『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
姫崎さんから視線を有村さんに移す。
彼女は努めて堂々としているが、まだ少し緊張しているようにも見えた。
「姫崎さんとはまた違って、有村さんは、自分の魅力の一部はよく理解していると思います」
私はそう言って彼女に視線を移す。
私の言葉を聞いて、彼女は顔を険しくした。
「一部…あなたも、ボクに可愛い恰好をして、女の子らしく可愛いアイドルになりなさいと言うんですか?
…他の大人が言ったように」
「それも一つの手ではあります。
有村さんは、小柄で可愛らしい外見をしているので、可愛いフリフリの衣装もよく似合うと思います。
ですが…あなたはそれを好まないのではないですか?」
私がそう言うと、彼女は驚いたように声を上げた。
「え、どうしてそう思ったんですか?」
「姫崎さんのことを調べたように、あなたのことも調べています。
子役で劇団の一員だったことも、アイドルとしての活動も…そして、あなたの今の格好。
そのぶかぶかの上着と男物の衣装を好む姿を見ればわかります」
そうして、彼女の瞳を見た。
「私は、どれも『有村麻央』を構成する重要な要素だと思います」
「…ありがとうございます」
私の率直な感想に、彼女はお礼の言葉を述べた。
有村さんは、他のプロデューサー科の生徒もスカウトしたほど、これまでの経歴も今の実力も申し分ないものがある。
同世代の十王会長と雨夜副会長がいるせいで、陰に隠れているようにも見えるが、今のままでも彼女はやがて輝いていくだろう。
彼女は、自分の理想がはっきりしている。
だからこそ、芯が通ったものがあり、それにそぐわないプロデューサーは受け入れられなかったのだろう。
『私』は彼女のことを知っているから、こういう話をできるが、もし知らなかったら…同じようになっていたかもしれない。
それに、彼女の外見的な容姿を見て、かわいい方にもっていきたい気持ちもわかる。
彼女は小柄で、かわいい。
歌もダンスも一定ラインの実力は十分あるので、そっちに振り切れば、もっと結果を出すことができると考えるのは、何も不思議なことではない。
だが…それを彼女は望んでいない。
望んでいない人に、望んでいないまま理想を押し付けるのは、よくない。
何より…
「あなたを可愛いだけのアイドルにするのは、勿体ないでしょう?
確かに、有村さんの外見は『かわいい』に寄せても映えるとは思います。
ですが…あなたの内面の魅力は、そこだけではない」
「内面の魅力…ですか?」
聞き返す有村さんに、私は続ける。
「ええ、高等部の後輩だけではなく、先輩からも頼られる王子様。
あまり好きではないかもしれませんが、『リトルプリンス』の愛称は、あなたの風貌だけではなく、行動のカッコよさが生み出したものだと思います」
「…そうかもしれませんけど、その呼ばれ方はあんまり好きじゃないです。
ボクの理想は…歌劇団のスターのように、かっこいいアイドルですから。
ボクは、カッコいい王子様みたいなアイドルになりたいんです」
そう宣言する有村さんの瞳に迷いはない。
…やはりそうなるか、であれば
「わかりました。
一旦その方向性で行きましょう」
「え?
いいんですか?」
今まで、彼女はかわいくあれと言われ続けてきたのだろう。
だが、上から押さえつけるプロデュースをするなら、私の担当アイドルたちのプロデュースはできなかった。
「私は極力アイドルたちに、自由に伸び伸びしてほしいと思っています。
自分の方向性を曲げさせるようなことはしたくありません。
素晴らしいものは地獄からしか生まれない、という少女もいましたが、私はそうは思いません」
あの言葉自体は好きだが…『アイドル』という職業においては、中々当てはまりづらいだろう。
『ままならない』少女は、好きかもしれないが。
「本人が嫌々やったことから、良いものが生まれるとは思いません。
ましてや、それが人を魅了させるほどのアイドルであれば、自分自身も楽しむことが何より重要だと思います。
実際、担当アイドルたちにも、方向性をすり合わせることはあっても、過度な矯正はしていません」
時々手加減してほしいとは思うが、それも含めて彼女たちの魅力だ。
彼女たちの個性をありのままに受け入れて、良い方向になるように調整している。
だが…それには、大事なことがある。
「…ただ、自分自身から目を背け続けることは、決していいことではありません、とだけは言っておきます」
