『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
有村さんたちを加えてレッスンをするようになってから、3日目。
今日は白草さんが、初星学園に来る最終日。
明日にはニューヨークへ飛び立つ彼女が、その直前まで時間を割いてくれている。
だからか、今日のレッスン室には十王会長と雨夜副会長も集っている。
有村さんと姫崎さんも来ているので、今日は大所帯だ。
有村さんたちとはクラスが一緒だからか、いたことに疑問を抱いていなかったので、話を通していたのだろう。
何故か十王会長と雨夜副会長が悔しそうな顔をしていたのは、なぜだろうか?
それはさておき、今日のレッスンは…実戦形式だ。
白草さんと、各々が1曲ずつ
先に挑む側から披露し、その後に白草さんが迎え撃つ形になる。
他の全員が観客だ。
後で見返せるように、正面にカメラも置いている。
順番は希望制で、一度挑戦しても希望者がいなければ連続で挑戦してもいい。
白草さんは相手の番だけの休憩になるので…白草さんが弱音を吐くまでエンドレスで続行だ。
リミットはレッスン室の使用時間がくるまでか、白草さんの体力が尽きるまでか、白草さんを相手にとれるほどの体力を全員がなくしたときだ。
そして勝敗は…いつも通り、
なので、全力でぶつかっていってほしい。
有村さんと姫崎さんにとっては、未だ荷が重いかもしれない。
だが、彼女たちも
ユニットだったり、子役の時の劇団の一員だったりと、今とは異なる状況ではあるが、まるっきり経験がないわけではない。
特に、冬の『H.I.F』に挑むのであれば、これぐらいの挑戦は必要だ。
それを分かっているからか…今の順番は、有村さんの『初』だ。
「一つの夢を叶えたい思いは」
「「「「「「「「叶えられる」」」」」」」」
有村さんの歌に、みんなで合の手を入れる。
有村さんは3番目の挑戦者だ。
最初は十王会長、次に雨夜副会長と挑んでいる。
ウォーミングアップを終えて、最初の希望者を募ったところ、全員一斉に挙手をしたため、先輩方を先にした形だ。
全員、少しの躊躇いもなかったのは嬉しい誤算だった。
十王会長は『Choo Choo Choo』、雨夜副会長は『Campus mode!』だった。
二人とも素晴らしい出来だったが、勝ったかどうかで言うと難しい。
私だけではなく、本人たちも同じように思っているようで、すぐに再挑戦の意志を見せていた。
驚くべきことは、白草さんが
特に、『Choo Choo Choo』は夏の『H.I.F』で初披露だった上に、まだ音源も一般公開されていない。
なのに、彼女のクオリティは十王会長に遜色ないどころか、彼女のそれとはまた違った良さを出していた。
この分だと、私の担当アイドルたちの曲も、同じようにできるのだろう。
…なるほど、彼女が与えてやると言っていた『試練』はこのことか。
今までも中々ハードなレッスンを繰り返してきたが、ここで本格的に格付けをするつもりだ。
賀陽さんが過去にやってきたことと、近いことを私の担当アイドルたちも食らうだろう。
彼女たちなら大丈夫だと思うが…。
放課後にレッスンを開始して、かなりの時間が経った。
レッスン室内は…死屍累々だ。
月村さんは指一本動かせないようだ。
床に突っ伏したまま動かない。
声をかけると、呻き声をあげているので仰向けにさせて、少しスポドリを飲ませた。
賀陽さんも月村さん同様に朽ち果てている。
最初の方はまだまだ余裕があった彼女だが、徐々にリタイアした者が出始めると、率先して挑んでいく彼女と花岡さんの挑戦ペースが上がっていき、そのまま完全に力尽きる前に止めた。
まだできると言いたげだったが、これ以上は彼女の限界値を超えかねなかった。
現に、足を止めた彼女は崩れ落ちて、休んでいる。
秦谷さんも、珍しく他の人にお世話を焼く余裕がない程度に疲弊している。
自分でペースを調整してはいたものの、一回一回を全力で挑んでいたのは私にもわかった。
座ったまま動けなくなっている彼女は、体を休めながら…その瞳の奥には隠し切れない感情を浮かべている。
他の面々も同じように疲弊していた。
藤田さんも、十王会長たち、有村さんたちもこれ以上は無理だと判断し、クールダウンに努めている。
そんな中で、未だに彼女に挑んでいるのは、もう一人しかいない。
「くくっ…まさか、最後まで残ったのが、貴様とはな」
白草さんは嬉しそうに、好戦的な笑みを浮かべている。
そこで辛うじて立っている彼女は、白草さんがやっている間も呼吸を整え切れていない。
だが、彼女はその程度で止まらなかった。
「はぁー…はぁー…もう一本、お願いします!」
「いいだろう。
だが…ハンドラー」
言いながら白草さんは私に視線を送る。
