「次は、彼女たちに手を出すつもりですか?」
「人聞きが悪いですね。
少しだけ、アドバイスをさせてもらうつもりです。
彼女たちは…才能が十分あるのに、それをそのまま埋もれさせてしまうのは…もったいないじゃないですか」
「ふむ…有村麻央と姫崎莉波…か。
私の目からしても、特段目をかけるようなレベルではないと思ったが…」
「そうですか?
彼女たちはまだ自分を見つけられていないだけで…それを見つけることができれば、輝けるはずです。
ともすれば、私の担当アイドルに迫るかもしれません」
そこまでかと目を輝かせている白草さんと対照的に、ボーカルトレーナーは、かなり引き気味だった。
「ええ…?
自分の担当アイドルの敵を作るつもりなんですか?
確か、賀陽さんは来年『
敵…敵というと少し違うが、まあ、究極で言うのであれば
『
「それが初星学園のためになるならば、私はいくらでも強敵を作りましょう。
手助けをして、アドバイスをして、環境を整えて、伸び伸びと成長してもらいましょう。
実績も作らせて、実力をつけてもらって、どんどん強くなってもらいます。
アドバイスを送らせてもらえる機会を作ってくれた以上、私は彼女たちにも手を抜くことはありません」
そして、私は宣言する。
「私の担当アイドルには、それを超えて、呑みほして、輝いて、とび越えて、勝ちあがってもらいます」
「もし、負けてしまったら、どうするんですか?」
「最初から負けることを考えて勝負をさせる人がいますか?
担当アイドルを誰よりも信じているので、負けさせないように全力を尽くすだけです」
当然、負けさせるつもりはない。
だが…
「仮に…負けてしまったとしても、私が彼女たちを諦めることはありません。
一度負けたぐらいで、諦めていい『夢』なんて、彼女たちは持っていません。
それに…私の心は、彼女たちに奪われてしまってますから」
私を受け入れてくれた彼女たちに、最大限尽くしたい。
そのためなら、私は何でも捧げよう。
彼女たちのために。
私の宣言に、ボーカルトレーナーは納得したように頷いた。
「……なるほど。
ふふ、あなたに担当アイドルのみなさんがついていくのも納得ですね。
思ったより情熱的で、びっくりしました」
「よく言われます。
むしろ、勝手に『
「いえ、それは否定できないと思いますよ?
『H.G.F』の件も、『H.J.I.F』の件も、学園中で話題になっていましたから」
「…まあ、いいでしょう。
それでは、私たちはこれで失礼します。
次は、4限目にお伺いさせてもらいますので」
「ええ、また後程、お願いしますね」
私は白草さんを引き連れて、レッスン室を後にした。
その後も、白草さんを引き連れて高等部のレッスンに同席した。
前回は途中で飽きが来ていたように見えたが、今日は機嫌が良いのかそんな様子は見られなかった。
何人かにアドバイスもしていたので…育てる喜びでも覚えてきたのかもしれない。
そのまま放課後になり、彼女をレッスン室に送り届けて私は事務所に向かった。
秦谷さんが珍しくやる気になっていたので、私は事務所に一人でいることになる。
何かあったら連絡してほしいと伝えて、私は客人を待つことにした。
そして、暫くパソコンを叩いているとドアをノックされる。
私がどうぞ、と返事をすると、失礼します、の声とともにドアが開いた。
誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。
昨日の投稿した話から、新章『星々の輝きを求めて』開幕です。