「ボクが…ボクから目を背けている…?」
「先ほども言いましたが、あなたはカッコいいですが、かわいくもある。
カッコいいも、かわいいも、先ほど姫崎さんに言ったように、様々な形があります。
私の担当アイドルの、賀陽さんのカッコいいと、花岡さんのカッコいいはまた違うでしょう?」
「…そう、ですね」
受け入れ難い言葉を聞いた彼女は、言葉に詰まっていた。
「あなたの理想のアイドル像を、崩すつもりは全くありません。
ですが、あなたも自分の魅力を最大限理解する必要があるということは覚えておいてください。
憧れも大切ですが…人はそれぞれ違った強さがあるのです。
星の輝きも、同じように見えて、それぞれ違った光り方をしています。
全く同じに輝いている星はないんです」
「同じに輝いている星はない…」
有村さんは私の言葉を反芻するように呟いた。
「憧れることは良いことです。
憧れというのは、人の可能性を高めて、限界を超えるための後押しをしてくれることもあります。
ですが、人は何をどうしようと同じ人間にはなれません。
一卵性の双子でさえ、同じ家で暮らしていても、性格が変わったりといった個性が出てきます。
もし、人のクローンを作ることができたとしても、その後の環境で個性が生まれてくるでしょう」
賀陽さんも月村さんも藤田さんも憧れている人がいた。
その憧れに、近づくために、越えるために、努力をし続けてきた。
だが、どれだけのことをしても、人は同じ人にはなれない。
個人の資質、環境によって、人の個性とはどんどん枝分かれしていくものだ。
だから…
「憧れを胸に抱き、自分自身を輝かせて、アイドルとしてファンを魅了する。
私の勝手な気持ちですが、そうなるようになってほしいと思います。
勝手なお世話かもしれませんが」
「…いえ、ご指導ありがとうございます。
勉強になりました。
ボクも…少し、考えさせてもらおうと思います」
「指導ではないのですが、そうおっしゃっていただけたならよかった」
…有村さんは、礼儀正しく頭を下げた。
私も彼女に微笑みかける。
彼女の魅力…『有村麻央の親愛度コミュ』では、かわいいも受け入れてもらうことを、主にしていた。
だが、私…担当アイドルを受け持つつもりはないと宣言している人間が、彼女にそこまで口出しするのは、出会って初日に言うようなことではない。
ただ、アイドルは自分の魅力を最大限に理解しなければならない。
そのためには…自分を受け入れることが重要だ。
受け入れた結果、かっこいい方にそれでも振り切りたいというのであれば、それもいいだろう。
彼女の内面を全面的に押し出し、かっこいい曲も用意して売り出す選択肢もある。
なんにせよ、自己覚知というものは必要で、彼女たちに成長を促すには、そこから始めなければならない。
自分を知り、知った上で方向性を決めて、そこに向けて力をつけていく。
後、彼女たちに私ができることと言えば…。
「…私の話はいったん終わりですが…よければ、これから私の担当アイドルたちの練習に参加しませんか?」
私の言葉で、二人とも目を丸くした。
「えっと…あなたの担当アイドル…って、あの『SyngUp!』ですよね?」
「ええ、あの『SyngUp!』です。
もっと言うと、藤田さんと花岡さんも参加しています。
藤田さんたちはともかく、彼女たちの素行不良は、学園中の噂になっていると思いますが…『H.G.F』で見ていただいたように、その実力は学園の中で見ても最上位のものだと自負しています」
二人が少し及び腰なのは、恐らく高等部にも蔓延っている『SyngUp!』の悪い噂のせいだろう。
誰にでも噛みつく狂犬のような月村さん。
誰から言われてもサボり続ける秦谷さん。
誰からでも売られた喧嘩は買う賀陽さん。
そして…『H.G.F』で高等部の生徒にも通用するぐらいの実力を見せつけた3人は、今の高等部の生徒から恐れられている。
恐れられていると同時に…その実力は高く評価されている。
「まだ中等部の生徒ではありますが、お二人が参加しても問題ないぐらいのレッスンを積んでいると思います。
参加できる時で構いませんので、是非よければ参加してください。
自主練習もよいですが、たまには違う環境でレッスンをすることも、よい刺激になると思います」
二人はしばらく考えこんで…二人とも、顔を見合わせて頷き、私の方を見た。
「参加させてください!」
「よろしくお願いします!」
「ありがとうございます。
それでは…レッスンの準備をしてきてもらっていいですか?