それで私は彼女の言いたいことを理解した。
花岡さんの顔を見る。
……これなら、あと1回ならいいか。
「これで最後です。
「上等です!」
「…最後、か。
いいだろう。
引導を渡してやる」
そうして、最後の勝負が始まった。
彼女が好きな楽曲の一つ、『冠菊』は夏の夜をイメージするかのような、カッコよさが特徴で彼女によく合っている。
花岡さんは、どこにそこまでの体力があるのかと思うほどに、最後の一回はこれまでのどのライブよりも輝いていた。
力尽きる一歩手前のはずなのに。彼女の動きから目が離せない。
それは、私以外の彼女たちも同じように思ったのか、誰も彼女から目を離せなかった。
…勝負している白草さんも、思わず目を見開いている。
十王会長も、驚愕の表情を浮かべていたのは…恐らく、彼女の『目』があったからだろう。
彼女は歌い切り、最後のポーズを決めた。
思わず拍手をすると、他の全員も同じように拍手をした。
花岡さんは、ゆっくりとこちらに向かい、崩れ落ちるように座り込んだ。
そんな彼女に、秦谷さんがタオルとスポドリを用意して渡す。
全ての力を使い果たした彼女は、もらったそれを力なく受け取った。
そして…白草さんの『冠菊』が始まった。
花岡さんのそれを見て、熱を受け取ったのか、さらに精細さを高めた素晴らしいものだった。
…花岡さんには悪いが、まだ白草さんの方が上だと、思わせれられるほどに。
それは、花岡さんも実感したのか、悔しそうに睨みつけるだけだった。
最後の曲を終え、白草さんがゆっくりと息を吐く。
流石の彼女も、体力の限界は近かったのかもしれない。
「これで、今日のレッスンは終わりだ。
雛鳥たちと…猟犬たち、中々楽しめたぞ。
それと、十王星南」
「何かしら?」
「貴様も早く
先で待っている」
「…ええ、待ってなさい!
すぐに追いついて、追い抜くわ!」
「ああ、楽しみにしてる」
二人とも楽しそうに笑っている。
最初の印象はあまり良くなかったかもしれないが、白草さんがアイドルに対して誠実に向き合っていることは、この短い期間で理解したのだろう。
似たような能力を持っている二人は、それなりに打ち解ける程度にはなっていた。
そして、白草さんは全員の顔を見た。
「貴様らは、まだまだ足りない部分もあるが、この一週間は悪くなかった。
毎日、ここに来ることが楽しみになっていたぐらいにな。
特に…花岡ミヤビ」
「は、はい!」
座り込んていた彼女は、呼ばれて勢い良く返事をして立ち上がった。
「貴様は、ハンドラーの担当アイドル、5人の中で一番才能がない。
他の4人を含めてもだ」
「!」
なんで最後にそんなことを…?
私が疑問を抱きながら白草さんを見ると、視界に少し目を見開いた花岡さんの姿と、彼女を心配する他の担当アイドルたちの姿が見えた。
そして、フッと笑った白草さんは、口角を上げたまま続けた。
「だが、
その常に全力の姿勢が、私に本気で教えさせようという気にさせる。
限界を振り絞ってでも、勝利に向かって進み続けるその姿勢が良い。
ここまで負かせてきても、立ち上がって向かってきて、連日勝負を挑んでくる者はいなかった」
そう言って、花岡さんにさらに好戦的な笑みを向ける。
「才能がない、と言ったが…それだけでアイドルの全てが決まるわけではない。
最後の勝負も…体力を使い果たしていたはずなのに、一番私の心を震わせた。
誇れ、貴様は…私のアイドルの才能を測るこの目を不安にさせた、初めてのアイドルだ」
「あ、ありがとうございます!」
…よかった。
彼女の頑張りは、私もよく知っている。
担当アイドルにすると決める前から、一人で本当にできることを全力で取り組んでいた。
その彼女の努力は決して無駄ではなかったのだ。
お礼を言って頭を下げた彼女は、頭を上げるとその顔には白草さんのように口角を上げていた。
「でも…才能のあるなしは、
「ほう?」
「才能があろうがなかろうが…
才能がない、なんてこと、勝ってから考えますわ。
勝者には口答えできないでしょう?」
「…く、くく」
「勝って、勝ち誇って、才能があっても、勝ったのは
次に会う時までに、首を洗って待ってなさい!」
「ああ、本当に楽しみだ。
やはり…アイドルは良い。
あっちに行く前に、寄り道をして正解だった」
…予想外なことは往々にして起こる。
花岡さんが白草さんに気に入られるとは…正直思わなかった。
相性もそうだし、彼女がここに来た主な理由は最初は藤田さんだったはずだ。
実際、藤田さんには手厚く教えられることを教えていたし、他の人よりも厚遇していたように見える。
十王会長と白草さんに挟まれていた時の藤田さんは、げっそりしていたが。
花岡さんが気に入られたのは、彼女の努力が、才能を凌駕しつつあるからかもしれない。
そして、これで最後になるので、私は彼女に向き合った。
「白草さん、ありがとうございました。
最初はどうなることかとも思いましたが、おかげで充実したレッスンになりました。
これで…来年、あなたにも届くでしょう」
「くくっ、楽しみにしている。
では、これで失礼しよう。
楽しかったぞ」
そう言って退出しようとする彼女に、レッスン室のアイドルたち全員が声を合わせた。
「「「「「「「「「ありがとうございました」!」」」」」」」」
白草さんはフッとほほ笑むと、レッスン室を後にする。
私は、彼女を送ってきますとだけ言って、彼女の後を追うことにした。
他にもついてきたそうな顔をしていたが、もうしばらくクールダウンしてくださいと言って押しとどめる。
あまり余裕がなさそうなので、それを振り切ってくる人はいなかった。
「白草さん」
「ハンドラーか。
猟犬たちの面倒はいいのか?」
「最後ぐらい見送らせてください。
この1週間、私はあなたに感謝してもしきれませんから」
「…まあいい」
彼女としばらく歩く。
流石の白草さんも、彼女たちとの連続の勝負で、だいぶ限界が来ているようだ。
足取りが普段よりも不安定で、歩く速度もゆっくりだ。
そうして歩いているうちに、ふと彼女から声をかけられた。
「ハンドラー」
「なんでしょう?」
「一つ、聞いておけ」
…頼み事か?
白草さんが?
「ええ、なんでしょう?」
「私には愚妹がいる。
把握しているだろ?」
…なるほど、そういうことか。
「妹さんがいることは調べてはいます。
『白草四音』さん。
来年、極月学園に入学する予定で、私の担当アイドルたちと同い年。
既に961プロダクション系列の芸能事務所に所属していて、頭角を現し始めていると」
「随分と高い評価だな。
四音はアイドルとしては三流が良いところだ。
才能を棒に振るのが上手いだけで、私の幻影を追いかけ続けている。
碌にファンを見もしないでな」
酷い言われようだ…。
だが、それは彼女の責任と言うのは少し酷だろう。
「そういう環境だったのでは?
身近に優秀な人がいると、残された方は荒むものですよ」
「仮にそうだとしても、アイドルであるならば許さん。
アイドルである以上、見るべきはファンだ」
「…そうですね、それは否定しません」
「だろう?
…私は明日、ニューヨークに発つ。
無理に、とは言わん。
ただ、私に愚妹がいる、ということを覚えておけ」
…なんて、この人は不器用なんだろう。
いや…私の周りには、そんな人ばかりか。
「素直じゃありませんね。
正直に、妹さんへ気持ちを伝えればいいと思いますよ?
背を追いかける、ということは、少なからず意識しているということですから」
「一度そう思ったこともあったが、避けられている」
「さいですか…」
…彼女の家庭環境は、『雨夜燕の親愛度コミュ』で少し
お世辞にも、白草四音の家庭環境は良くない。
金銭的なものではなく、精神的な負荷の面で、だ。
両親は優秀な姉ばかりを見て、自身もアイドルになって優秀さを見せれば、誰かが見てくれると期待してアイドルになったが…いつまでも姉の影が追ってくる。
そして、今わかったことだが、質の悪いことに
そうして目をかけられることで、更に
なるほど、拗れるわけだ。
そうしているうちに、校門前に到着した。
既に彼女のお迎えのリムジンが待機していた。
「わかりました。
あなたに妹さんがいることを、私は覚えておきましょう。
必要であれば、支援もしましょう」
「ああ、ではな、ハンドラー。
貴様たちとの時間、悪くはなかったぞ」
「ええ、また会いましょう。
加速した先の世界で、あなたを超える、初星学園のアイドルたちが待ってますよ」
「くくっ…!
次会う時を楽しみにしている」
彼女は最後まで嬉しそうだった。
嬉しそうな笑みを浮かべて、車に乗って去っていった。
リムジンが見えなくなるまで、私は頭を下げて彼女に感謝の気持ちを示しながら見送った。
さて、私の担当アイドルたちはおかげで、また成長できた。
新しくレッスンに参加している、有村さんと姫崎さんも、少しずつ力をつけている。
十王会長と雨夜副会長も同様だ。
だが、流石に濃い日々の連続だった。
私自身、疲労が溜まっている自覚はあるし、彼女たちも相当溜まっているだろう。
『H.G.F』が終わってから、ほとんどそのまま白草さんとのレッスン漬けだったからな。
これからのプランの修正を考えながら、私はレッスン室に戻った。
藤田 ことね
休みの日は実家に帰って、プロデューサーや友達の話を家族にしている。
お姉ちゃんが最近楽しそうで、妹たちは喜んでいる。
なお、妹たちが以前家に来た男の人がプロデューサーだと気づくのは、もう少し先の話。