ここでお待ちしています」
「「はい!」」
そう言って事務所を出ていった彼女たちを見送りながら、私は録音を止めた。
そのまま、流れるように彼女たちに録音データを送る準備をしながら、お茶の片づけをしつつ考える。
『アイドル』の成長とは何か。
ただ、歌やダンス、
自分自身の魅力を理解することは、その最たる手段だろう。
だが、それをするためには、彼女たち自身の理解者である必要がある。
それをするために、『プロデューサー』という立場は都合が良い。
『担当プロデューサー』になることはできないが、『プロデューサー』であることを利用し、線引きを間違えなければ彼女たちの成長の補助はできるはずだ。
チャットで賀陽さんに連絡を入れる。
今から、姫崎さんと有村さんを連れていくことを伝えるためだ。
送信っと……ほとんど間を置かずに既読になった。
電話のバイブレーションが、私の手の中で震えて鳴り響く。
着信の相手は…見るまでもなかった。
「もしもし」
『プロデューサー?
一体、どういうことかしら?』
電話越しに聞こえる賀陽さんの声は、怒りを孕んでいる冷たいものだった。
「昨日を話しした通り、プランの加速を行おうと思いまして、勝手ながらただいま話をつけていました」
『私たちが話をつけるって話じゃなかったかしら?
あなたはほとんど関与しないって話だったはずだけど?』
「最初はそう思っていました。
ですが…皆さんのやる気に水を差したくなかったのと、大事なことを思い出したんです」
『何かしら?』
彼女への疑問に対して、私はすっかり忘れていた重要なことを言葉にした。
「皆さんの評判が死ぬほど悪いことです」
『喧嘩を売ってるの?』
帰ってきた言葉は、電話を掛けた時直後よりも冷たいものだった。
「いえ、重要なことです。
イメージしてください。
皆さんが、高等部に行くとするじゃないですか」
『ええ』
「まず、何をしに来たのかと怯えられて、まともな話し合いができない可能性が高いです。
十王会長と雨夜副会長も出てくるでしょう。
ついでに十王会長が藤田さんを掻っ攫い、更に現場は混迷を極めます」
『SyngUp!』と藤田さん、花岡さんが高等部の廊下を占領しながら練り歩く。
間違いなく、他の生徒たちは彼女たちを避けて廊下の脇に避け、彼女たちと目線を合わせようともしないだろう。
そして、2年1組の教室に付いたら、彼女たちに声をかけるより先に十王会長と雨夜副会長が出てくる。
十王会長は、藤田さんに気づいたらそっちに飛びつくだろう。
残される、雨夜副会長と『SyngUp!』と花岡さんと、2年1組の他の生徒のみなさん。
そこで、賀陽さんが『有村先輩と姫崎先輩に用があるのよ。ちょっとツラを貸してもらおうかしら?』なんて言った日には、レッスンの参加なんて夢のまた夢になってしまう。
『…それはあなたのせいもあるでしょ』
賀陽さんもイメージできたのか、苦し紛れに私にそう吐き捨てた。
「否定はしません。
ですが…そうなったときに、揉め事が起きないと言えますか?
秦谷さんと月村さんを含めた面々を連れて行ったとして」
『…はぁ、わかったわ。
わかったけど…それはそれとして、ムカつきはするから、後で埋め合わせはしなさい』
「承知しました。
…ツケばかり増えてしまいますね」
『本当よ。
絶対に返してもらうから、覚悟してなさい』
「ええ、あなた方のためなら、どんなことでも」
『ならいいわ。
じゃあ、後でね』
「ええ、後程」
私がそう言うと、通話が切れた。
…とりあえず、賀陽さんには何とか弁明できた。
他のメンツにも、説明は必要だろう。
そうこうしているうちに、事務所のドアが開いた。
そこにいたのは…有村さんと姫崎さん。
レッスン着に着替えた彼女たちは、レッスン道具を入れたカバンを持っている。
「お待たせしました」
「お気になさらず。
では、行きましょうか」
私は彼女たちを引き連れて、中等部に向かった。
きょろきょろと、周りを見ながら歩く彼女たち…確か、彼女たちは高等部から初星学園に入学している。
中等部へ出入りすることは少ないので、物珍しいのだろう。
そうして、レッスン室に到着し、扉を開けると……そこにはレッスン中の彼女たちがいた。
白草さんと一緒に、月村さんと花岡さんと藤田さんが声を合わせて歌っている。
秦谷さんは………ジト目で私を睨みつけている。
凄く、ではないが、少し怒っているな…。
今は話しづらいので、歌い終わったら少し時間をもらうことにしよう。
とりあえず、私たちは彼女たちが歌い終わるのを待つことにした。
そうして歌い終わり…終わったと思ったら、賀陽さん以外の4人が、私に詰め寄ってきた。